三日目正午 落ち着いていたネジは予想外の方向に躍とくべき勢いで飛ぶでしょう
いやぁ、淫乱ヒロインなり。
さて、幸福というものは不幸という概念が存在するからこそ実感に至るわけで、まともというのはまともじゃないという状態が存在するからこそ存在し得る訳だが。現在進行形でそのまともじゃないという状態に遭遇している。
「あのですね、私もですね、そろそろ色々とこれからお世話していただけるとおっしゃっているご主人様に対して何も大したお礼もできないというのは奴隷という身分である以上非常に申し訳ない気持ちになるわけなのですが……。」
セリフだけはまともだ。それは認めよう。しかしながら頬を上気させて息を荒くしながらそれをいうのはどうかと思う。
「何かをして欲しいからお前を買ったわけでもないし……って、俺の剣であらぬところをぐりぐりするのやめてもらえる!?」
正直、思春期真っ盛りの俺にはその光景は非常に心臓に悪いものだった。銀糸の長い髪に二つの狼の耳を生やした自分よりほんの少し年下くらいの美少女が自分の作った剣を抱えながら悶えているのだから。
「そうは言われましてもですね、なんと言いますか。ひどい仕打ちを受けていたところを助けていただくとそれなりに好感度が上がるのは当たり前なわけでして、そんなご主人様の手によって作られたかと思うとちょっと魅力的に見えるものがありまして……。」
ほんの少しの沈黙の間にも荒い吐息といやらしいとすら思えるような動きによる主張は続いているわけで。
そもそも、なぜこんなことになったかというと俺はシルヴィアのお礼として自分の剣と、それを唯一収められる鞘を受け取ったあとその一振りをシルヴィアに渡しあとふた振りを腰に腰にさしてとある街を訪れたのが事の起こり。
「着いたぞ、ここはトラッシュリザーバー。この国で唯一法律のない場所だ。」
そう言ってシルヴィアが指さす先に広がるのは薄汚れたスラム街のような場所だった。それにしても異様で思わず固唾を飲まざるを得ない。なぜならそこには屍臭と血の匂いが入り混じった最悪の悪臭が漂っているのだから。
危険というのを匂いにしたらこの匂いなのだろうか。そう、思える程にこの匂いが鼻腔をくすぐるたびに心臓が警鐘を鳴らし、足を重くする。
「まぁ、そうなるだろうな。しかし、この場所の住人はそれなりに多いし時と場合によっては貴族も足を踏み入れることがある。その際に憲兵としてではなく私兵としてこの街に踏み込むことになる時もある、その時のためにもなれておいたほうが身の為だぞ。」
そう言ってシルヴィアはずんずんと奥に進んでいく。
「ちょっと待ってください。これを、こんなのを容認しているのですか?」
冷や汗をかきながら、抗議をするとシルヴィアは踵を返し少し疲れたような笑顔を見せた。
「そうか、お前は何も知らないんだな?」
そう言ってやれやれとシルヴィアは話し始める。
「この街はな、移民の町だ。我々の法を知らず、守らない無法者の地であり法というものの大切さを裏付けするための街だ。」
それではまるで、移民ならば奴隷にされても殺されても仕方がないみたいだった。
「移民だという理由でこんな場所に。」
それを聞いて、もう一回シルヴィアが話始める。
「月に一度司法試験がある。あと移民してきた人間にはその場で司法試験を受ける資格を得る。最低限の法律を知っているかどうかを確かめる試験だ。それに合格できなかったもの、それに合格してなおも罪を犯すものの最後に行き着く追放場所だ。」
シルヴィアは少し残念そうだ。
「私の顔を見て、襲いかかってくる人間はここにはいない。一応それなりに名前は知られているんだ。」
そう言って、もう一度町の門をくぐる。
俺も、もう、何を言っていいのかもわからなくなってただ黙ってそのあとに続く。
街の中はよりひどい有様だった。いたるところに屍が転がり血糊がベッタリと張り付いている。錆びた鉄の匂いに腐った酒の匂い、悪臭を放つ人型の肉の塊に、転がる髑髏。どこを見てもひどく恐ろしげな光景だった。まさにそれは”ごみ溜め”だった。
