九日目 魔王軍で発達したネジは王国に多少の被害をもたらすでしょう。
ちょっと早く投稿してしまいましたがご理解いただけると幸いです。
魔王軍と戦う、4人分の剣は昨日でほぼ出来上がってしまった。つまり、やることがない。俺が何を言いたいかというと、暇なのだ。だから、今日は暇にかまけて魔王討伐隊先行試合を見に来ている。もちろんどこへ行ってもついてくるフェオも一緒だ。おいてくるわけがない。
「水龍の方角、王子エストリア・イルゴット。」
運が良かったかもしれない。この国の王子は王子のくせに化物じみた戦闘能力がある。それだけで見ごたえのある試合になる。
「雪狼の方角、魔王軍岩清水安彦忠恒!」
訂正、運が悪かったかもしれない。よりにもよってこの大会一番の問題児の登場だ。それにしても試合に勝ち続けると魔王と対決することになるというこの試合に元魔王軍の安彦が参戦するというのはどういう了見だろうか。
「ご主人様、安彦はどんな戦いをするんでするか?」
訪ねてくるフェオが若干敵意を孕んだ声色なのはもはや触れるまい。
「俺もよくは知らないんだ。戦った時は問答無用で剣を砕いたからな。」
そう言っている間にも両者は向かい合い今にも始まろうという空気を醸し出している。エストリアは体全体を低く落とし今にも空に飛び上がらんとする姿勢。対する安彦は足を開き腰を落とし、一歩たりとて動くまいとする構え。両者の構える剣の高さはどちらも似たような高さ、それでも両者の構えが語る戦い方は真逆なのだ。
「始めい!!」
審判が叫ぶと同時にエストリアは高く、高く飛び上がる。肌も、髪も、全てが真っ白なエストリアは空に仰ぎ見ればまるで雲に溶けるように、空に吸い込まれるように、空に帰っていく。空中で身を翻したエストリアはそのまま、安彦のうなじを狙った鋭い一撃を放つ。間違いなく渾身の、そして致命の一撃だ。
しかし、次の瞬間に響いたのは金属音が二回だった。恐ろしく正確に虚を突くエストリアの一撃を安彦は上段に構え直した剣の先で受け流し、続けざまに恐ろしく早い抜き胴を放ってみせたのだ。ただの戦士なら体を上半身と下半身の二つに綺麗に分けられているだろう。しかし、エストリアはあろう事かそれを剣で受けてそのままもう一度飛び上がってみせたのだ。
踊るような、流れるような。致命の攻撃を多く孕んだ死の舞踏を安彦の上で踊るエストリアと攻防一体、まるで堅牢な城壁の如くその下で微動だにしない安彦。二人は、静と動、対極の二つの剣戟の極地で戦っている。
その場にいたものが全員見とれた。その二つの攻防はあまりにも鮮烈で、痛烈なのだ。それらが強烈に観客の目を引きつけて離さない。エストリアも安彦も人間の限界のその先に居るかのようなそんな異次元の戦いに見えるのだ。そして、それらは拮抗しているようにも見える。しかし、残念ながら俺にはわかるのだ。安彦の方が強い。そして、それが観客全員に明らかになる時が今訪れた。エストリアが初めて着地をしたのだ。
「あれ?終わりっすか?」
安彦は心底意外そうにエストリアに尋ねる。
「ははは……安彦さんは……驚く程……強いですね……。」
着地しただけではない、エストリアは明らかに肩で息をしている。それもその筈だ、体格の小さいエストリアはの攻撃は圧倒的に軽い。それを運動エネルギーで補うために飛んでいるかのような戦い方をするのだ。そして落下エネルギーと筋力を以てその一撃をようやく命に届ける。要するにエストリアはあまりに戦士に不向きな体格なのだ。それを運動神経だけでまかなっている。それにも関わらずあの強さはどうかとは思うが。
対する安彦は息の一つも乱してない。それもその筈だ、安彦は剣を少しだけ動かしているだけなのだから。
「う~ん、そんなに強くないっすよ。師匠にボロ負けしちゃったし……。」
そう言いながら安彦は頭をかきむしりながら笑う。
ここは言っておこう言っておくべきだ。
「安彦!その人この国の王子様だ!少しはわきまえろ!」
俺の名前も持ち出し始めたし、ここは鍛冶屋アルゼノの看板を汚させないためにも礼儀正しい対応を求めておきたい。
「なんと!これは失礼つかまつった!拙者、元は魔王軍に居った、名を岩清水安彦忠恒と申す。最前よりわきまえぬ物言いを致したことお詫び申し上げたい。さすれば如何様な事であれば許していただけるでございましょうか!?」
これが安彦礼儀正しいバージョンなのである。落差がありすぎて礼儀のジェットコースターなのだ。本当に勘弁してくれ。
「僕は気にしませんよ。にしても、さっきと随分印象が変わりますね。」
王子、動じず。
「拙者の国の流儀で申し訳もござらん。どうか、お気になさいませぬよう何卒お願い申し上げ候。」
安彦、さらに武士語に拍車が掛かっている。もう、これはどうしたことだろう。
「なら、お詫び求めてみましょうか。」
王子、至って和やか。大丈夫なのだろうかこの国。
「なんでもおっしゃられよ。拙者全身全霊を以てお答えさせていただきまする。」
そう言いながら、なぜか懐から小刀を出して正座している。
「あはは、お腹は切らないでいいですよ。代わりに王子とかそんなの関係なしに、しっかり決着をつけましょう。」
王子にはなぜわかったのだろうか。安彦がしっかり体面を整えている時に副作用としてやたらと切腹したがることが。
「王子殿もお疲れのご様子。ならば、次の一撃拙者の全身全霊を以て繰り出しまする。その一合をもって決着と致しましょう。」
安彦は懐刀を懐に戻すとエストリアをこれまでにない鋭い眼差しで見つめる。
「分かりました、僕も次の一撃に全てを込めます。死なないでくださいね?」
一瞬前まで柔らかな笑顔だったエストリアの表情が今ではまるで鷹だ。
それから、何時間にも思える一瞬が過ぎ去り先にエストリアが動く。それはまるで燕のような速さで、鋭く低く、まるで雷のように地面を走った。もはや白い光にしか見えない。
そして、それが安彦の間合いに入った瞬間に勝負は決した。
「ふんっ!」
安彦が全力で地面を踏み鳴らすとまるで大地が揺れるような気迫が会場を包み込む。次の瞬間に繰り出されたのはもはや神速の域の剣戟。空気がはじける爆音を響かせながらエストリアに向かっていく。それはもはや致命の一撃ですらない、龍断ちの一撃だ。
エストリアはそれを咄嗟に剣で受けたものの吹き飛ばされて、会場の壁に頭をぶつけて意識を失った。つまり、安彦が魔王討伐隊に来る可能性が非常に高くなってしまったのだ。どうしよう、魔王討伐に行きたくない。