12日目午後 ネジはこれまでにないほどしっかりとしまっているでしょう。
完全に詰だ。どう考えても安彦に勝ち目はないと思えてしまう。数歩、ただ歩いてるように見せながら張り巡らせていたアエラの罠。その全てが安彦の動きを制限している。
もし一歩でも踏み出そうものなら、罠が連鎖的に発動してしまうだろうそんな状況が出来上がっている。なのにもかかわらず、安彦は笑っていた。
「アエラ殿。少々、拙者を甘く見すぎだ……。」
そう言いながら安彦が、罠に封じられたはずの一歩を確実に踏み出す。
「捨て身って訳かな?」
アエラは、驚く素振りもみせず。ただ、そこに立っている。後ろに手を組み無防備を晒している。それもそもはずアエラの張り巡らせた多重の罠は鋼だろうと、例えヘパイストス鋼だろうと粉砕してみせる絶対の罠の領域に見せかけられていた。心理戦も演出も全てそのためだ。
そう、それは最初の一つだけ。それだけは確実に安彦の鎧を貫き、肉を引き裂き、骨を穿ち抜いて見せた。ただし、腕の骨だ。安彦はただ動かなかったわけではなかった。観察していたのだ、最も強力な罠を探してその照準も読んでいた。あとはそれを防げば安彦に勝機がある。そして、たかだか試合のためにその腕を一つ犠牲にしてみせたのだ。
「そう来ると思った、準備してないと思った?」
目の前まで迫る安彦に、先ほど賢者の石の模造品と語った球体を押し付ける。
「何を!?」
安彦にもそれは予想し得なかったようで明らかにうろたえた声を出した。
「さぁ、我慢比べと行こうか。君は生身で炎の中、ボクは水の膜に守られて炎の中。」
言い終わる前に球体が光りだす。そして会場一面にとてつもない熱波と湯気と、轟音が立ち込めた。それはアエラが仕掛けた一瞬の我慢比べ。貯めに貯められた魔力を一気に水と炎へと変換して相手に炎、自分に水を魔力の限り放出する。そしてそれは模造品の賢者の石とはいえとてつもない魔力量であり、単純に熱と水に変換する魔術はとてつもない威力になる。そのせいで起こるのが水蒸気爆発。水蒸気に触れてしまえばアエラも無事では済まない。だから水の放出も全力なのだ。うまく押し流されてしまえば水蒸気の熱から守られる。肝心なのは如何に水流に逆らわないかである。逆らえばアエラ程度ではひとたまりもない勢いだ。全身の骨が砕け死に至るだろう。それほどの水量だったのだ。
湯気が晴れた隙間から見える安彦側の地面は熱のせいで一度溶け、そして水で冷やされて固まっている。アエラの側の地面は水流によって抉られた痕跡が残っている。まるで地形が変わっている。終末戦争でも起こったかのような有様だ。
「ずるいよ、格好つけた上で勝つなんてさ。」
アエラの声が聞こえた。
一瞬遅れて湯気の中からアエラを抱えた安彦が姿を現す。
「男は女を守るが努め故な……。」
姿を表した安彦は鎧を全て流されており、骨が露見するほど背中を水に削り取られていた。しかし、傷一つないアエラが安彦の勝ちを宣言したのだ、それがなぜなのかが気気になるって当然だろう。
「審判!棄権します!ボクでは彼に負けを認めさせることができない。万策尽きました。」
審判も当然呆気にとられる。
「な、なぜ!?」
それもそもはず、どう見ても安彦は死にかけだ。
「この人はアンデット科、死霊武者族、神代種、イワシミズノミタマ。例えどんなに破壊されようと長い年月の中で化石化してオリハルコン並みの強度になった心臓を砕かなければ死なず、失った肉体も再生してゆく。僕にはもうオリハルコンを壊す手段はないよ。だから、僕の負け。でも、優しい名前しているんだね、死霊武者族の水神様。」
よく見れば、骨を喰らうように干からびた肉がせり上がっている。そして恐るべき速度でその体を元の形へと戻していく。
「しょ、勝者。岩清水岩清水安彦忠恒!!」
審判が叫ぶと同時に、場内に歓声が起こる。
巨大な、歓声が見守る中安彦はこちらに向かっているいてきた。
「サーセン、ちょっと疲れたんでぇ、今日はちょっと鍛冶は休みまぁす。」
いつもの安彦に戻ってしまったがなんだかそれがとても悲しくも思えてしまう。仮にも神と呼ばれた人間の成れの果てだ。現人神の役目を終えた姿なのだ。
「無理、させてないか?」
思わず尋ねた。
「何がっすか?」
イワシミズノミタマ、その歴史がこれが安彦の望んだ姿ではないと語りかけてくる。
「無理して、そんな言葉遣いしてないか?」
かつて、死霊武者族となった東方の国がでは頻繁に水害が起こった。
「無理なんてしてないっすよ。」
イワシミズノミタマは石を積み、木を組み、たった一人で治水を始めた。
「俺は、お前がイワシミズノミタマだなんて知らなくて、それで……。」
そしてその水害の全てをほぼ抑えるに至る頃には彼の名は国中に広がり、現人神と崇められるようになった。社に記された名前は岩清水の御霊の神。
「拙者は!」
されど、イワシミズノミタマが死んだ後想定を遥かに超える豪雨がその国を襲った。
「拙者は、イワシミズノミタマなどと呼ばれるほど立派な人間ではござらぬ。自分の国が滅びる原因を作ったただの無力な人間でござる!」
治水によって作られた塀の上から流れた水は地上に溢れ、東方の国そのものすべてを押し流すまで止まらなかったそうだ。
「頼むから拙者をイワシミズノミタマなどと呼ばないでくれ。拙者はただの安彦でござる。技を愛し死してなおも技を諦められぬアルゼノ殿の弟子安彦でござる。だから、せめてアルゼノ殿だけでも拙者を安彦と呼び捨てにしてはくださりませぬか?炉で槌の振り方を何度でも見せてくださらぬか?」
最後には、イワシミズノミタマの祟と言い出す輩も居たそうだ。
「当たり前だ、お前がイワシミズノミタマだろうと俺の弟子だ。」
無念に歪んだ、イワシミズノミタマの魂は今度こそ水を御するために肉の体と求めのだ。
神多すぎぃ!!




