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幼な妻の剣と盾  作者: 雪見桜
本編
9/13

9.気持ちが変わる時(side ライル)


情けない話だと思うだろうか。

20年以上前の戦を未だに引きずり、戦のたびに震えていると言ったならば。

命の潰し合いだと分かっているくせに、戦場で人が死ぬたび自分の時を思い出しフラッシュバックするだなどと打ち明けたならば。



「これほど早く援軍を下さるとは思わなんだ。貴殿の援護なければ、この程度の被害ではすまなかっただろう。ライル殿、心より感謝申し上げる」


「いえ。大事な奥方殿をお助けできず申し訳ございませんでした。大事な姫君をこちらに渡してまで国を守ろうとされていたのに」


「あまり自分を責めないでおくれ、ライル殿。あれは自ら決断し果てた。助けられなかったというならばそれは我々も同じこと」



リルの父君、シモニア公国大公は強いお方だった。

奥方殿が自らの腹を刺す瞬間を見ておきながら、それでも最後まで自分が成すべきことを違えず民を導く様なそんな賢君だ。


どうやらその血はしっかりとリルにも受け継がれたらしい。

震えながら、それでも決して離すことなく抱きしめてくるリルにそう思った。



ここ最近俺の中でリルに対する認識が、ぐらぐらと揺れている。

母を亡くし一番辛いであろう立場で、俺に手紙をよこしたリル。

“お気遣いをいただきありがとうございました。お気を付けてお帰り下さい”とその言葉を目にした時から気付くべきだったのかもしれない。


家族を喪う辛さは俺が一番理解してる。

20年経った今でも悪夢にうなされることがある程度には地獄のような思いをしてここまできた。

イリネでの悲劇を知り慌ててカタへと帰れば、そこで待っていたのは体をバラバラにされた3人の姿だった。

当時の俺は11歳、当然死体に対する免疫もなく、目の前の有り得ない気持ち悪い物体が自分の尊い家族なのだと受け入れることすらできなかったのを覚えている。

どんな姿でも家族だなどと綺麗事は言えなかった。

吐き気が止まらず、10日はまともに飯を食うこともできず、そんな醜い自分に心底嫌悪したあの頃。


次第に時が経ち、家族を喪うということがどういうことなのかを理解する。

当たり前にあった風景が綺麗に無くなり、俺をそれまで守っていてくれたものが消え去った。

守るべき弟という存在すらいなくなり、自分が何のために今生きているのかすら見失っていた時期はそれなりに長い。



『可哀想に。ソンガは野蛮で猟奇的だが統率力がない、戦慣れした東部ならば制圧できたものを』


失意のまま目の前の現実から、カタから逃れる様に王都に戻り自分を誤魔化すよう勉学に打ち込んだあの頃。誰かがそう言っていたのを俺ははっきり覚えている。


東部ならこんな悲劇にはならなかった。

その言葉はずっと俺の中に残ったのだ。

その後東部から来たという武人達の姿を見て南部とはまるで違うと、そしていつだか誰かが言った言葉が正しかったのだと俺は確信する。


武力が無いということは、この戦乱の世には致命的な欠陥なのかもしれない。

南部に武力さえあれば、俺は家族を喪わずに済んだのだ。

そんな思いを俺は消すことができなかった。

祖父の反対を押し切り陸軍に入ったのは、そういう経緯だ。

知を身につけても、仁を知ったって、武がなければ何の意味も無い。

それが当時の俺が強く感じていたことだ。


戦場は、自分の想像をはるかに超えた過酷さだった。

いくら勝ち戦と言えど犠牲者が出ない時などない。

それこそ父や母、弟の時のような死体だってごろごろと転がっている。

何度あの時の光景がフラッシュバックして気が狂いそうになったか分からない。


そうして死と隣り合わせの環境に身を置き人の上に立つような立場になった時、俺は自分の心を抑え込み表に出さない術を身につけるようになっていた。

動揺が人を殺し、冷静が人を救うのだということを身を持って知ったからだ。

そして自分の弱さを表に出さなければ、人というのは必要以上に干渉してこない生き物だということも知ったのだ。



いつでも冷静で動じない?

そんなわけないだろう、俺だって人間だ。

動揺もすれば、焦りもする。

それでもそこに人の命が関わるかもしれないと思うと仮面の強度が増していっただけのことだ。

人の命が散るということがどういうことなのか、知っていたから。

俺は恐らく誰よりも人の死というものが恐ろしい。

恐怖で制御が効かなくなりそうな自分を、“領主として”の仮面が何とか繋ぎとめた。




「私、ライル様が好き。何事にも動じない強い心を持ったライル様も、こういう事態にならないと仮面を外せないようなそんな不器用なライル様も全部全部」



そんな脆い俺も含めリルは好きだと言ってくれる。

大した力の強いわけでもない抱擁が、俺の心を打つ。

まさか、リルがこんなに強い女だとは思わなかった。

いつだって守ってやらねばいけないような、そんな妹のような娘のような存在だったのだ。




『……奥方様のおかげだよ。すぐに動揺するし、泣いた痕だってきれいに残っていたけどね、でもあの方は気丈に立ち続けていた。誰の力も借りず、私達や領主様のためにひとり闘ってた。そんな姿を見せられて私達ばかり動揺して取り乱すなんてバカみたいじゃないか』


カタに帰ってきた時、そう語った料亭の女将を思い出す。



『坊っちゃん、あの奥方様を大事になさい。ああいう誇り高い方を離してはいけないよ』


昔商人をやっていた老人が目を細め言ったその言葉を思い出す。



『私は奥方様を侮っていたのかもしれません。あの方はただの幼い少女などではなかった。あの方はただ黙ってこの5年過ごしていたわけではない』


ソウヤのその後悔するような表情も目に焼き付いて離れない。




リルは、自分の持てる力を尽くして俺や俺の大事なものを守ろうとしてくれたのだ。

無力だ何も出来ないと言いながら、必死に考えて。

母を亡くし誰よりも辛いだろう時に。


そんな女が子供なわけがない。

無力なわけがない。

これがリルの本質。

知った途端、たまらない気持ちになる。

それまで誰の前でもさらけ出すことのなかった感情が溢れてくる。




「私の前では仮面壊してくれて良いですからね!いつでもこの胸はお貸ししますよ!」



そうやって明るく言うリルは前と変わらないというのに、もう俺はリルのことをただ庇護するべき対象とは思えなくなっていた。

縋れば受け止めてくれる、そういう存在にやっと出会えた気がする。

俺が家族を喪ってからずっとなかったもの、無意識化で渇望していたもの。

やっと、理解出来た気がするのだ。




「ソウヤ、前言ってたな。側室がどうとかいう話」


「はい」


「あれ、もう良いわ。俺に側室はいらん」


「……では」


「……ああ。リルがいてくれれば、それで十分だ俺は」


「はい」



気持ちが揺らぎ、形を変える。

リルに初めて仮面を外された日からさらに1カ月経つ頃には、自覚していた。


リルのことをもう妹としても娘としても見ることなどできない。

ずっと傍で一緒に生きていて欲しい。

俺にとって、そういう存在に気付けばなっていった。







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