四日目朝 嵐のごとく活発な動きを見せたネジは意外にも落ち着きを取り戻すでしょう。
今回及び次回は鍛冶回です。興味のない方は今回後半及び次回を軽く流し読みするといいでしょう。
追伸
この回を書くために鍛冶動画を見すぎて日本刀の波紋の種類が土置きの段階である程度分かるようになってしまいました。特に丁字乱れがわかりやすいです。
私は鍛冶師にでもなるつもりでしょうか……。
知らない天井。知らない部屋。そういえばそうだった、今日からは王宮鍛冶師だった。目が覚めるといやがおうにも現実を思い出された。
どちらにせよ朝だ。仕事の準備をしなくては。まずは炉を見に行こう。そう思って部屋を出ると一人の少年がいた。
「おはようございます。それと、ごめんなさい、僕の父がかなり強引に連れてきちゃったみたいで。」
容姿にはとても恵まれた少年だ。左右非対称の瞳を持っていて、右目は赤、左目は深い青だった。髪は男にしては長いほうで、少し華奢な体格や年齢から来る性差のなさも相まってとても中性的である。アルビノの中でも特に珍しい魔力色素と呼ばれる特殊な色素を持っておりメラニンなどが必要でないが故に起こるある種の優れた遺伝子を持った少年のようだ。
「あ、あぁおはようございます。」
そしてなによりも、俺の胸が歓喜の鐘を鳴らしている。この人はまともだと。
「自己紹介、させてもらいたいんですが今日は忙しいと思うので案内がてらにしませんか?」
そう言って、軽く微笑むとまるで精霊の一柱のような雰囲気である。犯し難く、触れ難い、されど暖かくまるで一枚の絵画のよう。
「よろしくお願いします。」
そう、言うと少年は目で”付いて来て”と合図をして歩き始める。
「僕は、エストリア・イルゴット。第一位王位継承権を持つ皇子をさせてもらっています。ついでにあなたの雇い主です。アルゼノさん?」
いま、この子すごいこと言わなかっただろうか。聞き間違いだろうか、いや、聞き違いであって欲しくない。
「王子様でしたか?度重なるご無礼お許し下さい。」
そう言って跪くとエストリアは困ったように笑った。
「やめてくださいよ。僕はまだ王でもないですし、恐縮されてしまうとやりにくいので。だから僕のために頭を上げてください。」
この王子、将来有望だ。おそらく民主主義と王政の両立を考えている上に相手を気遣うのがとてもうまい。
「王子の頼みとあれば仕方ありません。改めましてアルゼノです、お取立て頂き感謝致します。」
頭を上げて、改めて自己紹介をするとエストリアは軽く微笑んで、もう一度歩きながら話を続けた。
「昨日のことがあったあと、憲兵のシルヴィアさんとあなたのご自宅へ伺い報告をさせていただきました。ついでにあなたの師ゴレリヴァさんにも声をかけ、王宮の鍛冶場の立ち入り自由権を与えてあります。今はきっと……。」
エストリアがそこまで話すと炭を割る甲高い音とゴレリヴァの声が聞こえる。
「そうだ、その大きさだ。うまいぞ嬢ちゃん。アルゼノの代わりにうちの炉を手伝わないか?」
それを聞いてエストリアは笑いながら言う。
「アルゼノさんの従者の方が手伝いをしたいとおっしゃったので、それの指導を買ってくれました。」
「嫌です、私はご主人様のために教わってるだけですから。」
それなりに穏やかなフェオの声も聞こえる。
「まぁ、やっぱりそうだわな。じゃあアルゼノの手伝いは任せたぞ。」
本当に和やかな雰囲気である。王宮に来たのはまんざら間違えでもなかったようだ。
「あ、ご主人様!炉を起こす準備できてますよ。」
フェオが俺を見つけて駆け寄ってくる。尻尾を左右にぶんぶんと振りながら。
「ありがとう、それにしてもゴレリヴァに褒められるなんてやるじゃないか?」
そう言うと、フェオのしっぽがぴたりと止まる。そして先程より大きく早く振れ始まる。
