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第九十八話 閑話 「侵食」

 --- ラテラノ視点


 マサキの妖術に掛かったシャウナは穏やかな寝息を立て始めた。


「お主はどうして残ったのじゃ? あっしが信用できんかったのかのう?」

「違う」


 ラテラノは背中に装着していた、愛用のアニムス・オルガヌムを左手に持つ。

 リヴァイアサンとの戦いで失ったと思っていたが、シャウナが魔王国で拾って綺麗にしておいてくれたのだ。レギンレイヴに積んできてくれたおかげでラテラノは戦うことができる。


 また、この天球儀(アニムス・オルガヌム)は持っているだけでマギアを感知するアイテムにもなる。


 ラテラノは座ったままマサキに詰め寄る。

 着崩した襟をむんずと掴むと、肩口で引っ掛けられていた衣服を一気にずり降ろした。


 マサキのふっくらとした胸元が露わになる。

 細すぎずほどよく肉の付いた肢体はとても健康的な肌色をしていた。


「……なんじゃい。その年で女性の気(にょしょうのけ)でもあるのか?」

「違う」


 そういう意味ではない。

 羨ましいと思う気持ちはあるが、あと五年も経てば自分も同じものを手に入れる。

 手に入れられるはずだ。


 まだ慌てるような時間じゃないと、玲樹もよく言っていた。


 ラテラノが確認したかったのはマサキの体からマギアの反応を感じたからだ。


「これは……?」


 マサキの左腹部。

 白いきれいな肌に黒ずんだ皮膚がある。

 黒曜石のように硬質な輝きを放っており、少しずつ周囲の皮膚に広がろうとしていた。


「……侵略者と戦っている時に一撃もらってしもうた。癒しの妖術に効力がないので、力を抑制する妖術を掛けておるが……、少しずつ広がっておる」


 マギアに汚染された生物や物質に直接触れると侵食がはじまる。

 絶対に攻撃を受けたり相手に触れてはいけないので、魔法で障壁を作って戦うのが基本だ。

 妖術には障壁を作り出す術はないのだろうか。


「障壁を張らなかった?」

「もちろん障壁は張っておったわい。しかし、あまりに数が多すぎて対処しきれなんだ……、お主はこの黒い化物どもの正体を知っておるのか?」

「ごめんなさい。元々は私の世界の敵。倒そうとしたけど、皆……死んだ」


 マギアは侵食した生物の特性を持つ。

 魔法少女を侵食したマギアは魔法を使ってくるため、非常に危険な相手となる。

 マギアと化した魔法少女たちに取り囲まれて一瞬で真っ黒に染まった戦友たちを思い出す。

 体が震えた。

 あんな死に方は嫌だ。


 ラテラノはマサキからそっと離れる。


「……その反応を見る限り助かる見込みはなさそうじゃな」

「ごめん、……なさい」


 ラテラノは顔を俯けた。


「よいよい、まあ、……このまま終わるのもなんじゃ、シャウナとやらが戻ってきたら何かくれてやるとするか」


 マサキは悲観することもなくマギアの事実を受け入れた。


 不思議な反応だった。

 もうすぐ死ぬと言われてどうしてそんなに余裕をもっていられるのだろうか。


「死ぬのが怖くないの?」


「お前さんは前置きのない質問が多いのう。死ぬのが怖くないはずがなかろう。……だが、あっしを受け入れて、あっしを継いでくれるものが居れば満足して死ねる」

「継ぐ?」

「その通り。あっしが生きた証を継いでくれる者が居れば、死を受け入れられる」


 残すと言われて思い出すのは一つしかない。

 玲樹には、君にはまだ早い、と言われたが毎晩ナニをやっているかは知っている。


「子供がいるの?」

「妖は子供を作らん。魂の力を己が認めた相手に渡す」


 何かくれてやるとは、魂の力を与えるということか。

 そんな簡単にあげてしまっていいものなのか?


「シャウナに渡すの? たったいま出会った相手なのに?」


 マサキは困ったように笑う。


「もちろん普段はこんなことはせんよ。赤の他人に力を渡すなどありえんことじゃ。しかし、妖狐はもはやあっしを残すのみ。他に継ぐものはおらん。このまま消えていくのであれば、異世界の者でも気に入った者に、愛した者を救おうと努力をする者に与えたいと思ったまでよ」


 マサキは脱がされた衣服を着直す。


「毒の根を断つのは簡単なことではない。慣れぬ夢の中での戦いに時間が掛かるであろう。それまで、あっしは大陸の結界を守る。お前さんたちはシャウナと玲樹が目覚めたらすぐにこの地を発てるように準備をしておくのだ」

「私も戦う。マギアは私の敵」


 アニムス・オルガヌムを携えるラテラノをマサキが制する。


「気持ちだけでよい。この世界はあっしらの世界。お前さんが命を懸けるに相応しい場所ではあるまい」


 命を懸けるに相応しい場所。


 ラテラノは突きつけられた言葉に固まった。

 戦いから逃げ出して、故郷を失って、あてもなく放浪する自分にそんな場所はあるのだろうか。


 マサキは神棚から小さな石のアクセサリーを取り出すと、シャウナの腕に巻きつけた。

 そして。


「ではな、あとはよろしゅう頼む」


 マサキは決意を秘めた顔つきのまま小部屋を後にする。


 ラテラノはなにも言えず。

 ただただその背を見送ることしかできなかった。


 ラテラノのアニムス・オルガヌムが煌めいている。

 マギアと戦うために生まれた力は、静かに時を待ち、輝くのみである。

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