第九十六話 「未開の地」
--- シャウナ視点
濃緑の蔦と樹木に覆われた深い森。
ツンと鼻をつく土の臭いに懐かしさを覚えながら、シャウナは当たりの様子をうかがっていた。
歩くたびに腕と膝に鈍い痛みがはしる。
ヒビが入っているか折れているのかもしれない。
残り少ない魔力で治癒魔術を掛けておく。
「派手に墜落しましたね……」
目の前には幾体もの魔物の死骸が転がり、地面には一直線に抉られた痕が残っている。
レギンレイヴが不時着した衝撃で地面が掘り返されてしまったのだ。
木々をなぎ倒した先には半壊したレギンレイヴの姿がある。
シャウナはレギンレイヴに走り寄ると声を掛けた。
「大丈夫ですか? 動けそうです?」
「……辛うじて致命傷で済んだと言った処か。動力部だけ先に修理を頼んでも良いだろうか? このまま放置されると死んでしまう」
「少々、お待ちを」
レギンレイヴの背中に飛び乗る。
修復魔術を掛けて損壊した動力部を修理する。
問題は喰いちぎられてしまった動力部だ。
魔物に喰いちぎられて一基脱落、墜落の衝撃で吹き飛んで一基脱落、残されている動力部は二基しかない。
「ふたつしか残っていませんが飛べますか?」
「可能だ。ただ、速度が出ないな。あと潤滑魂キットで潤滑魂を回復しなければいけない。枯渇寸前なのでな」
「なるほど……、弱りましたね。玲樹は、それにセリアとラテラノはどうなったでしょうか……」
最後に見た光景は、玲樹が落ちていく姿だ。
あのまま海面に叩きつけられたのであれば死んでしまっているだろう。
死体があれば蘇生魔術が使えるが、リヴァイアサンが死体をそのままにしておくとは思えない。
死体がなければ再構築魔術に頼らなければならない。
問題はリヴァイアサンに喰われてしまった場合だ。
玲樹の魂や力はリヴァイアサンの一部となり、あらゆる蘇生ができなくなる。
リヴァイアサンとの戦闘があった海の方角を見つめる。
が、さすがに遠すぎる。
遠視魔術でも距離が離れすぎていた。
「焦るな、シャウナ殿。本官は動けない。シャウナ殿も休息をとらねば満足に戦えぬだろう? いまはセリア殿、ラテラノ殿、を信じるよりほかあるまい」
「そう、ですね……」
指摘されるほど険しい顔をしていたのだろうか。
シャウナは深呼吸をして、顔をもにょもにょと擦る。
しかし、しかし、玲樹にもう会えないかもしれないと考えると、心はざわめくばかりだ。
「シャウナ殿! レーダーに多数の生命体反応。周囲に警戒してくれ!」
シャウナは腰の剣を抜き放つ。
鈍色に輝く刀身に無数の刃こぼれを見て、ため息を吐いた。
多数の魔物を切り捨てたおかげで手入れをしておいた剣は摩耗している。
このまま連戦を続けるとポッキリへし折れるかもしれない。
かと言って魔術で蹴散らすほど魔力が残っているはずもない。
がさがさと茂みをかき分けて何者かが接近してくる。
何者かは森の奥からやってきたようだ。
すべての方向から気配を感じる。
ひゅんと背後から何かが飛んでくる。
シャウナは体をわずかに傾けて躱した。
蔦をよって作り上げた粗末な縄が地面に落ちた。
「これは……、投げ縄?」
ずいぶんと原始的な武器だ。
今度は左方向から、遅れて右方向から、避ける方向を予測して投げ縄が放たれる。
シャウナは剣で切り払う。
埒が明かないと見たのか、一気に勝負を掛けようと思ったのだろうか。
敵は雄叫びを上げて森の中から飛び出してきた。
とても可愛らしい雄たけびを上げる敵は、粗末な石造りの槍を構えてシャウナの前に槍衾を並べた。
目の前に整列した生物にシャウナは剣を持ったまま固まってしまった。
「なん……です……、この子たちは……」
その生物は二足歩行をするアライグマに似ていた。
手には柔らかそうな肉球があり、ふさふさの尻尾に、全身はもこもことした茶色の毛で覆われている。
衣服はなく頭に木の兜をかぶっているだけだ。
この生物の戦闘力は低い。
弱ったシャウナの闘気障壁闘術を貫通することすらできないし、剣の一振りで倒すことができる。
どうやって追っ払ったものだろうかと頭を悩ませていると、レギンレイヴの声が飛んだ。
「待て、その生物……、その持ち物は玲樹のものではないのか?」
「え?」
整列する生物たちをマジマジと観察する。
すると、その中の一匹が気になるものを持っているのに気が付いた。
「あれは、玲樹の指輪……!」
結婚式の日に交換された指輪だ。
その指輪を木の兜の角の部分に括り付けているアライグマがいる。
「……彼らについて行ってみましょう。玲樹に会えるはずです」
「大丈夫なのか?」
「彼らでは私に傷ひとつつけられませんよ。玲樹は気絶しているからどうなっているかわかりませんが……」
木の棒に縛り付けられて丸焼きにされていたりすると困る。
猶更、食べられる前にアライグマたちの本拠地に向かわなくてはならない。
「……言語魔術が使えないのが悔やまれますね」
言葉が通じないので連れて行ってくれとは頼めない。
仕方なくシャウナは剣を鞘に納めると、アライグマたちに差し出した。
アライグマたちは差し出された剣を見て、はにゃ? と首を傾げた。
少し不安になった。
彼らの頭の中には武装放棄という考え方がないのかもしれない。
しかし、アライグマたちはすぐに行動に移る。
剣を奪われると、あれよあれよという間にシャウナは縄を掛けられて両腕を縛り付けられた。
数人のアライグマたちが綱を四方から持ってシャウナを引きずっていく。
レギンレイヴは持ち運べないのがわかっていたのか。
どこからか丸太を持ってくるとレギンレイヴの前に均等に並べだした。
そして、大勢のアライグマたちが手で押して転がして運んでいく。
「シャウナ殿。もっと丁寧に運搬するようにいってくれ! 塗装が剥がれてしまうではないか!」
「そうは言われましても、私も言葉が通じませんので……」
アライグマたちは森の奥へと進んでいく。
やがて、原生林そのものであった森に変化が見えた。
整えられた林と土がむき出しになった道らしき地面。
さらにはアライグマたちの家なのか藁と木切れで建てられた小屋が見えてきた。
小屋の影から恐々とこちらを見ているアライグマたちの姿が見える。
雄か雌かわからないが、小さいのは子供だろう。
もしかすると、侵略者と勘違いされているのだろうか?
資源は豊富にありそうだし、脅威となりそうな生物がいないのであれば、攻めてくる異世界勢力がいるはず。
良い侵略場所と見られている可能性もある。
思案に暮れていると、林が途切れた。
ぽっかりと開けた広場にこじんまりとした祠が建っていた。
アライグマたちが住んでいた小屋ではなく、キチンと屋根が赤く塗装された、木造の祠だ。
これはアライグマたちが作ったものではない。
「シャウナさん……!」
その祠の前に、縛られたラテラノと地面に転がされた玲樹の姿があった。