第十話 「保護欲」
2016/10/16
第七話の続きとして追加しました
本章は神水流 陽織の視点で書かれています
陽織はプラスチック製の洗面器でワイシャツを洗っていた。
玲樹のワイシャツである。
清潔魔術のおかげで汚れはついていないように見える。
けど、気持ちが大事だと思うのだ。
洗濯は真心だ。
布地に染みついた心の淀みを丹念に洗い落とすのだ。
例えば、他の女の臭いとか。
――違う、違う、私はそんな嫉妬深い女じゃない、はず。
陽織はブンブンと頭を振って黒い感情を振り落とす。
陽織は玲樹とずっといっしょに過ごしてきた。
同じ年の同じ月の同じ日に生まれたと言うこともある。
親同士が仲良かったと言うこともある。
お互いの親が子供預けたり預けられたりで、姉弟のように育てられたせいもある。
陽織は玲樹のことが心配なのだ。
小さい頃から玲樹は無茶をする。
川を流されていた子犬を助けようとして自分も川に流されたり。
いじめられっ子を助けに入って逆にいじめられたり。
入試で鉛筆を忘れた見知らぬ子に筆記用具を貸してあげて、カンニング扱いで退出させられたり。
毎度の事ながら冷や冷やさせられる。
ワイシャツの洗濯が終わった。
乾いたタオルを用意して濡れたワイシャツの水分を搾り取る。
最後はアイロンを掛けて乾燥としわ伸ばしをやる。
ただし、電気がないので電化製品のアイロンは使えない。
陽織は右手に闘気を集中させる。
闘気は狩人の称号を習得したときに身についた。
不思議なもので生まれたときから知っていたかのように自然に使うことができる。
闘気掌。
闘気を集中させて体の任意の場所から放出する闘術だ。
闘気掌の出力を低くして熱を持たせる。
掌をワイシャツに押し付ける。
ふわっと熱気が立ち上った。
ワイシャツの表面を傷つけないようにゆっくりとしわを伸ばしていく。
こうやって玲樹の世話をしていると昔に戻った気分に浸れる。
高校生に入ってからコミュニケーションが減っていたのだ。
玲樹は大きくなるに連れて出来ること出来ないことの判別ができるようになった。
そのおかげでトンデモ事態に巻き込まれることはなくなったものの、陽織の出番は少なくなってしまった。
ただ、私生活はだらけきっているのでお世話している。
お弁当、部屋の掃除、洗濯、あたりかな。
その様子を目撃されたときに友人に笑われたことがある。
まるでお母さんみたいだね、と。
そうありたいとは思う。
が、玲樹の母親には敵わない。
あの人は本当に玲樹の母親だ。
玲樹のすべてを予測していて、すべてを考えていて、何故か知らんけど為すがままに任せされている。
陽織ちゃんがいるから助かってるわ、なんて言われている。
時々、玲樹はこうしてあげたほうが喜ぶのよ、と助言を頂ける。
本当に頭が上がらない。
玲樹のワイシャツは新品同様になった。
折り目に気をつけて畳む。
さて、あとは明日に備えて眠るだけだ。
陽織は明日、羽田空港に向かおうと玲樹に相談するつもりでいる。
玲樹は自衛隊に保護してもらうのを嫌がっているが、陽織はそうは思わない。
玲樹が周りの人間に迷惑を掛けたくないと考えていることも知っている。
勇者という存在がどれほどの強い者かわからない。
シャウナが勝てないと言うのだから漫画に出てくるような超人なのかもしれない。
でも、玲樹一人では絶対に勝てない。
ならば自衛隊や政府など少しでも力を持つ人に頼ったほうが良い。
自分に出来ないとわかっていることを抱え込んでいてもしょうがないと思うのだ。
国が関わっても勝てないかもしれない。
でも、一人で悩むよりはずっと良い。
玲樹はシャウナが助けてくれるよ、と言っていた。
しかし、陽織はシャウナのことをなんとなく信用できずにいた。
シャウナは魔王の称号を失ったことで勇者から狙われることはなくなった。
それなのに。
どうしてシャウナは逃げないのだろうか。
玲樹を鍛えることさえ無駄なことに思える。
シャウナより強いのであれば鍛えてリベンジを図ることもあるだろう。
しかし、玲樹は魔王の称号があるだけでシャウナよりも全然弱い。
ちょっと鍛えたくらいで勇者に勝てるとは到底思えない。
何故、玲樹を助けるのか。
善意?
もしくは、魔王の称号を押し付けた悔恨?
違う。
言葉の通じないシャウナだけど、彼女は情や義で玲樹に接しているわけでないように見える。
陽織は、シャウナには別の目的があるのではないか、と考えている。
邪な考えで玲樹を害しようとしているのではないか、と。
その考えに至った時、陽織の心に熱が吹き抜けた。
玲樹を守らなくてはいけない。
同時に熱い想いが沸き上がる。
玲樹のことが好きだ、と。
好きだから守りたい、失いたくない、と。
陽織はベッドに潜り込むと目を閉じた。
明日は羽田空港に玲樹と向かう。
そして、自衛隊に救助してもらうのだ。
彼らに頼ればきっと事態は改善する。
陽織は、そう考えながら眠りに落ちた。