第百話 「覚醒」
--- シャウナ視点
シャウナは玲樹を守るように立つ。
ワンピース姿の女が怪しい動きを見せればすぐさま反撃できるように身構えた。
「シャウナ……? その姿は……?」
玲樹が驚くのも無理はない。
シャウナの顔や体つきは変わらないが、狼のような獣耳と細い尻尾はどこにもない。
シャウナの頭には金色の狐耳が生えていた。
そして、お尻の付け根には太く柔らかそうな九本の尾がゆらゆらと揺れていた。
夢の世界に入ってからシャウナはこの姿になってしまっていた。
さらには、いままでに知らなかった妖術と妖狐の知識を身に付けていた。
外の世界にあるマサキが何かをやらかしたのかもしれないが、いまは咎めている時間が惜しい。
体の変化を気にしないことにして夢の世界をひたすら進んできたのだ。
「……この見た目では信じてもらえないかもしれませんけど、私は正真正銘、シャウナ・レイヴァースですよ」
もしかすると悪夢の中に現れた偽物だと思われるかもしれない。
そんな不安を抱えつつシャウナは答える。
「疑いなんてしませんよ。……ただ、あとで尻尾をモフらせて欲しいって思っただけです」
ズルッと足がもつれて滑りそうになった。
これはいつも通りの玲樹だ。
心配して損をした。
「……では、あの女を倒してここから出なければいけませんね!」
「ただ、気をつけてください。ここでは魔術や闘術が使えないみたいです。物理攻撃も効くのかどうかわかりません」
玲樹の忠告に小さく頷く。
精神世界にて戦いをする場合は現実世界の理と大きく異なる。
その情報をシャウナは妖狐の知識から得ていた。
精神世界。
今回は玲樹の夢の世界になるわけだが、敵の精神攻撃によって作り出された世界であるため敵のルールに沿って理が作られる。
例えば、魔術、闘術、霊術、魔法、科学、の概念を禁止されてしまうと何もすることができなくなってしまう。
これに対抗するためには妖術が必須となる。
妖術は相手の精神・魂に干渉して発動する力だ。
このため敵の作り出した精神世界であっても妖術は問題なく発動できる。
シャウナは妖術にて身を護る障壁、妖壁を発動させることで魔術や闘術を使えるようになっていた。
「大魔王の言う通り。獣王姫程度の力では、どうにもなりませんよ。尻尾を巻いて帰るといい」
ワンピース姿の女は嘲笑を浮かべる。
明らかに舐められている。
が、それは有り難かった。
「では、試させて貰います!」
魔術を発動させる。
シャウナは炎閃魔術でワンピース姿の女を薙ぎ払う。
「……魔術を……!?」
ワンピース姿の女は舌打ちを漏らしつつ伏せる。
超高熱の光線を回避する。
お返しに鋭利な風の刃、風閃魔術を放ってきた。
不可視の風が飛来するのを感じて、闘気障壁闘術を発動させる。
透明な障壁に乾いた音がうち当たる。
風閃魔術を問題なく防御した。
「……精神世界で戦う術をどこかで身につけてきたわけですか」
ワンピース姿の女の姿が揺らぐ。
白銀の翼を持つ巨鳥へと姿を変える。
「正体を現しましたね、シームルグ」
「あの姿は大魔王に悪夢を見せるための姿です。大魔王が最も恐れる人物の姿を模したもの。戦うには不向きですからね、ここからは本気でやりましょう」
シャウナは腰の剣を抜き放ち、覚えたばかりの妖術を発動させる。
武器に妖術を付与することで敵の精神・魂にダメージを与える、妖気剣。
「望むところです。玲樹の悪夢を消し去るために、倒させてもらいます!」
妖気剣、飛剣閃闘術。
淡い紫色の軌跡を残し、闘気の刃がシームルグの翼に食い込んだ。
続けて二連閃。
シームルグは防御をしようとするが、魔力障壁魔術も闘気障壁闘術も貫通して、白銀の翼から血飛沫が飛んだ。
「障壁で防げない……?」
余談であるが、妖気剣による攻撃は魔法剣と同様に霊術障壁をも貫通する。
妖気剣、魔法剣、を防ぐには回避するか妖壁・魔法障壁による防御ができなければ防ぐことはできない。
「なるほど、そういう……ことですか」
シームルグは魔法障壁でなければ防げないことに気付いた。
すぐさま障壁を入れ替える。
途端に、妖気剣、飛剣閃闘術が弾かれるようになった。
ついで自らの傷を再生魔術で治療していく。
「魔法障壁でなければ防御できないとは迂闊でした。ですが、もうダメージは入りませんよ」
その考えは甘い。
妖気剣に飛剣閃闘術を乗せていると言うことは、その他の闘術も乗せられる。
「それはどうでしょうね」
シャウナは再び妖気剣を繰り出す。
闘気推進闘術で彼我の距離を詰めると、妖気剣、破砕剣閃闘術で魔法障壁を叩き壊す。
返す刃で神速剣閃闘術をお見舞いする。
音速を越えた斬撃はシームルグの右翼をあっさりと切り裂く。
