七日目朝 本日もネジが荒れ狂い仕事をするには適さないでしょう
カンカンと鉄を叩く音が鍛冶場に木霊する。キンキンと剣戟の音が鍛冶場の中まで響いてくる。
「って、なんでここでやる!!??」
朝早起きをして炉に火を入れ魔王討伐のための剣を打っているというのにそのすぐそばで討伐隊の選考試合をやられては非常に気が散るのだ。なにせ最高の素材を使えば使うほど集中力がいる仕事、今扱っている素材は王族の用立てたこの国で最高の素材なのである。
「なにかご不満でも?」
とぼけた顔で審判役にされた男が言う。今すぐにでも顔面に拳を埋めたい。
「気が散るんだよ!他所でやれよ!!」
思わず怒鳴ってしまうが自分が悪いとは欠片も思わない。
「しかし、選考試合の結果はアルゼノ様ご自身の目で見ていただきたいのです。」
相変わらず悪びれもしない審判に正直殺意を覚えてきたところだ。
「まぁ、待ちたまえ。たまには僕にも君の仕事ぶりを見せてくれても構わないじゃないか。恥ずかしがることはない、いい腕だと思っているよ。」
あぁ、いま試合をしてるのはあの暑苦しい性癖と体力の男か。最悪だ、今最高に気が散っている。
「おい兄ちゃん。よそ見とはいい度胸だあんまり舐めたまねしてるとそのすました顔をぶっ潰すぞ。」
対戦している相手は文明人とは思えない武器を振り回す筋骨隆々のハゲ男だ、勇者御一行様よりは魔王軍の尖兵の方が似合ってるような男である。
「ならよそ見をしてる暇がないほど僕を楽しませてくれよ、じゃないと麗しの鍛冶師に見とれて試合に集中ができないんだ。」
暑苦しい男がこちらに暑苦しい視線を向けながら対戦者を煽っている。おそらく勝負が決まるのは次の一合だろう。
「ぬかせ、小童!」
そう叫びながら筋骨隆々の見た目も暑苦しい男が性癖の暑苦しい男に向かっていく。
「遅いッ……。」
勝負はあっけなく付いた、性癖の暑苦しい男だけの細身の優男が自分の何倍もの重さがあろうかという巨躯から繰り出される混紡の一撃を足で受け流し、最終的にはその混紡を踏みつけながら首元に剣を突き立てている。意外と優秀な男なのだな、性癖以外は。
「ま、参った……。」
混紡を振り回す野蛮人が野蛮人然とした言い方でいった。
「勝者レオン・アーデルハイド!!」
審判がそう叫ぶ。あの暑苦しい男レオンとかいうのか、本当に性癖以外は全部爽やかでムカつく。俺なんてアルゼノだぞ、爽やかさがないというのに。
「申し訳ありません、父上はお諌めしたのにも関わらず僕の言うことを聞いてくれなくて。」
そう言いながら、負けて去っていく蛮族と交代で現れたのはエストリアだった。
「水龍の方角、羽の剣士、王子エストリア・イルゴット!」
審判が叫ぶ。水龍の方角というのは主に南方を示す方角で、南方地域には幻獣の水龍がいるとされている。それにしても、エストリアが選考試合に出ているのは意外だった。羽の剣士の異名を誇りゆったりと風になびくような動きで敵を翻弄する王家最強の剣士である。
「雪狼の方角、雅の舞、国王マロ・イルゴット!」
まさかの偉い人対決が宣言されてしまった。どうしたものか。ちなみにお察しのとおり雪狼とはフェンリルのことである。
「諌めるなどと、身の程をわきまえるでおじゃるぞエストリア!!」
国王と王子の対決である、お前ら国政どうした。
「始めッ!!」
最初に動いたのはマロだった。まるで舞を舞うかの如く袂を風になびかせながら幾多の攻撃を繰り出す。その頻度は驚異的なまでに早く一度体を翻す度に6~8連撃を繰り出している。その全てがかく乱によって巧妙に隠されていてまるで踊っているかのように見える。故に雅の舞、お前戦士になれよ。
対してエストリアはその連撃の中を華麗に妖精が踊るワルツとでも形容したくなるような鮮やかなそしてゆったりとした動きでかわしていく。まるで翼でも生えているかのごとく立体的に動き回る様はただ遊んでいるだけのようにも見える。しかし、その動きの全てに必殺の斬撃が隠れている。それは死のワルツ。
マロの鮮やかな舞に隠された絡め取るかのような狡猾な連撃とエストリアの妖精の踊りに隠された致死の凶刃その二つが入り乱れる様はまさに桜花の巫女と春の精が手を取り戯れるかのごとく幻想的である。お前ら舞台でやれよ。
そんな舞のさなか、急にマロの様子が急変した。6~8の連撃が4~6に減った代わりに何やら羽衣のようなものでエストリアの四肢を絡め取らんとしている。加えて、エストリアの斬撃はマロが新たに取り出した狐の面によって防がれている。国王まさかの女形である。
二人の争いは熾烈を極めた。何度も切り裂かれた服が舞い、羽を絡め取られたエストリアが地に落ちそうになる。しかし、その全ては未だ勝敗を決するに至らずそんな静かながらも激しい戦いを延々と繰り広げている。
しかし、それを制したのはエストリアだった。よく見るとただただ延々と続いていたように見えた斬撃は羽衣の端をしっかりと何度も捉えており、その羽衣がエストリアを捉えた頃には簡単に破いて逃げてしまえる状態であえて捕まり、国王の斬撃を鞘で受けてもう一方の手で狐の面を割り国王の喉元に刃を突き立てている。
かなりの激戦だった。それよりも何よりも王族が強すぎる事にとても驚いている。
「さぁ、父上。帰ってお仕事を致しましょう。サボった分も含めてたっぷりみっちりとやっていただきますよ。」
ストリアが闇を孕んだ笑みを浮かべながらマロの首根っこを掴んでいる。
「待つでおじゃる、まだアルゼノ様の業を見れてないでおじゃる。」
そう言ってジタバタと暴れている国王はなんとも滑稽だ。
「父上ぇ、それが目的でここで選考試合の予選をしたんですか?」
だとしたら金とかコネとかフル活用もいいところ。この国の国家権力は何をしてるのだか。
「否定は……できないでおじゃる。」
否定はできないのかもしれないがうなだれている国王なんぞ見たくない。
「本当に目を離すとすぐこれだから。父上は……。それなら僕に言ってくれれば国政の仕事代わりに引き受ける位のとはしますので、堂々と見に行ってください。」
この国の実質の最高権力者が分かってしまった。エストリアだ……。
そういえば、この騒動のせいでまだ芯金の一つも出来上がっていない。なのにとても疲れた。