「えへへ、頑張っちゃいました!」
こうしていると、なんだか頭を撫でてやるのも悪くない気分になる。発情している時とえらい違いだ。
「じゃあ、アルゼノさん。ひとつ僕のために扱いやすい剣を作ってくれますか?素材も選び放題、報酬も思いのままですよ。」
そう言って、エストリアが自分の剣を少しちらつかせる。それは、リヴの祭器のひとつ魔剣ホワイトクロス。白の十字の剣でエストリアが振るうにはあまりに重すぎるように見えた。
「ひとつ、実験をしてみてからでいいですか?成功したらとてつもない剣が出来上がります。」
エストリアは笑って答えた。
「もちろん構いませんよ。なにか必要なものはありますか?」
ありがたい、協力的だ。
「ええ、エルドリア鋼200グラム、鉄400グラム、オリハルコンが200グラムです。」
それに甘えて、考えうる最高の素材を注文した。
「材料の量的にはショートソードですか。でも様々な金属を使うんですね。」
エストリアの疑問も最もなのでちょっとした解説をしようと思う。
「硬さの違う金属を使うことで耐久力を上げるつもりです。芯の部分はヘパイストス鋼。混合を防ぐ役割と双方の緩衝材に鉄、それから刃は純粋なオリハルコンにしようと思っています。」
未だに、想像するには至ってないだろう。それでもエストリアは首を縦に振った。
「すぐに持ってこさせますね。どうせなので製作工程を見せてもらってもいいですか?」
こうして無邪気に頼んでくる屈託のない笑を見ると好奇心旺盛なただの少年に見える。
「構いませんが、火花が散るので気をつけてください。あと暑いですよ。」
俺がそう言うと、エストリアは小躍りしながら喜ぶ。
「ありがとうございます。早速炉に火を入れてはどうでしょう。話を聞いていた使用人の一人が言われた材料を取りに行ってます。もう戻ってくるでしょう。」
しかし、それと同時に見事な手際で準備を整えている側面は流石としか言い様がない。
「そうします。フェオ、お前が切ってくれた炭を使うよ。ここに置いてくれ。」
負けないようにしないと、なんて思いながら鍛冶場の炉を起こす準備をする。
「はい、ご主人様。」
そう言って、フェオが重たいはずの大きな炭の袋を軽々と運んで来る。
「今日はお前に俺の相槌打たせてやる。」
そう言ってゴレリヴァが鍛造の特に鋼を鍛える鍛錬に向いた大槌を持ち出す。
「ありがとうございます、師匠が手伝ってくれるなら百人力です。」
そう言いながら、火種になる巻藁に火をつけ炉の奥に放り込む。
「私も手伝いますよ!」
そう言いながら、フェオがその火を消さないように気をつけながら素早く炭をくべていく。
「お、フェオ火起こししたことあるのか?」
そう聞きたくなるくらい完璧に火種を気遣い、着火もしやすい位置に炭を置いたのだ。
「焚き火の火おこしは何度かやってますから。」
そう言って自慢げに胸を張っている。
「本当に、鍛冶仕事向いてるのかもな。」
なんとなくそんな気がして、そうであればいいと少し思った。こんなことを思ったのは鍛冶場にいるときのフェオは真面目で素直な可愛らしい少女、そんな印象なのも相まってだろう。
「材料をお持ちしました。」
ほどなくして、従者の男がそれぞれいった分量の材料を持ってくる。
「じゃあここに置いておきますね。」
それを王子自ら炉のそばに運んでくる。これは少し恐れ多い。
「あ、ありがとうございます。でも気をつけてくださいね、やけどでもしたら大変です。」
まずはオリハルコンの切り分け。合金用のものと刃に使う物を分ける。そのためにもエストリアが運んできたオリハルコンを炉の中へ投げ込みふいごを動かす。
「ご主人様、火の中にほっぽっちゃっていいんですか?」
