10.本物の妻になる日
帰ってきた兵達も含め、カタは少しずつ平穏を取り戻していった。
今ではチオやシモニアでの戦闘が起こる前の日常にすっかり戻っている。
「おや、こりゃ領主様と奥方様。珍しいねえ、お2人一緒とは。どうしたんだい」
「元気か、ばあさん。いや、チオの騒ぎがあって中々こっちまで気回せなかったからなあ。様子見に来たんだけど」
「あらまあ、嬉しいねえ。私のとこは大丈夫さね」
「そうかい、そりゃよかった」
「あ、これ最近話題のミアリのピアス!入荷してたんですか?」
「おや奥方様お目が高い。そうさね、つい昨日入ったばかりだよ」
あれから2カ月。
私とライル様は初めて一緒に城下まで遊びに来ていた。
相変わらずライル様は忙しい日々を送り、溜まった仕事の処理やら戦闘後処理やらシモニアへの復興支援やらで走り回っている。
今日はそんな仕事もある程度の目処がたったということで、ライル様がこうして誘ってくれた。
結局のところライル様が私を頼ったのはあの1回きりで、それ以降は前と変わらず笑っている。
それでも前にはあった笑顔の影は徐々に薄まり、今は自然な気がするから嬉しい。
やっぱりライル様は強く大きい人だと実感する。
あんなに弱ってもちゃんと自分の中で踏ん切りをつけ前に進める憧れの人だ。
「リル、これ気になんのか?」
「今女の子達の間で人気なんですよ、ミアリシリーズ!色が綺麗でデザインも可愛いんです」
「へー、リルが好きなのはどれだ」
「んー、全部好きなんですけど、そうだな……」
「奥方様にゃ、朱色系じゃないかい?お召し物も首飾りも髪飾りもその系統だし」
「やっぱりそうかな?でも朱色系もたくさんあるよ、んんん」
「ほら、領主様。奥方様に合うもの選んでおやりなさい。男の出番だよ」
「あー、そういうもんか?俺はそういうの分かんねえぞ」
「男にセンスなんて求めてないさね。ほら、選び」
「え、あ!だだ、大丈夫ですよ!私のお金で買いますからっ」
「良いから、俺に出させな。たまには夫っぽいことしなきゃな」
「う……そ、そう言われると断りづらい」
「はは、仲が良くて結構結構」
ただひとつ変わったことと言えば、ライル様が私を子供扱いしなくなったということだ。
前のようにぐしゃぐしゃと派手に頭を撫でるんじゃなくて、手つきが優しくなった気がする。
2人で過ごして仕事の話をする機会も増えた気がする。
そして何より一緒にいる時の距離が近くなった気がするのだ。
どうにも慣れなくてすぐびっくりしてしまう私。
もしかしたら私の自惚れかもしれないけれど、少しずつ親子や兄妹のような関係から夫婦への関係と変わってきているのかもしれない。
そんな期待が胸を占め始めているこの頃。
それともう一つ変わったことといえば。
「あ、姫ね……奥方様!」
「ラル、こんにちは。学舎帰り?」
「おう。領主様もこんにちは。2人でいるなんてめずらしい」
「こんにちは。でかくなったな、お前さんも」
「へへ、領主様知ってんだろ、オレの名前は領主様からもらったんだって。いつか領主様より大きくなってやんぞ!」
「そりゃ頼もしい」
「あ、やべ約束おくれる。奥方様、領主様、じゃあな!」
そう、ラルを始めとした城下の人達が私のことを「奥方様」とそう呼んでくれるようになった。
何がきっかけでそうなったのかは私には分からないけれど、少しは認めてくれたのかもしれないと思うととても嬉しい。
ライル様の私への接し方が少し変わったことで、皆も合わせてくれたのかもしれない。
その好意に応えられる自分になろうと密かに心に誓う私。
「しかしすっかりラルはお前に懐いてるな。こりゃ将来強力な恋敵になるかもしれねえ」
お城に帰る途中ライル様がそんな冗談を言うから私は笑ってしまった。
「ラルはまだ8歳ですよ、ライル様」
「……俺とお前より近いだろ、歳の差」
「え?あれ、本当だ、言われてみれば確かに。ラル顔整ってるし頭も良いし、将来はモテモテだろうなあ。成長するのが楽しみですね!」
「はあ、俺の奥さんはこういうとこ鈍くて困る」
「鈍い?鈍くないですよ、私たくさん絵物語読みましたもん。詳しいんですよ!」
「……鈍くない奴はこんな場面で他の男褒めたりしないっつの」
「はい?」
「なんでもない」
どこかちぐはぐなそんな会話を城下の住民達が聞いて吹き出していたことなんて私は知らない。
「おいおい、領主様ってば8歳のガキに嫉妬してんぞ」
「面白いねえ、領主様が振り回されてんの見んのは新鮮だよ」
「まあ奥方様可愛いからねえ、若いし。必死だね、領主様も」
そんな話が城下のネタになっていたことなどもっと知らなかった。
「ねえ、サラ。私おかしくないかな?」
「ふふ、リルハ様がおかしい時などございませんよ」
「ライル様、少しは綺麗だと思って下さるかな」
「まあ、何を仰いますリルハ様。少しどころじゃないですわ、リルハ様を見て閉じ込めたくなってしまわれないか心配するほどですのに」
「ふふ、サラってばほめ上手ね。でもありがとう、自信ついた!」
「……本当なのですけれどね。旦那様があんなに猛獣とは思いませんでしたわ」
「なあに、サラ?」
「いえいえ、何でもございません。さあ、そろそろ約束の時間ですよ」
「あ、本当。ありがとう!」
城下から帰ってきてすぐに政務に戻ったライル様。
どうしてもその後に話したいことがあるから寝る前に部屋まで来てくれと言われて、私は約束通り向かう。
