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幼な妻の剣と盾  作者: 雪見桜
本編
3/13

3.動揺

あれからというものの、私とライル様の間は何となくぎくしゃくとした空気になってしまった。

ライル様は相変わらず気にしない風に私に接してくれる。

何事も無かったかのように。


けれどあの時現場に居合わせたソウヤ兄様や護衛さん達が居心地悪そうに私達を見つめるものだから、何となく私もその空気に飲まれてしまった。

……なんて、そんなの私自身が落ち込んじゃって上手く切り替えられない言い訳だけど。




「ねえ、サラ。この首飾りが一番映える衣装はどれだと思う?」


「そうですね……鮮やかな朱色の石ですから同系色の淡い色を合わせられると良いと思いますわ。この中でしたらこれでしょうか」


「あ、本当だ綺麗!それじゃあ今日はこれが良いな」


「ふふ、畏まりました。準備いたします」



いつまでも私が引きずっちゃいけない、私は何とか気分を盛り上げようと必死だった。

何事も形から入るとも言うし、まずは自分の見た目や声色を上向きにしようと考える。

そうすれば周りの明るい雰囲気に引っ張られて私の心も少しは浮上してくれないかななんて思いながら。



「えへへ、サラ似合ってる?」


「勿論ですわ、リルハ様。お綺麗です」


「ありがとう!」



ぴょんぴょんと跳び回る私に一番親しい侍女のサラがほほ笑んでくれる。

それだけで心は少し温かい。

……うん、これならきっといける。

そう思って私は気合を入れた。



「ライル様、おはようございます」


「おー、おはよ。お前さんは朝もはよから元気だな」


「そうなんです。見て下さい、今日はいただいた首飾りにぴったりの衣装なんですよ?」


「ん?ああ、はは、似合ってる似合ってる」


「あ、今適当に流しましたね、ライル様」


「流してない流してない」


「むう……」



私の反応さえちゃんとしていれば、この通り普段通り会話ができる。

今まで気落ちしていた私を心配してくれていたのか、周囲を取り囲む使用人達もホッとしたように笑っていた。


やっばり私はこうあるべきなんだろう。

私ひとりのせいでライル様が守ってきたこのお城の空気を淀ませるわけにはいかない。

そうして私は平静を装うことに全力を出していた。


けれど、その努力はすぐにあっさりと無駄なものへとなる。




「失礼します、ライル将軍はいらっしゃいますか!」


「ここだ。何かあったか」


「はっ、南部チオ地区検問より緊急応援要請が」



部屋に現れたのは国家陸軍のカタ地区の副将さんだった。

南部一帯の全軍の総指揮とカタ地区の陸軍大将を兼任するライル様にとって、それは看過できない事態で。


そして私もその言葉で頭が真っ白になっていた。

話題に上ったチオ地区は私の故郷であるシモニア公国と隣接する町だったから。

チオ地区の検問と接している国はシモニア公国以外ない。

つまりチオの検問で何かがあったということは、シモニアで何かがあったということと同義ということなのだ。


真っ先に頭に浮かんだのはお父様やお母様、そして3人のお兄様達の顔。




「……リシュルドか」


「おそらくは。いかがされましょう」


「至急第3隊を向かわせろ。チオに待機させてた精鋭隊とまず合流して必要な情報収集と支援をするように言ってくれ。他の隊も武装準備、近隣地区にも協力要請頼む。話は通してあるからすぐ動いてくれるはずだ。できるな」


「はっ」


「住民の命最優先で動けよ、チオは今雨乞いの儀で人が集まってるはずだ。人脈の広い奴……そうだな、あそこならギルか。あいつに避難誘導役頼んでくれ」


「承知いたしました」


「俺もすぐに向かう、準備しとけ」


「はっ」



ライル様は動揺もせず迅速に指示を出していた。

けれどその顔つきは普段とは別人のように険しい。

それは軍人としてのライル様の顔で私が見ることはめったにない姿。


もうそうなると私が口を挟める隙など少しも無い。

傍にいるだけでも邪魔になる。


お父様お母様お兄様方は無事なのだろうか。

緊迫した空気の中で、そればかり考えてしまう。

自分の知らない所で、自分の家族に大きな危機が迫っているかもしれないというのがたまらなく怖い。

手足が勝手に震えてしまうほど。心臓の音以外鈍くなってしまうほど。


ライル様が口にしたリシュルドという国はこのリオドニアと同じく軍事強国で、そしてリオドニアよりも強硬派として知られている。つまり武力による力押しで領土・資源を広げてきた国。

