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幼な妻の剣と盾  作者: 雪見桜
本編
6/13

6.兵達の帰還

どんなに辛いことがあったとしても、時間は平等に流れる。

今日だけはとそう思っていた時間はあっという間に過ぎてすっかり夜も明けた頃、やっと私の涙は止まった。



「……サラ、ありがとう。ごめんね、いつも」


「何を仰います、リルハ様。私がそうしたくてしているだけです」


「うん、でもいつも支えてもらってる」


「本来ならば差し出がましい真似ばかりなのですけれどね、私の行動は。申し訳ございません」


「謝らないで。サラが私の侍女で良かった。お姉様がいたらこんな感じなのかなって」


「まあ、それは光栄ですわ。私も厚かましいながらリルハ様を妹のように思っておりましたから」




私をずっと抱きしめてくれたサラと不格好ながらも笑いあえる程度に落ち着いた私の心。

痛みは勿論消えずお母様の顔を思い出すだけで目が熱くはなるけれど、こんな姿をいつまでも晒しておくわけにはいかない。


いつまでもここで泣くだけでいるのをお母様に見られたら怒られてしまうだろう。

人の上に立つということは常に人目に晒されるということ。

多くの恩恵を受ける代わりに、いざという時には真っ先に矢面に立って皆を導かなければいけない。

常日頃民からもらうものをどうやって返していくのか。

自分が担うべき役割は一体何なのか。

常に問いかけて、それを果たしてこそ私達は民の上に立つ資格を得られる。

お母様はいつだってそう言っていた。


そんなお母様の言葉を無駄になんてしてはいけない。

何とか気力を振り絞って立ちあがったのは、そんな思いからだった。




「サラ。紙とペンを用意してくれる?ライル様に手紙を出すわ」


「はい、リルハ様」


「……強くなるから、私」



強く決意して目を閉ざす。

こんな時だと言うのに、瞼の裏に焼きついていたのはやっぱりライル様のあの笑顔。


……私はまだ何もかも未熟だ。

人々の上に立つ者としても、ライル様の妻としても。

対等になれるだけのものすら持ってない。

いつだって私は人の背中を追うばかりで、守られるばかりだ。

けれど、そんな私にも出来ることがあるなら、やっていくしかない。

例えば失敗に終わっても、上を向く努力だけは忘れてはいけない。


お母様との会話を思い出しながら、私はペンを握る手に力を込めた。

そうやって、ひとつひとつ目の前のことにいっぱいいっぱいになりながら時間は過ぎていく。




「え、ライル様が」


「はい。あちらでの事務処理が終わったとのことで、昨日こちらに向かって発たれたとのことです」



そしてその知らせをソウヤ兄様に聞いたのは、ライル様がチオに向かわれてから実に20日を過ぎた頃のこと。

ギュッと無意識のうちに首元の飾りを触る。


あの後ライル様からの手紙は一度だけ私の元に届いた。

かなりの被害を受けたというシモニアの現状、お父様やお兄様達の様子、伝えられる限りを包み隠さず全て書いてくれたライル様。

チオに向かう時に言ってくれたことをこうしてちゃんと実行してくれる。

15歳も下の私を一度だってないがしろにせず、器の大きな人。


ちゃんと出迎えよう。

ライル様がいつだって私に大きく手を広げて迎え入れてくれたように。

少しでも安心して帰って来てくれるように。


決意して、私は立ちあがった。




「姫様……、こんなところに」


「お帰りなさい、今日はゆっくり休んで下さい」


「……申し訳ございません、お母上のこと」


「謝ることなんて何もないです。……ありがとう」



訪れたのは、陸軍の施設。

チオに向かった軍人達は、あれから数回に分けて帰ってきている。

