九日目夜 王国では頭のおかしい異種格闘技が催されるでしょう。
朝から続く先行試合もとうとう次で最後の試合だ。期待と嫌な予感と両方が膨らむのがこの世界の嫌なところだ。
「雪狼の方角、雪狼フェンリル!」
まぁ、最後の試合にふさわしい人選だと思う。最後に伝説をうたわれる幻獣が出てくれば必然と盛り上がるだろう。まともな判断だけに対戦相手に嫌な予感しか持てない。
「水龍の方角、神代の鍛冶師リブ・E・シルフィ!」
嫌な予感が的中した、判断はまともだ。演出家はまともだ。出場者がまともじゃない。リヴは神だ。仮にも神格を持った立派な神なのだ。加えて言うなら鍛冶の神であって戦闘が得意な神ではない。にも関わらず出場してしまっているようだ。
「あれ?リヴ様?なんで出場してるのですか?」
フェオが俺の疑問を代弁してくれたが答えが予想できてしまうのが非常に嫌だ。
「面白そうじゃん!」
やっぱりか、やっぱりだ。この神、楽しむことしか考えていない。神聖なる鍛冶の神とかなんとか言われて崇められているが邪神なのではなかろうか。
「神としての仕事はないのか……。」
思わず独り言がこぼれた、そしてどうやらリヴ聞こえてしまったらしい。
「ん?今日はしっかり下界を監視しながらバカ笑いしたよ?これからもする予定だよ?」
さも当然のように、そしてあたかもそれが神の仕事であるかのように言う。
「まさか、それが神の仕事とはおっしゃいませんよね。」
相手は神だ、礼節を忘れるな。耐えろ俺!
「ん?それが仕事だってシードも言ってるけど?」
説明しておこう、シードというのはこの世界における主神である。世界の始まり、その核がシードだ。つまりはこの世界の神は主神を含めた数々の神が下界を見下ろしながらバカ笑いをしてることが仕事なのだ。もう本当に平和な世界だよ。反吐が出るほどにはね。僕は胃袋に穴があいてしまいそうです。
「此度の相手リヴ殿であったか。我も腕が鳴る。全身全霊をもってお相手いたそう。」
こっちの話は無視でさっさと試合を始めるぞとばかりにフェンリルが言う。
「あ、それなんだけどあんまり本気出されるとあたし簡単に負けちゃうよ?」
一体何がしたいのだろうか。手を抜いて欲しいのだろうか、それはあまりにもだ。
「お父様、リヴ様がなんと言おうと神様相手に矮小な私たち下界のものが本気で挑まないのは失礼だと思います!」
混乱していたフェンリルであるがこれによって決心がついたようでそれはもう最悪の方向に転びかねない決心なわけで。
「うむ、我を過大評価していただいては困る。リヴ殿、此度はあなた様の胸をお借りしたく。地上において不遜にも神に最も近いと言われた我が力試させていただきたく!」
そう言いながらフェンリルは構えに入る。同時に会場には激しい雪嵐が吹き荒れ、フェンリルはその姿を雪の中に消していく。
「あっちゃー。アタシ、本当にこういうの無理なんだけどなぁ……。」
リヴがつぶやいている。しかしどこからともなく聞こえるフェンリルの声が無慈悲にも試合開始を告げる。
「ご謙遜なされるな!では、参るッ!!」
これ止めたほうがいい気がしてきたが、リヴには人の話を聞かない相手の恐ろしさを身を持って体験してもらうことにしよう、そうしよう。
「え?ちょまって、ムリムリムリ!!」
そう叫んでいるリヴに対して容赦なくフェンリルが爪を剥き牙を突き立てる。
「ごっふ……ぎゃー!!。」
さっきから3秒おきくらいに悲鳴が聴こえてくる、この雪のなかでリヴがボロ雑巾になっていく様が見える。神格がある以上、寿命以外で死なないし大丈夫だろう。放っておこう。
「さすがはリヴ殿我一撃など躱すまでもないご様子。」
フェンリルは一旦攻撃の手をやめてリヴを賞賛し始める。一方リヴは服はボロボロ体は再生していってはいるものの傷だらけ目には涙とどう見てもボロ雑巾と変わらない肉体と精神である。今、俺が指をさしてこいつを笑ってやりたい。
「何言ってるの!?躱せないの!すっごく痛いもん食らいたくないよ。」
しかしフェンリルどうあっても神に対する色眼鏡を外さない。
「我がまだ本気を出さぬがゆえに、あまりに程度の低い攻撃をかわす必要を見いだせないと?それは失礼いたした、これより先は誰にも見せたことのない獣の戦い。少々野蛮であるがご容赦されよ!」
そう言いながらこれまでとは比べ物にならない咆哮を放つ。それは地を揺らし天を突く巨大な音の壁と形容したほうがいいだろうか。離れているにも関わらず全身をムチで打たれるような痛みが走るほどのもの。地上の獣その頂点に君臨する次元の違う何かの咆哮だった。
リヴはそれにたまらず吹っ飛ばされて壁に全身を強打している。しかし、これが神格の哀れなところ死ぬことは愚か気絶することも、消耗することもできないのだ。つまりは痛みに苛まれる以外に選択肢がないのだ。
壁に跳ね返るリヴの体にそれはもう、見事な、そしてこの世の物質なら全てを砕く勢いの跳躍撃を浴びせる。これに翻弄されるリヴの体はじめんに打ち付けられ、再び弾み上がってしまった。そこに何度もこれでもかと噛み付き、爪撃、体当たりをくり返し当てる。
試合が終わったのは、リヴが懸命に降伏を叫んだからである。試合後のリヴはそれはもう見るも無残な有様で服はボロボロ、心もボロボロ、それでも傷一つない体で泣いていた。
「だから……本気出さないでって……言ったじゃん……グスッ……。」
流石に止めておけばよかったかもしれない。
「お父様!神様に勝つなんてすごいです!」
そう言って悪い笑みで親指を立てるフェオはきっとわかっててやってるんだ。神格持ちならこの程度であれば軽くいじめた程度にしかならないことと、リヴがあまり強くないことをわかっててフェンリルに本気を出させたんだ。
「とりあえず、これ羽織っとけ。」
そう言って、鍛冶場でよく着てる火の粉よけの羽織を近くまで駆けつけて渡した。
「ありがと……。」
そう言いながら素直に羽織るリヴは少ししおらしく、可愛らしく見えたものだが。
「アルゼノの匂いがする……。」
訂正、やっぱりもっとやらせておけばよかった。こいつ、嘘泣きしてやがった。その証拠に今はちっともその名残がない。
フェンリルVS神様と女の戦いがここにあったのだ