巨大な翼の骨を断つ。
血に染まった白銀の羽が舞い散った。
シームルグがバランスを崩して倒れた。
対するシャウナは空中で一回転すると軽やかに地面に降り立つ。
まだまだ、だ。
治療の暇など与えない。
シームルグは魔術で応戦してくるが、どれも弱い魔術ばかりだ。
障壁に当たるに任せ突っ込んでいく。
よたよたと立ち上がろうとするシームルグの胸元に飛び込むと、突進剣閃闘術を発動。
稲妻のような鋭い突きでシームルグを貫いた。
実に呆気ない。
シームルグは胸元に突き立てられている剣を見下ろす。
そして、残念そうに首を振ると淡々と述べる。
「……ここまでのようですね。精神世界での戦いはお互いに初めてだと言うのに、ここまで差がでてしまうとは」
激痛に身をよじるわけでもなく、死の恐怖にわめくこともなく、実に淡白な反応だった。
シームルグの姿が翼の先から光の礫となって消えていく。
精神世界で倒されたことによって体を維持できなくなったようだ。
これで、玲樹の悪夢は消え去るはずだ。
「……初めてですが、私には異世界の知識がありましたからね」
経験はないものの、妖狐の知識を得たシャウナは精神世界の戦いを良く心得ていた。
何ができて何ができないのかを知っていたからこそ大胆に動くことができた。
恐らく。
シームルグは悪夢を見せて相手を倒すことは考えていたが、夢の中での戦闘は考えていなかったのだ。
たから、魔法と魔術の融合技など考えつかなかったし、弱い単発の魔術しか使ってこなかったと思われる。
「なるほど。精神世界への攻撃を思いついたまでは良かったのですが、先駆者がすでに居たとは……、異世界とは広いものですね」
そう言い残すと、シームルグの姿は完全に消え去った。
背後にいた玲樹がこちらへ近づいてきた。
「倒したんですか……?」
「はい、悪夢を見せていた原因は消えたはずです。そのうち目が覚めると思いますよ」
「そうですか……、はあ、助かったぁ。ありがとう、シャウナ」
玲樹はシャウナの腕をとり笑顔で礼を言う。
玲樹の言葉はストンと胸の内に落ちてくる。
助かったよ、の言葉。
ありがとう、の感謝。
淵ヶ峰高校の勇者戦。
助けてくれた恩に報いなければと思っていた気持ちが、ようやく落ち着いた気がする。
玲樹の助けになれた、と実感した。
ほろりと、温かいものが目の端からこぼれた。
「え……!? シャウナ……、ぅわ!?」
玲樹の腕をほどいて正面から抱きついた。
すると、玲樹もゆっくりとシャウナの背中に腕を回した。
「どうしたんです……、急に。どこか痛い……とか?」
「違いますよ。玲樹の助けになれたことが嬉しいんです」
「シャウナはいつも俺の助けになってくれているじゃないですか」
そんなことはない。
何一つ玲樹の役に立てていたことなどない。
「……戦いではいつも足を引っ張っていて、ニホンでの勇者との戦いでも、魔王国が攻められたときも、お情けで生き延びて。神獣戦でもサポートができずにこんな事態になってしまって……」
玲樹はなにも言わずポンポンと背中を叩く。
シャウナが泣き止むまで、優しく背中を撫で続けてくれた。
しばらくの後。
「その、ごめんなさい……」
シャウナは玲樹の顔を見ないようにしながら消え入りそうな声で言った。
顔が熱い。
恥ずかしい。
二人きりしかいない空間とは言え、子供のように泣いて、自分の弱みをさらけ出してしまったことについて、消えてしまいたい感覚を味わっていた。
が、聞かされていた玲樹は平然としたものだ。
「気にしないでください。俺も情けないとき、いっぱいありますから」
玲樹が普通にしているのにいつまでもクヨクヨモジモジしているわけにはいかない。
「はい……。ところで、玲樹。いまの外の状況ですが……」
シャウナはリヴァイアサンとの戦闘後の話を簡単に説明した。
「そっか……、呑気に寝ているわけにはいかないですね。起きたら、妖獣族を助けてあげて、セリアを探して、神獣共を追いかけて……、忙しいな」
「申し訳ありません、余計な仕事を増やしてしまったみたいで……」
「妖狐の件はしょうがないですって。助けてもらえなかったら俺は死んでいただろうし、……ん」
玲樹が指の先をかざす。
空気に溶けるように姿が薄くなってきている。
「なんだか体が……」
「身体が目覚めようとしているみたいです。私も戻るとします」
「わかった。じゃあ、先に行きます」
「私もすぐに追いかけますので。また、あとで」
玲樹の姿が消える。
悪夢の根源が断たれて、夢の所有者である玲樹もいなくなったので、この世界はすぐに消えてしまうだろう。
シャウナは妖術を使う。
精神世界の崩壊に巻き込まれないように、妖壁を張りながら元来た道を戻りはじめた。