滅多に侵略なんて受けない南部で強国リシュルドとの戦闘。

堪えないわけがない。皆疲れ切った表情で帰ってきた。


私にできるのはそんな人達の姿をしっかり目に焼き付けることと、そうやって1人1人に声をかけることくらい。


意味があるのか、私には分からない。

けれど目を背けたくはなかったし、何よりシモニアとリオドニアのために戦ってくれた彼らにお礼がしたかった。


そうして帰還した兵士達を見舞っていくうちに、お母様の最期を知っていく。

シモニア公国内に不穏な影が漂い始めたのは、もう半年も前のことだったらしい。

シモニア公国にある騎士団の中では内通者がいるとの噂がここ数年出回っていて、特にこの半年間不自然な事故や事件が絶えなくなっていた。


そんな動きを察知したお父様達も密かにリオドニアに助けを求め、ライル様が先頭となって警戒や援護を秘密裏に進めていたのだという。

しかし表立って動けなかったライル様達では内通者の特定にまでは至れず、お父様やお兄様方も見つけることが出来なかった。


ついに事が動いたのは私達の元にあの知らせが届いた時のこと。

内通者は私達公家の側近だった。私ですら名前を知っている文官。

世界情勢に聡く、視野を広く持ちなさいと色々なことを教えてくれた私の先生でもある人物。

リオドニアが南からの侵攻を受けにくく耐性のない土地柄であることに目を付け、その南部と隣接し武力の低いシモニアをリオドニア攻略の拠点にしようとしたリシュルドの作戦。その前線にいたのが先生。


シモニア公国を抑えつけるために最低限必要な数の兵士しかリシュルドが送ってこなかったのは、まずはリオドニア侵攻のための拠点作りだけを目的としていたから。

必要以上の兵力を使ってリオドニアに警戒され大量の兵を送られれば、拠点のない現状では勝ち目がないとリシュルドも分かっていたのだ。

耐性のない南部からの侵攻と常日頃他国も行う東部の侵攻、どちらも出来る状況を構築するのが上策であり、そこに選ばれたのが武力の比較的低いシモニアという場所だった。


しかしそんなリシュルドに対してシモニア公国側も黙っていたわけではない。

不穏をすでに察知していたらしい大公であるお父様がリオドニアへ早急に服属し、私をその証として嫁がせた。

その後もライル様と情報を交換しつつ出来得る限りの対処はしていたのだという。

私がこのカタに来た時点で兆候が出ていたというのに5年も表面化しなかったのはそういった結果なのだと誰かが言っていた。


シモニア公国が直面していた問題に対するリオドニアの警戒の目は少しずつ厳しくなっていった。

そしてそろそろ限界だろうと判断した内通者は最低限の兵が待機するのを待ってからお母様を人質に行動を起こす。

妃殿下を人質に取られ身動きのとれないシモニアの騎士達に、リシュルドがどんどんと流れこんできた。


シモニアの異変を察知したチオの検問が緊急応援を要請したのはこの頃のこと。

カタの軍隊がチオに着いた時には事態はこう着状態だったのだそうだ。

そんな中でお母様が動いたのはライル様達リオドニア側の援軍がチオの検問に到達した時。

シモニア公国がリシュルドに下るような事態だけは避けなければならないとお母様は皆の前でそう宣言し果てたのだと言う。


そこからはシモニア公国リオドニア王国の連合軍とリシュルド帝国軍の戦闘になった。

公国の妃を失ったシモニアの騎士団の気迫は凄まじいものだったらしい。

戦場となったシモニアは荒れ被害も少なからず出たが、それでも騎士団は最も危険な前線に立ち続けリシュルドに抵抗した。

送られて来たリシュルドの兵は少数ながら精鋭だったらしく一時チオの検問にまで押し寄せたらしいけれど、それでもリオドニアの兵の数にはさすがに敵わず撤退を余儀なくされたのだそうだ。