「ここにこさせる理由は二つ、我々憲兵が法律の大切さを再確認するため。そして、禁猟区をしっかりと覚えるためだ。」
もはや認める他ない。いかに恐ろしい光景でもここの人間がこの町の外に無理やり放り出されたらきっと今の治安は保てない。
「おい、兄ちゃんに嬢ちゃん。兄妹で憲兵さんか?この街は危ないぜ?」
早速だ、早速下卑た笑みを浮かべた下劣な男が今にも金をたかりに来ようとしている。
「あいにく、嬢ちゃんと言われる歳ではないがその口の上手さに免じて相手をしてやろう。かかってこい。」
ただ、見ているしかできなかった。どう、動いていいのかわからなかった。
「強気な嬢ちゃんだ、嫌いじゃないぜ。」
そう言いながら腰に下げていた無骨で粗雑な剣を抜き放ち大雑把に一閃するが、それをシルヴィアは受けるつもりで剣を抜いた。
「何だ……。」
シルヴィアが呟いた。
次の瞬間、粗雑な剣の鋒が地面につき立つ高い音が聞こえた。
「おいおい、待て待て待て。こちとら行儀の悪い鉄の塊だぞ。どうなってる、どうなってやがる。」
下卑た男の握っていた剣はシルヴィアの握る剣と触れた部分が綺麗な切り口を晒している。
「ははは、切れたのか。本当にすごいぞこの剣。やはりお前の剣は最高だ。」
そう言ってシルヴィアはこちらに視線を向けてくる。
「そのくらいの剣なら簡単に切れますよ。ヘパイストス鋼を切り裂く剣です。」
気が抜けて、体の力が抜けてくる。普通に自己防衛していいということを目の前で実践されると気が楽だ。
「ふざけた剣持ってきやがって。」
そう言いながら大振りに殴りかかってくるが、なんとなくそれが予想できていたし、弱点が丸出しだった。
タイミングを合わせて、膝の皿の下あたりを軽く蹴り上げると男は上方向に飛び上がり顔面から地面に飛び込んだ。
「おぉ、投げた様子もないのに吹っ飛んだぞ……。」
シルヴィアはそれを見て少しばかり関心しているようだ。
「畜生、覚えてやがれ。」
三下が吐く定番の捨て台詞を吐いて男は去っていく。
「そんなことより、今何したんだ?」
暴漢だった三下の無様な背中を見送っているとシルヴィアが目を輝かせて聞いてくる。
「あぁ、簡単ですよ。膝蓋健反射と言って健康診断の時に膝を叩かれるとビクンってなる現象を起こしてやっただけです。反射で飛んでしまって、あのとおり。」
一通り説明を終えるとシルヴィアはとても引きつった笑いをしていた。
「なんだかすごく地味なことしてたんだな。」
「いや地味ですよ!?地味ですけど態度変わりすぎじゃないですか?」
あぁ、さっきまでのシリアスな空気はどこへ行ったのだろう。
「いや、なんというかもっとすごい技を想像していたのだ。すまない。」
それも無理はないだろう、体格差があるにも関わらず投げ飛ばせてしまうことは事実なのだから。
「まぁ、いいですけど。ここの感じは分かりました、どうします?」
さほど厄介な相手は少ないと見積もって問題なさそうだと分かり途端に緊張が解けてきた。
「そうだな、街をひととおり見たら帰るとするか。そしたら今日はもう帰っていいぞ。」
そう言われ、一気に行楽気分に早変わりした俺は軽い気持ちでシルヴィアの後をついていった。
それは、路地裏にある奴隷横丁と言われる通りに差し掛かった時だった。
「うぅ……っぐ……。」
その声は明らかに少女のもので、同時に苦悶を訴えていた。
「貴族を護衛する場合主にここに来ることになる。」
シルヴィアはそれを気にする素振りもなく話を続けている。
「すみません、いま女の子の声が。」
どうしても気になり話の途中に割り込む。
「気になるか?」
シルヴィアはやれやれという表情で問いかけてくる。
「すみません。」
話の腰を折ったことに謝罪を述べるとシルヴィアは少しだけ笑って指をさす。
「声はあっちからだ、きっと奴隷の声だろう。」
「ありがとうございます。」
ただ、一言礼を残してシルヴィアが指差す方に向かった。
そこには、下卑た笑みを浮かべる小汚い男と、汚れてなおも美しい毛並みを誇る獣人の少女がいて、男は少女の首輪につながる鎖を今にも少女の両足が地面から離れんばかりに引っ張っていた。
