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幼な妻の剣と盾  作者: 雪見桜
本編
8/13

8.私の剣と盾

ライル様の部屋に辿りつくと、ライル様は横長の椅子にドカリと腰を下ろした。

疲れているだろうにそんなそぶりも見せずに笑って私も座る様促す。

大人しく従えばまたぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。



「ソウヤや住民達に聞いた。俺が留守の間、代わりに皆を落ち着けてくれていたってな。ありがとう、リル」


「え?いえ、そんな!私、本当に何も出来なくて」



ライル様からの思わぬ言葉に私は慌てる。

お礼を言われるようなことは、私は何も出来なかったから。

住民達が落ち着いて毎日を過ごしていたのは、彼等が強く逞しい人達だったからだ。

私が何をするでもなく、彼等は彼等の日常を取り戻していった。

ソウヤ兄様達お城の人にいたっては、最初から落ち着いていたと思う。


けれど否定して手をブンブン振る私にライル様はゆっくりと首を横に振った。



「そんなことないさ。お前さんに皆感謝していた」


「……ライル様?」


「俺はどうやらお前さんをずいぶんと侮っていたようだ。いつまでも子供だ子供だと思っていたが、そうじゃなかったな。悪かった、子供扱いして」



そうして笑うライル様の表情はいつもと変わらない。

けれど、声の張りやその目の輝きがやっぱりいつもとは違う。

弱っているのだと私はそう感じた。



『民を救うのは武や頭脳だけではないのです。誰とてその時その者にしか出来ぬことがきっとあります。人の上に立つ以上、己が役目を問い続けなさい』



頭に浮かぶのはお母様のその言葉。

目を閉ざして私は復唱する。

今がその時じゃないのかと、そう自分に言い聞かせ私は口を開いた。




「ライル様、無理しなくて良いです」


「ん?」


「ライル様、ずっと苦しそう。私は確かに何も分からない小娘だけど、でも、ライル様の変化くらい分かる」



自分の手を握って、ジッとライル様を見つめる。

こんなに頼りない私ではあるけれど、どうか1人で抱え込まないで苦しいなら分けて欲しいと。

ライル様は私の言葉を聞いた瞬間、軽く目を見開き固まった。


それは初めて見るライル様の姿で。

やっぱり今彼には余裕がないのだと確信する。

今動かないで、いつ動く。

自分にそう言い聞かせて私はライル様の手に自分の手を重ねた。


そうするとすぐ近くから細く、ゆっくりと、息を吐き出す音が聞こえる。

目を合わせようと見上げれば、その顔はひどく歪んだ笑みに変わっていた。

痛みを堪えたような、そんな。




「……のにな」


「え?」


「お前は俺を信じて1人堪えこんなに頑張っててくれたのにな。一番辛いのはお前だろう?」



その声が聞こえ始めたのはしばらく時間が経ってからのこと。

いつもハキハキと大きな声をあげるライル様らしからぬ、弱々しい声。

思わずギュッと添える手に力がこもる。




「正直、驚いた。お前がカタの平静を守ろうと動きまわっていたと聞いて。涙をこらえ、気持ちを抑え込んで俺やカタのために必死に立っていたと誰もが言っていたよ」


「いえ、だから私は」


「なのに俺は、お前の家族を守ってやれなかった」


「ライル様」


「悪い……っ、すまなかった、リル…………っ!!」




添えていたはずの手を強く握り返されライル様が体を丸めて声を枯らす。

痛いほどの手の力は、けれど震える体を前に全く気にならなかった。


……ライル様が謝るようなことなど何一つない。

チオにいた兵達によるとお母様が自害したのは、ライル様達がチオに着いてすぐのことだった。

どうしようもない状況下で、いくらライル様と言えど何も出来なかっただろうことは想像に難くない。


それどころか私が嫁いできた頃から目を光らせシモニア公国に協力してくれていたのだと聞いた私は、本当に感謝の念しかないのだ。

お母様のことを思えば今だって辛い。

少しでも温かな思い出を引き出せばもういないのだと実感してしまって尚更苦しい。

けれど、だからといってライル様が謝るようなことではやはり断じてない。



『あれから時間が経って領主様もきっと心のどこかで整理できたのだと私は密かに安堵すらしていたんだがね。どうやら、そうでもなかったらしい。皆の為と全て無理矢理飲みこんで蓋をしていたんだろうね』



