家族の絆・中
「レイリック殿下、万歳!」
「ようこそ、レイリック王子!!」
カタの領民達は明るく温かだった。
リルハの兄ということもあるのだろうが、街に出れば大勢の民衆が手を振って出迎えてくれる。
心から歓迎してくれると伝わるのは、あちこちに零れる陽気な笑みがあるからだ。
「まあ、奥方様のお兄様だけあって綺麗なお顔立ちだこと。王子様って感じだわ」
「本当、それに優しそうな方じゃないかい。嫌だね、こりゃ惚れちまいそうだ」
「おいおい、お前らそんな大きい声で……聞こえんぞ、その王子サマに」
「ありゃ、そりゃ困る。節操も品もない民だと思われちまうじゃないかい」
「ヘッ、安心しな。端から品があるなんて思われちゃいないだろうからよ」
「何だって!?」
……ただ耳に届いてしまう会話にどう反応すれば良いかは大いに迷うところではあったが。
シモニアと比べてずいぶんと開けた雰囲気に若干面食らってしまう。
まあ、悪い評判が広がっているわけでもない。どうやら好意的には見てもらえているようだから良しとしよう。
彼らもまたシモニアを支えてくれた大事な恩人だ。
私の存在で少しでも楽しんでもらえるならば、それはそれで良いのかもしれない。
そう思いながら手を振り、感謝の言葉を伝え続けた。
「元気でしょう、カタの皆は」
「リル」
「私も初めの頃びっくりしたんです。まあ私の場合は、皆よりも前にライル様の豪快さに驚きましたけどね」
今日の案内をしてくれたリルハが、城に戻ってからそう笑う。
聞けばよく城下に訪れているらしく、領民達との関係も良好なのだとか。
疲れた顔一つ見せず楽し気にカタのことを話す妹に、思わず私も笑い返した。
「良い街だな、皆が笑顔で親切だ。結束が強いのだとよく分かる」
「えへへ」
「それに、お前のことも大事にしてくれている。良いところに嫁いだね、リル」
「はい! 私もそう思います」
誇らしげに笑う妹。
私の目には、そこでようやく13歳のリルハではなく20歳のリルハが映る。
今日1日カタで生活をするリルハを見て、感じるものが色々とあったのだ。
領民達に完全に受け入れられていたリルハ。
それが思っているほど簡単なことではないことは想像に難くない。
ましてリルハは他国の王女で、ライル殿とは不釣り合いなほど歳が離れているのだ。
いくらライル殿の人柄が良くても、それだけではおそらくここまでになれないだろう。
頑張ったのだ、リルハは。
母上の教え通り、きっと自分の為すべきことを探し動いた。
努力を重ねてきたのだと思う。
その成果は、領民達の反応となってしっかり表れていた。
ここにいるのは、20歳の立派な大人になったリルハだ。
いつでも私達の後を付いて回り甘えてきた妹では、もうない。
と、そこまで考えが至った時、やっと私はずっとそれまで躊躇っていた話題を口にした。
「リルハ。お前に、これを」
「え……? っ、これ」
「ああ、母上の形見だ。お前が持つべきだと、父上から預かってきた」
「お父様、が」
母が誰よりもリルハに厳しく接していたのを私は覚えている。
しかしリルハがそんな母に恐れながらもよく懐いていたのもまた覚えている。
女同士通じるものがあったのか、それともリルハにとって憧れだったのか、とにかく母娘の絆は決して薄くはなかった。
だからこそ母が亡くなったという事実をこの地で1人受け止めたリルハのことがずっと気にかかっていた。
母上の死に動揺した者は多い。
シモニアの民だけではなく、本音を言えば父も私も兄達もだ。
だからこそ、どう切り出せば良いのか悩んでいた母の話題。
しかし、それでも母が遺した指輪だけはリルハに届けたいと思っていた。
母が最期まで気にかけていた娘だから。
いつか立派になった姿を見るのが楽しみだとそう言って、その願いは叶わず散った。
家族で唯一その最期を共に過ごせなかった妹に、せめて形見だけでも会わせてやりたいとそれは家族全員の想いだ。
そっと懐から取り出しリルハの手に乗せてやれば、彼女はしばらくそれを眺め続け、そしてフッと小さく微笑む。
「お母様……」
「リルハ」
「ありがとうございます、お兄様。私は大丈夫。お母様の心も思いも何も失われてはいませんから。だから大丈夫なんです」
リルハはグッと指輪を握りしめる。
大事そうに両手で包んでしばらくはそのまま目を閉ざし沈黙した。
けれどそれから涙ひとつ見せず、笑って見せたリルハ。
ああ、本当に成長した。
そう心から実感する。
「頑張ったね、リルハ。よく、頑張った」
思わず出てきた言葉は、紛れもなく本心だった。
一番大変だったろう頃に何もできなかった私ではあるが、せめて彼女を労うことくらいは許されるだろう。
なにより現実に目を背けることなく大きな器を持った妹が、私は誇らしかったのだ。
リルハは私の言葉にようやく少し涙ぐむが、それでもそれを流すことはない。
その様子に、さらに成長を感じた。
「本当はお節介でも焼こうと思っていたが、どうやらその必要はなかったようだね」
