八日目午前 本日は遠方にてネジが少し飛ぶでしょう
人間界にいる魔王、マロ国王がエストリアによって討伐された後ようやく正式に闘技場にて開催される運びとなった魔王討伐隊選考試合はかなりの賑わいを見せている。この国に腕利きの戦士たちの死闘なのだそれは当たり前である。
さて、問題がひとつある。この大会にはあろう事か国外の腕利きが一匹と一人参加している。一匹はフェンリルのことだ。これはさほど問題ではない。しかし、問題なのは安彦が参加したことだ。これではせっかく息抜きに来たのに息抜きどころでは無い。
「水龍の方角、風の剣ルシオ・ヴァレンタイン!」
審判が叫ぶと、銀色の髪に金色の瞳。そして見るからに端正な顔立ちの青年が出てきた。体つきは戦士にしては細く見えるがそれでも十分に筋肉質なように見える。
「雪狼の方角、フェンリル!」
守護幻獣が出てきてしまった。方角の名前になってるフェンリルが登場してしまった。
「噂に名高きフェンリルよ。此度あなたの胸を借りて我が剣技試させていただきます。」
ルシオがそう言いながら丁寧に一礼をする。
「ならば我が胸を貸そう。殺す気でかかって参れ、安心せよ死んでなどやらん。」
フェンリルが先に構え、ルシオがそれを見て自分も構える。
「始めぃっ!!!」
審判が叫ぶと、まずはルシオが動いた。
「せやぁ!」
気合とともに踏み込まれた一歩はまるで空気の壁にぶつかるがごとく空中で止まり、そのまま体を持ち上げる。よく見ればルシオは耳が長い。おそらく風の加護を受けたエルフだろう。
そして、ルシオの体は空高く浮かび上がり、上空からフェンリルの頭上めがけて致命的な一撃を放つ。
「ふん、なかなかどうして……面白い!」
フェンリルはそれを避けるどころか空中に向けた爪の一撃でその攻撃をいなしてみせる。しかし、ルシオもそれに当たったわけではない。ルシオは爪撃の一寸手前に風の足場を作り、もう一度飛び上がることでかわし、すぐに次の攻撃を用意していた。次に繰り出されるのは下半身狙いの落下攻撃。
「さすがはフェンリル殿、これはいかがです?」
そう言いながら空を蹴って下に向かい、フェンリルの下半身めがけて跳躍する。
「流石に爪は届かぬな、ならば。グォオオオオオォォオォ!!」
フェンリルが吠えた。いや吠えたというよりもはや四方八方に広がる衝撃のブレスだ。離れた客席ですらもそれは声というより風に感じる。ルシオはそれにたまらず吹き飛び。
「お父様頑張れ!」
フェオは隣でフェンリルの応援をしている。
「ふんっ!」
フェンリルがフェオの気づいてこちらを向いている。その手元をよく見ると。
「サムズアップしてる場合か!?」
思わずフェンリルにツッコミを入れてしまったが俺はきっと間違いない。その間にもルシオが飛びかかってきているのだから。それも不自然極まりない加速を続けながら超低空を飛んで。
フェンリルはそれめがけて大きく跳躍し今度は逆にルシオの頭上からたたきつぶす致命の一撃を入れようとしている。それが命中する刹那、明らかに不自然な動きをした。何かを手で押してその場にとどまったのだ。
「またしても風の壁か。うまく使うものだな人間。」
そう言いながらいくつかの追撃を放つがそれも全てルシオの立体的な立ち回りによって回避される。
「お褒めに預かり光栄です。」
お互いにまだまだ涼しい顔をしての戦いだ。常軌を逸したスピードで戦っているのに汗の一つも書いてない。一瞬、斬撃と爪撃がつばぜり合い戦闘が止まる。
「その剣技、見事よ。我も全身全霊を持ってお相手しよう。」
フェンリルが言うと途端に闘技場には雪が降り始めた。それもかなりの豪雪だ。フェンリルの銀は雪の白に徐々に溶けて消えていく。
「天候を変えるなどいささか卑怯では?」
一方ではルシオが懸命に雪を飛ばし視界を確保せんとしている。
「貴公が風を足場にするのと大差はないぞ。」
フェンリルが言っているが音が雪に乱反射してどこから音がしているのかわからない。ルシオもこれにはお手上げなのだろうか。剣を振るのをやめ目を閉じてしまった。
「ふんっ、観念してしまったのか?情けない。」
まただ、またかく乱された声だ。
「観念などしておりませんよ。ただ本気になっただけです。」
そう言いながらもルシオはピクリとも動かない。
「ほぉ?面白い。ならば受けてみせよ!!」
フェンリルの声とともに雪の中からルシオのそばに、数瞬の後には当たるフェンリルの”攻撃が”現れた。それはもはや人間に反応できる代物ではない。しかし、ルシオは既に反応している。その攻撃に対して受け流しの体制をとっている。
その”攻撃”はルシオの目論見どおり受け流された。
「グォオオオオオォォオォ!!」
またしても暴風のような咆哮だ。ルシオはそれに吹き飛ばされ、そして空中でフェンリルに捕まってしまった。
「よく戦った人間の戦士よ。このフェンリルが認めよう、貴様は強い。これからも武に励め、さすればいつか今とは逆に我が喉元に剣を突き立てられる日が来るかもしれんぞ。」
そう言ってフェンリルは上から押さえつけていた手をどける。
「あはは、負けちゃいましたね。やはり流石にフェンリル殿は強い。なんたって伝説の四幻獣の一柱ですものね。」
この好青年には間違っても威厳のない状態のフェンリルを見せたくない。
「疲れただろう?家まで送ろう。今日だけは我に騎乗することを許そう。」
そう言ってフェンリルはルシオを咥えて背中の上に下ろす。そしてそのままゆっくりと闘技場を後にした。
「しょ……勝者……フェンリル!」
審判も観客も今頃になって驚いたように騒ぎ立てる。これはフェオが強いのも納得だ。この父にしてこの子ありだな……。