心配そうな目でフェオが訪ねてくるが心配には及ばない。まだオリハルコンが熱せられるのには時間がかかるから片手でふいごを動かしながら空いてる手で近くにあったプライヤーを掴む。
「心配ご無用、これで挟んで取り出すんだ。」
そう言って、少し渡して見る。フェオは物珍しそうにそれをカチカチと開閉して遊ぶ。
「んで、取り出したらこいつの出番だ。これで叩き伸ばす。」
そう言ってゴレリヴァが大槌を見せる。フェオは両方を見比べて目を輝かせていた。ついでにそばにいたエストリア王子も。なんだか、社会科見学されている気分だ。
「そろそろ温まるからそれ返してちょっと離れて。エストリア様もお願いしますね。」
そう言うと、フェオがプライヤーを俺に返して下がる。エストリアも同様に数歩下がった。
タイミングと色を見て、それが溶ける寸前の色を示した瞬間に引き抜いてかなどこに載せる。
「おらっ!」
威勢良くゴレリヴァがそのオリハルコンに鎚を叩きつけ伸ばしていく。ゴレリヴァの仕事の速さはその豪腕にある。ものの数回でオリハルコンを薄く伸ばす。
「切れ込み入れます。あと、そのあと一回冷ますので桶から離れてください。」
言う前からフェオとエストリアはそんな場所にいなかった。それを確認して、切れ込みを入れたい場所にのみを置く。ゴレリヴァは、それを見てうなづくと、のみに加減をして鎚を何度か振り下ろす。これによって、熱されたオリハルコンが圧し切られ溝ができて折れやすくなる。
溝が入った真っ赤なオリハルコンを水に入れて一気に冷やす。するとオリハルコン本来のほんの少し青みがかった銀に戻っていく。水が沸騰しない程度、冷め切ったあとにオリハルコンの板をかなどこに乗せて叩く。
パキン、と小気味良い音が響きオリハルコンが割れ適度な分量に分かれた。
「さて、次は何をする?」
ゴレリヴァが訪ねてくる。
「次は、ヘパイストス鋼の鍛接合金を作ります。」
鍛接合金とは本来合金とは融解した二種類の金属を混ぜて作るのに比べ、融解前の金属同士を圧力で接続する方法である。
「それだと混合率が一定にならんぞ?」
ゴレリヴァの疑問も最もである。
「中心ほど何度も練り上げられ、混合率が上がり本来のヘパイストス鋼ができます。軟性に富んでいるその芯から外側に向かうにつれて混合率が下がり軟性が下がっていきます。この材質の無段階変化が狙いです。」
ゴレリヴァは一瞬悩んで合点が行ったように手を叩く。
「なるほど、そうして粘りを出すわけだな。」
後ろにいるふたりは話についていくのがやっとのようで、頭を抱え黙ってしまっている。
「そのとおり、折れにくく、曲がっても戻り、表面だけは硬い。そんな剣を作ります。」
そう言いながらエルドリア鋼を炉に入れ熱していく。先程と同じように伸ばすと今度はエルドリア鋼と、オリハルコンを重ねて熱し、叩いて伸ばしては曲げ伸ばしては曲げを繰り返していく。
「なぜ、何度もせっかく伸ばしたものを曲げてしまうのですか?」
エストリアが何度目かの時に訪ねてきた。手を離すわけにも行かず鎚を休めないまま答える。
「こうすると金属の層がたくさん出来てより強い鋼になるんです。」
納得したような、納得してないようなそんな表情でこちらに熱い視線を送り続けた。
何度も何度も折り返すこと17回目手応えに変化が現れた。それはまるで槌の伝えた衝撃を中心ですべて吸収するかのような手応え。いや、実際に吸収していたのだ。振り下ろす槌は跳ね返ることなくその力をすべてこの合金に伝えて止まる。
「これで芯は完成です。これを芯金と名付けましょう。」
そう言って、知らぬ間に垂れていた汗を拭うとエストリアが声を上げた。
「みなさん、お昼にしましょう。」
気が付けば、幾人かの使用人が金床から離れた位置で食事を用意したワゴンを持っていた。