それが、今回の騒動の全て。

話すのも辛いだろうに彼等はポツリポツリと知る限りを話してくれた。




「……最期まで誇り高き素晴らしいお方でした。お守りできず申し訳ございません」



辛いのは彼らだろうに誰もが私に頭を下げ申し訳ないと謝罪する。

戦場を思い出したのか目を赤くし震えながら涙を流す人もちらほらと目に映った。


……ここまで来ても私は守られる側で、そして深くついた彼等の傷を癒す力も持たない。

その上お母様の最期やシモニア公国で起きたことを知り、動揺せずにもいられない弱い心。

目が熱くなるのが分かって、慌てて気を張る。


お母様の最期を知るためにここに来たわけではないのだ。

私は自分にできることを成すためここにきた。

それが何なのか、少なくとも泣くことではないことだけは確かだ。

私は言葉がちゃんと出て来てくれるまで、必死に涙をこらえて首を横に振り続けた。

そうしてやっと心が落ち着いた頃に口を開く。



「教えてくれてありがとう。シモニアに心を砕いてくれて、私達リオドニアの住民を守るために戦ってくれて、本当にありがとう」


「お、俺は何も、何も……!」


「そんなことないです。どうかゆっくり休んで、また元気な姿を見せて下さい。カタの皆、きっと貴方達の帰りを待ってる。みんなちゃんと貴方達の帰る場所を守って待ってるから、安心して帰って?」



そっと肩を叩くと、その人は体を震わせ地面を引っ掻く様手を握っていた。

……無事だったからと言って何でもないわけがない。

戦は人を傷つけ苦しめる行為。

認識すると共に、私はその姿を忘れてはいけないと強く思う。


一日中帰ってきた陸軍の人達のもとを回って、慰めになるかもわからない言葉をおくり続ける私は滑稽だろうか。

何も分からない小娘が言葉を残したところで、かえって傷を深くしてしまわないだろうか。

いつだって自分の行動に私は自信が持てない。


でも、それでも。

そう心に念じて、私は歩きまわる。

疲れた様子の兵士達を前に、私の目から涙がこぼれることはもうなくなった。




「お帰りなさいませ、奥方様。……大丈夫ですか」


「ただいま、ソウヤ兄様。私は大丈夫ですよ、ありがとうございます!」



城内の雰囲気も少しずつ元通りに戻ってきている。

どんなに悲しいことが起きても、酷なことがあっても、カタの人達はやっぱり逞しい。

このまま少しずつでもちゃんと笑顔が戻ってきてくれると良いと心から思う。



「……お強くなられましたね、奥方様」


「ふふ、そうでもないです。いっぱいいっぱいで支えてもらうばかりで情けない。本当はライル様にもう少し釣りあえる自分でいたかったですけど、やっぱり私はまだ子供だなあって」


「そんなことはございません。そんなことは、ございませんよ」


「……ありがとう、ソウヤ兄様」



私の周りは相変わらず温かく優しい人達に溢れている。

胸の首飾りに触れながら、大事にしようと今日何度も思ったことを私は繰り返し考えた。


そして何やら外から騒がしい音が響いてきたのはそんな時。

首を傾げる私の目にその姿が映ったのはそれから数分してのことだった。




「長い間空けて悪かったな。帰ったぞ」



全身土埃を被って所々汚れた姿。

精一杯顔を上げなければ目を見えれないほど大柄な人。

ずっとずっと、そのお帰りを待っていた私の大事な。



「ライル、様?」



思わず声がかすれる。

立ちつくしてその顔を見る以外何もできない私。

ライル様は、そんな私に苦笑しながらその大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。



「ただいま、リル」



前に会った時と変わらない温かな感触。

安心させてくれるような力強い手のひら。

ライル様が帰って来たならやろうと思っていた事が色々とあったはずなのに、全て頭からとんでいく。

自分でも意識しないうちに抱えていた体の中の大きな大きな塊が溶けていく感覚。


思わず涙線が緩んだことすらこの時は気付かなくて。

とにかく絶対に言わなければと思っていた言葉を、私は必死に手繰り寄せた。



「お帰りなさい、ライル様!」


「……おう」



その時、私の顔には久しぶりに自然な笑みが浮かんでいた事。

逆にライル様の笑みに影がさしていた事。

その両方ともに私が気付くのはもう少し後のこととなる。




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