その事実がなおさら不安を煽る。


勝手な言葉が口から漏れそうになって、私は手を口元にあてる。

ここで私が騒いだところで何が変わるわけでもない。

私は驚くほどに無力で、誰かに追い縋った所でどうにかなる問題でもないことくらい分かる。

それに今私がいるのはシモニアではなくリオドニアだ。

ここがリオドニアである以上、当然優先されるべきはリオドニアの民達の命だということも分かっているつもり。




「リル」


不意にライル様が私の名を呼んだ。

「はい」と返事をするだけの余裕もない私は、ただ目線を合わせる。



「少し城空ける、良い子で留守番しとけな」



真っ直ぐ私を見つめて告げてきたその声は見事に鋭さだけ消えていた。

私をこれ以上動揺させない様にしてくれているのだろう。

それが分かるから、私もこくこくと何度も頷く。

それでもやっぱり動揺が激しくて声が詰まる。

すると今度は私の顔を覗きこむように体を屈めてライル様がニッと笑った。

それはここに嫁いで来た時に一番安心感をくれた笑顔だ。



「大丈夫だよ。俺がちゃんと見てきて正しい状況を知らせてやるから。だからお前さんはここで待っててくれるな?」



そうしてぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれる。

いつもなら言う「大したことない」という言葉が今回ばかりは聞こえない。

きっと事態は深刻なんだと思う。

けれど、その中でも決して厳しい言葉を言わず落ちつかせようとしてくれたライル様の優しさに、思わず一粒だけ涙がボロッとこぼれた。

ゴツゴツとした太い指でそっと拭って苦笑するライル様。

言葉はやっぱり出てきてくれなくて私はひたすら頷くしかできない。

それでも気持ちは伝わってくれたらしく、一度強く頷くとライル様もそれ以上は何も言わなかった。



「ソウヤ、悪いが俺が不在の間この城頼むぞ。皆も平常通り過ごしてくれ。何か必要な時はこっちから連絡いれる。いいな」



ライル様は立ち上がると、やはり落ちついた様子でそう声をあげた。

その平静さに、周りの使用人達も次第に落ち着いていく。

ライル様のすごいと思うのはこういうところだ。

本当はきっと頭の中をぐるぐるに回さなければいけないような状況だろうに、それでもひとつひとつ冷静に確実になすべきことをなす人。


次々と使用人たちが頷いて表情を引き締めていく。

そんな中で私だけが異常に動揺するわけにはいかない。

作法の先生にもお母様にも、人の上に立つ以上は凛としていなければいけないと教えられている。

情けなくも真っ先に動揺してしまった私ではあるけれど、ライル様がここまで空気を持ち直してくれたのに私が壊すわけにはいかないのだ。




「ラ、イル様。どうかお気を付けて。私はここでご無事を祈ってお待ちしております」



ああ、こんなことさえ声が震えながらになってしまう自分は本当情けない。

ライル様は今度は笑うことなく「おう」と真摯に答えて下さった。

そうして足早にお城を後にする。




「奥方様、お辛いとは思いますが何かございましたらすぐにお知らせいたしますのでどうか心を落ちつけてお待ちください」


「うん、大丈夫ですソウヤ兄様。落ちつきました、動揺してごめんなさい」


「……動揺されるのは当然のことかと存じます。申し訳ございません、言葉が他に見つかりません」


「お心遣い感謝します。私は大丈夫。でも少しだけ身なりを整えてきますね、ちゃんと気持ちも落ちつけてきますのでどうか皆もいつも通りお願いします」


「……畏まりました」




真っ先に駆け寄ってくれたソウヤ兄様に何とか返事ができたのは、ライル様の最後の言葉が大きかったのだろう。

声を震わせず言えたことに安堵しながら、私も自室へと一度引き上げる。




「……ここでは泣かれても良いのですよ、リルハ様」



部屋に入った途端そう言ったのは、それまで口を閉ざしていたサラだった。

振り返れば憂いを帯びた表情で私を見つめている。

たった6歳上なだけなのに、サラを見ていると無性にお母様を思い出して甘え泣き縋りたくなる。

けれど、私はグッと手を握って首を横に振った。



「大丈夫、ありがとうサラ」


そう、これくらいちゃんとしなきゃ。

決意を改めて表情を引き締める。

すると、サラは今度は目の前に立って私を抱きしめてきた。

突然のことに目を見開く。



「5年」


「え」


「5年傍にお仕えさせていただいた私が何も気付いていないと思いませんように、リルハ様。貴女様が何を考えどうあろうと努力されてきたか、私は見て参りました。リルハ様は決して弱いお方でも頼りにならぬお方でもございません」


「サラ」


「良いのです、泣いても。頼れるものには頼りなさい。どれほど逞しく強かなお方にだって縋るものは必要なのです」



初めて聞くサラのそんな言葉。

そこで自分がこの侍女にどれだけ見守られていたのか理解する。

優しく温かな声に、弱り切っていた私の心はあっさり屈服してしまった。

締めていたはずの涙腺がゆるんで止まってくれない。



「どう、どうしよう、サラ…!おと、お父様や家族、に何かあったら私……!」



その場に泣き崩れてかすれた声で私は言葉を落とす。

13歳までしかいなかったけれど、あそこには親しい人達や愛しい景色がたくさん詰まっている。

リシュルド帝国相手じゃシモニア公国は手も足も出ない。

シモニアを通らねば辿りつけないチオの検問。

リオドニアに与するシモニアがそう簡単にリシュルドを通すとも、強硬派のリシュルドがシモニアに何の手も下さず通過するとも思えない。

どうしたって頭をよぎるのは最悪の展開で。


不安と恐怖と焦りで立ち上がることすら出来なくなった私を、サラは何も言わずに抱き締め続けてくれた。

だから、やっとそこで真っ白だった思考を少し元に戻せたのだと思う。



「ありがとうサラ。皆のところに戻ります」


「……大丈夫、ですか」


「分からない。けれど、私には成すべきことがあるはずだから。……お母様が昔言っていたの、“女には女にしかできない役目があります”って。私はきっと、役目を果たす時なんだと思う」


「リルハ様」


「しっかり、しないと。私はこんなだけど、ライル様の妻、なんだから」



自分に言い聞かせながら、誓うように声にのせる。

シモニアやライル様のことを思えば、負の感情を消すことはきっとできない。

けれど、ただ動揺して怯えながらライル様からの言葉を待つだけではきっと後悔する。

たとえばあまり意味のない行為だったとしても、やらないよりはマシだと信じたい。

何もしないで悔いるよりは何かを成して悔いなさいと言っていたのはお父様だったはず。


私はパンッと大きく一度自分の頬を叩いて、気合を入れた。





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