六日目夜 フェンリル居住区で猛威を振るったネジはさらに発達の後王国に戻ってくる見込みです
フェンリルと空の旅は正直命の危機を感じざるを得なかった。とんでもない速度で何度も上下に移動を繰り返し振り落とされそうになったりも何度もしたのだ。そのかいあってか行きに比べ本当に早く帰還した。おかげで王都は大混乱だった。それも、想像と別の方向で。
「フェンリル様がいらっしゃったぞ!!早く王宮にお通しするのだ!門を開けろ!!」
城門の主兵がえらく慌てた様子で叫んでいる。普通に考えてこれだけ巨大な狼が現れたなら逃げ惑うかと思えば待っていたのは大歓迎だった。王城につくまでの間通りに居る誰も彼もが全員平伏する。未だ下ろしてくれないせいとはいえ、フェンリルの背中に乗っていることが非常に申し訳なくなってくる。
まもなく王城に到着するとひときわ大きい門から城内に通された。そこには国王も、エストリアも居てなぜか笑顔で迎えている。
「フェンリル、息災でおじゃったか?」
国王がなんだかとても親しげに話している。
「マロか。我は見ての通り息災である。子を成したと聞いたがそこの少年がそうであるか?」
加えて、フェンリルもとても親しげだ。頭を下げて再開の包容を交わしている。なんとなく荘厳な光景である。
「はい、僕はエストリア・イルゴット。マロ・イルゴットの第一子です。お会いできて光栄ですフェンリルさん。」
まるで旧知の仲のようにも見える。正直呆気にとられる。
「ふむ、物腰の柔らかな慈悲深き王になるであろうな。楽しみだ。」
そう言ってフェンリルはこちらに向き直った。
「マロと我は古い友人なのだ。マロがまだ幼き頃やんちゃでな、我の寝座に迷い込んできたのだ。そして成長するにつれてマロと我は夢を語り合うようになった。そして、いつか自由の国を作ると語っておった童が今や作ってみせたのだ。マロは我が誇りである。」
フェンリルが思い出にふけるとマロがバツが悪そうに笑って言う。
「昔話はやめるでおじゃる。」
そう言ってフェンリルを軽くひっぱたいている。なんだか偉い人とのコネクションがどんどん出来上がって怖い。
「さて、フェンリルよ。わざわざお主が出向くということはなにかあったのでおじゃるな?」
珍しくマロの瞳には強くまっすぐな光が宿る。
「こんな時にしか顔を出さずに申し訳ないのだが、魔王討伐を目指しておってな。このアルゼノを我にかしてほしい。」
フェンリルがそう言って頭を下げるがマロは首を縦には振らなかった。
「他の物ならなんでも貸そう、アルゼノ様を貸すなどということはできぬよ。」
思わず口を挟んだ。
「休みをもらうだけで構いません、俺は魔王を倒しに行きたいんです。」
またも国王は首を横に振った。
「アルゼノ様、ご自身の立場をお忘れか?この国にはあなたの枷となり得る物は一つもない。危険が故にお諌め申すことはあろう、されど此度は何も言えないのでおじゃる。アルゼノ様は強きお方、魔王討伐も無事成し遂げられましょう。」
今の今まで忘れていた。この国で一番偉い人俺だった。
「されどできることはなんでも致しましょう。我が国から討伐隊を組んでみてはいかがでおじゃりましょうか?」
マロ国王がまともな事を言ってるととても違和感が有る。
「え?何?娘の婿の立場俺わかんなってきた。もしかして偉い人!!??」
フェンリルがその威厳を手放してしまった。もうどうしたらいいのかわからない。
「そうです!ご主人様は人の身で鍛冶神リヴ様に腕を認められ、神格継承権を得たすごく偉い人ですよ、お父様!?」
なぜかフェオがこれでもかというくらいに胸を張っている。その双丘が空を仰ぐほどに胸を張っている。
「え?大丈夫?俺偉い人に失礼してるんだけど!!??」
フェンリルは焦ると一人称も口調も変わってまるで別の人だ。格好の悪い年がら年中頭を下げて回るだけのあまり売れてない商人のようだ。
「気にしないでくれよ、フェンリル。それに、幻獣は神とも同格なんだろ?」
頼むから早く今さっき捨てた威厳を拾ってくれ。
「そ、そうであるな。我としたことが取り乱した。」
ちょっと焦りがはみ出しているが気にしていると話が一向に進まない。あとはフェオに任せておこう。
「討伐隊の話、とてもありがたいです。ぜひお願いします。」
気を取り直し、向きを取り直してマロに対して願い出てみた。
「では、明日より討伐隊先行を始める。して、一週間の後に魔王討伐隊を編成し魔王軍を討ち滅ぼす。それでは遅いでおじゃるか?」
途中までは威厳たっぷりだったのに、なぜ最後だけ茶目っ気を孕ませてしまったのだろうかこの国王は。
「それで構いません。その一週間俺はできるだけ多く剣を打ちます。討伐隊全員、俺の剣を持っている方がいいでしょうし。」
マロ国王はこれに大いに賛同してくれた。
「アルゼノ様の剣なら赤子も鬼の兜を割ろうというものでおじゃる。是非ともそうして欲しいのでおじゃるがいいのでおじゃるか?」
うなづいて笑いながら答えてみせる。
「今はこんなことになってますけど本来は俺鍛冶師ですよ。やっと本業をできるってものです。」
そう言うと、マロは満面の笑みを浮かべた。
「アルゼノ様の剣なら百人力、いや万人力でおじゃる!よろしくお頼み申す。」
「頼まれました、リヴの名にかけて最高の剣を!」
これは本来鍛冶師の最高の誓の言葉なのだが、マロに微妙な顔をされてしまった。
「できれば、リヴ様よりアルゼノ様にかけて欲しいのでおじゃる。」
そういえばそうだった、今この世界に於いて俺が一番鍛冶がうまいのだった。
「まぁ、何にかけようとアルゼノ様の剣はきっと最高でおじゃる!そんなことより宴でおじゃる!!魔王軍討伐へ向けて鋭気を養うでおじゃる!!!」
この国王大丈夫なのだろうかただの宴会好きなのではなかろうか。
恐る恐る後ろを振り返ってみるとフェンリルが雄叫びをあげている。
「オォーン!!宴だ!我に肉を寄越せ!今宵は飢えた狼だ!!」
フェンリルも宴好きなのだろうか。
「フェンリルさんの毛並みとても柔らかいです……。」
いかん、王子が現実逃避を始めている。あぁ、もう宴からは逃げられないのだろうか。この国にかけられた呪いだけ狂気の呪いじゃなくて狂宴の呪いなのではなかろうか。魔王許すまじ。