部屋の近くまで着くと、そこで待機していた護衛さん達がにっこりと笑って道を開けてくれた。
笑い返してお礼をすると、扉をノックする。
ほどなくして返事が聞こえて、部屋に入る私。
「リル。悪いな、呼びたてて」
「ううん、良いんです。それよりまだ仕事中ですか?出直しますよ?」
「いや良い。お前にも関係あることだ、こっち来い」
ライル様は部屋の椅子に腰かけ何やら書類を書いているところだった。
呼ばれるままに近くまで足を運ぶと、強い力で引っ張られる。
「わっ」と声を上げて気付いた時には、私はライル様の腕の中で座っていた。
「え、えっと……その、ライル様?」
「はあ、疲れた。何だってどいつもこいつもこう煩いかね」
「な、何の。それより、その」
「こら逃げんな。いつでも胸貸してくれんだろ?」
突然の出来事に頭がパニック状態になる。
こんな触れあい、そうそうあることじゃない。
心臓がバクバクして冷静になれない。
それなのにライル様は面白そうに笑って、私を離してくれなかった。
いままで知らなかったライル様の一面だ。
「俺がやってたのは仕事じゃなくてコレだよ」
「え、な、なに……って、こ、これ」
「そう、側室の申し込み。ここ最近山のように来ててな」
私を抱え込んだまま心底面倒そうにライル様が言う。
側室。その話題が上っていた事を私はすでに知っている。
初めて聞いた時には情けなくも動揺しきって、涙を抑えるばかりだった私。
けれど今は不思議と心が凪いでいた。
きっと心の置き場が決まったからなんだと思う。
ライル様が自然に幸せそうに笑っててくれるならそれでいい。
私の想いはそんな形に変わっていて、だから迷うことももうない。
「美人さん揃いですねえ。どなたか迎え入れられるんですか?」
自分でも驚くほど自然に笑えていた。
しかしライル様はそんな私に不機嫌そうに顔を歪める。
「……迎え入れても良いのか?リルは気になんないのか」
「気にはなりますけれど。でもライル様にお世継ぎが必要なのは事実だし、私はライル様が幸せならそれで良いんです」
「お前が世継ぎ産んでくれるって選択はねえのか?」
「でも私まだ18ですし」
「もう18だろ」
……何やら2カ月前とはずいぶん考え方が変わった気がする。お互い。
そんなことを思う私。
ここ最近のライル様は私にもこうして素の部分を見せてくれるようになってとても嬉しいけれど、その分どう返せば良いのか迷う機会も増えた。
ライル様は突然知らない人のような顔をする。
その顔を見ると全身熱くなって心臓がバクバクうるさくて私は落ち着けない。
今も、そう。
ライル様は小さく息をつくと、私を離す。
心臓の音を落ちつけようと少し距離を置いて深呼吸するけれど、直後に両手を掴まれて結局落ち着かなかった。
「……って、何も言わないでお前にばっか答え求めるのは卑怯だな、すまん」
「い、いえ。その、私には何の事だか」
「だろうな。……悪い、案外俺も自分を人に見せんのは苦手なようだ」
苦笑して首を傾げるライル様。
素に近いその笑みはどこか若く見えるから不思議だ。
ライル様は色々な笑顔を持っているけれど、今の私はそんな素の笑顔が好きだった。
何だかライル様の近くにいられるような気持になるから。
思わず顔がゆるんで締まりのない顔をする私に、ライル様は優しく微笑んでくれる。
そうしてゆっくりと言葉を発した。
「側室はいらん。俺にはもう必要ない」
「そう、なんですか?でも、お世継ぎは」
「お前が産んでくれ、リル。ちゃんと、俺の妻として」
「え?」
真っ直ぐに私を見つめてライル様はそう告げる。
そこまで聞いて期待しない女なんていないだろう。
ここ最近ライル様の私に対する態度が変わったことには気付いていたけれど、私は期待して良いのだろうか?
ゾワゾワと心臓の裏側をくすぐられるような不思議な感覚。
私は少し勇気を出してライル様の手を握り返す。
「そ、れは、私を選んでくれるって、ことですか?」
「ああ」
「私を、ただ1人の奥方にしてくれるって」
「そうだよ、リル」
掠れた声になってしまう私に、ライル様は笑いながら即答してくれる。
夢をみているようなフワフワとした気持ちになって、けれど長い間願い続けたことが現実となってくれているようで、胸が熱い。
「言葉で言ってくれなきゃ嫌、です」
確信が欲しくてそんな我儘を言えば、ライル様はブハッと盛大に吹き出して私を抱きしめてくれた。
強く。
「お前が好きだよ、リル。だから俺の本当の妻になってくれ」
そうして告げられた言葉に、私は言葉を紡ぐことすら忘れて泣いてしまった。
ギュウッとライル様の首を絞めるくらいの勢いで抱きしめて、ひたすら頷く。
やがて、泣きつかれてぐったりした私の頭を優しく撫でて初めての口付けをしてくれたわけだけれど。
気持ちがいっぱいいっぱいすぎてその感触すら覚えていないほどあっという間に終わったそれに私が抗議したのは翌日のこと。
嫁いで5年かけて本物の夫婦になった私達は、そこから早いんだか遅いんだか分からない速度で関係を深めていった。
そして夫婦になるまでの5年間と同じだけの時間が経過した頃にはやんちゃに走り回る幼い男兄弟に私もライル様も手を焼くことになるのだけれど、それはまだまだ先の話。
その間も、その先も、ライル様の心を守りたいと願う私の剣と盾は変わることなく存在し続けた。
以上で完結です。
最後までお読み下さりありがとうございました!