「すまない、ひとつ尋ねたいのだが。」
ここは、刺激してはならない。そう思って、あえて好色な育ちのいい男を装って柔らかい物腰で話しかける。
「お?なんだ兄ちゃん。この奴隷が気になるのか?」
男は少し残念そうに、そしてとても嬉しそうに話す。
「その通り。代金はおいくらほどかな?」
あえて、下衆な笑みを浮かべて問を返してみる。獣人の少女はすっかりおびえているが、少なくとも首輪を締め上げられる痛みからは解放されている。
「コイツは高いぞ?なんせフェンリルとの間に生まれた血統証付きの獣人だからな。」
そう言って笑うが、あいにくとそんな現金は持っていない。
「では、物々交換というのはいかがかな?この剣は、ヘパイストス鋼をも切り裂く魔剣だ。いい値が付くぞ。」
そう言って自分の剣を差し出すと男はそれを引き抜いてまじまじと見つめる。
「ふむ、なかなか美しい刀身だ。ん?こりゃ、魔剣なんかじゃねぇ!」
しまった。と思った。
「お前さん、こんな代物どこで手に入れた。」
どうやら杞憂のようだ。
「とある鍛冶師から買ったんだ。魔剣と言っていたが……。」
自分のことは伏せておこう。
「こりゃ、祭器に匹敵するお宝だ。釣りがいらねえってならこの奴隷を売ってやってもいい。」
そう言いながら何度も剣を見ている。一応、研いですらいない代物なのだが。
「釣りはいい。それより彼女がほしい。」
そう、言うと男は首輪につながる鎖を渡しながら満面の笑みで言う。
「よし、売った!」
これで晴れて、この獣人の少女は俺のものになったわけだ。
「では、失礼。」
そう言って、鎖を引っ張ってしまわないように気をつけながらゆっくりと奴隷横丁を抜けた。
抜けた先にはシルヴィアが待っていて話しかけてきた。
「その子をどうするつもりだ。」
おそらく信用されているのだろうか。敵意は一切ないように聞こえる。
「もちろんこうします。君、動かないでくれ。万が一君に傷つけたら大変だ。」
そう言って、首輪を切り裂く。
「え?あの?」
獣人の少女は初めて口をきいた。これまで、下衆を演じていたのだから無理もない。
「安心しろ、こいつは奴隷を奴隷扱いできるやつではない。少なくとも私はそう思っている。」
シルヴィアが優しく笑いかける。
「あの、私は助けていただいたということでしょうか?」
未だに少しばかり不安そうな目をしているが大丈夫だろうか、そう思って目線を合わせて言う。
「怖い思いをさせたね。俺はそんなつもりで君を買ったりしてないよ。さぁ、好きなところへ行きな。」
おや、シルヴィアのめが冷たい気がする。
「あの、捨てられてしまうと困ります。私、これからどう生きていけばいいのか、お金も、家もありませんので……。」
獣人の少女がそれをいい思わるとシルヴィアの視線がさらに冷たくなる。
「あ、そうか……そうだよね。わかった、俺が何とかするから。それじゃついておいで。」
冷や汗をかきながらそう言うとシルヴィアの視線の冷たさが緩み、目の前の獣人の少女は満面の笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします、ご主人しゃま。」
そして現在に至る。
「どうしてこうなったあああああああああああああ!!??」
もう、叫ばずにいられなかった。
「ご主人様、何を叫んでおられるのです?」
首をかしげながら、獣人の少女が覗き込んでくるが一言言いたい。
「お前だよ、お前!最初の頃はお前普通だっただろ?それがなんだ、さっきからいろいろエロエロしやがって。思春期男子だよ?襲っちゃうよ?」
きょとんとされた。
「何か問題でも?」
あぁ、どうしよう。この子には羞恥心というものがないのだろうか。
「君もさ、女の子なんだからもっと自分を大切にしたほうがいいと思うの。」
あぁ、明日からはまともな日はないかもしれません。
次の話で一章は完結。頭のゆるい神様や、苦労してる魔王さまが出てくる冒険の章の始まりです。
主人公のものすごく地味で強烈な無双っぷりとヒロインの全く役に立たないチートをぜひ嘲笑ってください。