ふとエヌマの言葉が頭をよぎった。

ここまで取り乱し弱るライル様。

その理由を私が思いつけるとしたら、やっぱりそれしかない。


戦で私はお母様を喪った。

同じく戦でご家族を喪われたライル様。

人の死というものは、そうそう簡単に割り切れるものじゃない。

ずっと抱え込んできたライル様にとって、それはどうしたって癒えていない深い傷をさらに抉るような出来事だ。

そう考えるのは自然の話だった。



ああ、ライル様だって完璧じゃない。

あんなに私を安心させてくれてそこにいればそれだけで大丈夫だという気にさせてくれるライル様は、ずっとこうして1人で闘っていた。

自分の弱さをずっとひたすらに隠し続けて。

誰にも見えないよう、鉄壁の仮面を身につけて。


そこまで考えが至った時、やっとライル様が自分と同じ人間なのだとそう同じ目線で見ることができた。

15歳も上だとか、偉大な領主様だとか、大きな器を持つとか、そんなこと全てとばしてライル様を見ることができたのだ。


私の剣と盾。

私が果たすべき役割。

ライル様への愛しさと共に、その答えが見えた気がした。

その心のまま、私はライル様に抱きつく。




「……リル?」


「ありがとう、ございます。お母様を、そこまで思って下さって。私の大事な故郷を守ろうとずっと戦ってくださって」


「俺は」


「私、ライル様が好き。何事にも動じない強い心を持ったライル様も、こういう事態にならないと仮面を外せないようなそんな不器用なライル様も全部全部」


「リル」


「私は子供で無力だけど、でもライル様を抱きしめることくらいできます。ライル様を思って一緒に泣いたり笑ったりするくらいは出来る……!だから、だから……っ」



言葉は最後まで声にならない。

ライル様によって強く抱き返されて、途中で途切れた。

それは息が苦しくなるほどの強さで、それだけの苦悩をライル様が抱えていたのだと私は実感する。



「……悪い、リル。少しこのままいてくれるか?」



少ししてライル様からそんな言葉が聞こえる。

あのライル様が私に向かって懇願するように。


……頼られた。

初めてライル様が私に頼ってくれた。


そう理解した瞬間、安堵で目が熱くなる。

緩んだ涙線は溜めこんだ涙を一気に溢れさせた。

やっぱり私は声にならなくて、必死にコクコクと頷いたままライル様を抱きしめる。

私の力以上に強い力で返してくれるライル様が、愛しくて仕方ない。


私自身には何の力も無い。

けれどライル様の心を少しでも守れるのならば、それが私の剣となり盾となりうるのかもしれない。

そんなことを考えながら、ひたすら私は腕に力をこめる。


そうして会話も交わさぬまま、どれだけの時間が経ったのか分からない。



「悪い、もう大丈夫だ」



そう言ってライル様はそっと私から離れた。

その顔を見つめれば、涙の跡すら見えないいつも通りの顔。

少し前まで感じていた影は、だいぶ薄れているように見えた。

そのことにホッとして、思わず顔がゆるむ。



「こら、なに笑ってんだリル」


「えへへー」


「……言っとくけどな、俺はこういう姿見せんのは苦手なんだ。嬉しそうにするな」




気まずげなライル様が私の頬を軽くつまむ。

いじけたようなそんな子供っぽい仕草に尚更嬉しくなって、私はまた笑ってしまった。



「……ありがとう、リル」



そうして最後に笑ったライル様を見ると幸せだと思える。

喪ったものは大きく、傷を癒すには時間がかかる。

けれどこうやって少しずつ、ひとつずつ、前に進んでいきたい。


そんな覚悟が私の中に宿る。

今まであんなにお役に立たなければ見合う自分にならなければと考えていたのに、それはすんなりと自分の中で消化されていった。


初めてライル様と夫婦らしい絆を築けた瞬間だった。







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