「えへへ、これでも一応ライル様の妻ですから。あの方の隣に立つのは大変なんですよ?」
「はは、そうだろうね。私から見てもライル殿は手の届かない存在なのだから」
そんな軽口を叩きながら、お互い笑って空を見上げる。
その後はシモニアの話、父の話、母の話、兄たちの話、そしてカタの話やライル殿の話など、互いの近況や昔話に花を咲かせた。
リルハが歩んできた7年、私達が歩んできた7年。
その道は違えど、お互い必死に辿ってきた道だ。
何を思いここまで来たのか、話せばその一辺でも感じることができる。
それはとても貴重な時間に私は感じた。
「あのね、お兄様。私、なぜシモニアから来た大使がレイお兄様だったのか、何となく分かりますよ?」
「うん?」
「的外れだったら笑ってください。けれど、これだけは伝えておきます。私はライル様が幸せであることが一番大事で、ライル様の心に添いたい。だからもしライル様が側室をお迎えになるならば、それで良いと思っているんです。それはライル様にも言っています」
「っ、リルハ」
「心配、して下さったんですよね? ライル様と私の間にお世継ぎがまだいないこと。それでも側室をお迎えしないのは、ライル様が私やシモニアに義理立てしているからではないかって」
そして会話の最後、リルハはさらりとそんなことを言う。
ギクリと肩を揺らした私に、リルハは爽やかな笑みを見せた。
「私が一番懐いていたのはレイお兄様だから、それで来てくださったのかなって思ったのですが」
「……参ったな、どうやら想像以上にしっかり者になったようだねリル。もう何も言えないよ」
「えへへ、ありがとうございますお兄様。でも、私は大丈夫。だってライル様の笑顔を眺めるだけでこんなに幸せなんですから」
力強く笑って頷いたリルハに、私は完全降伏する。
『あの子には強かに生きてもらいたいのですよ。ひとつ芯のある女性になって欲しい』
そんな母の願い通り、そこにいたのは強かに成長したリルハだ。
きっと、空の上から母も笑っているだろう。
そう思った。
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「今度はぜひシモニアにも来てくれ、2人とも歓迎する」
「そうだな、ぜひ伺わせてもらう」
「私も楽しみにしていますね、お兄様」
短い滞在日程を終えて、帰路につく。
朗らかに笑うカタの領主夫婦に挨拶を済ませれば何とも清々しい気持ちになった。
どうやら私は妹の成長が想像以上に嬉しかったらしい。
「レイリック殿」
「……ライル殿?」
笑顔のまま馬車へと乗り込む直前、ふとライル殿から声がかかる。
振り返り見上げれば、何とも気まずげに頭をかいたライル殿がいて私は首を傾げた。
気付けばいつの間にかリルハの姿が遠くにある。
どうやら従者達と別れを惜しんでいるらしい。
「あー……こんなこと改まって言うことじゃないかもしれんが、言わんままなのもどうかと思ってな」
「なんのことだ?」
ライル殿にしては珍しく歯切れの悪い言葉。
この人でもこんな時があるのかと内心で驚きながら続きを待てば、ライル殿はくしゃりと笑って小さく声を上げる。
「……リルを俺の元へ嫁がせてくれたこと、心から感謝する。俺にとってこれ以上ないほど良い嫁をもらったと思っている」
「え……」
「貴国には余計な心配をさせてしまって本当申し訳なく思っているんだ。俺達の間に未だに世継ぎがいないのは、俺の我儘だからな」
ぽつりぽつりと吐き出された言葉たちが信じられなくて、思わず驚きの表情が表に出てしまう。
ライル殿からその話題を出されるとは思っていなかったのだ。
私の反応を見て苦笑したライル殿は、事情を説明してくれた。
「あいつは、リルは俺を立てて何も言わない。だから俺が言うしかないだろ」
「それ、は」
「情けない話だが、守られているのは俺の方なんだよ。世継ぎにしたって、俺の心が決まるまで待つと。俺よりよっぽど男前で敵う気がしないわ、最近は」
照れ臭そうに早口で告げたライル殿は、そのまま頭を下げる。
「長くは待たせないつもりだが、とにかく貴国が心配するようなことは何もない。俺はリル以外と寄り添う気はないんだ。それだけは、伝えておきたかった」
「ライル殿」
「ありがとう、リルと出会わせてくれて。おかげで俺はこんなに幸せだ」
そうして顔を上げたその時のライル殿の表情は、初めて見るものだった。
柔く、幸せそうな笑顔。
それはきっと私が今まで知らなかったライル殿の一面だ。
リルハが引き出しただろう、素のライル殿。
「……こちらこそありがとう。リルが嫁いだ先がライル殿で良かった。これからもどうか妹をよろしく頼む」
心からこぼれた言葉はどこか浮かれたように明るい音で。
今度こそ私は馬車に乗り込む。
「お兄様ー! また会いましょう」
少し遠くから届いた愛しい妹の声にフッと笑いながら私はカタを後にしたのだった。




