1.恋する幼な妻
真麻一花様主催の大団円ハッピーエンド企画に参加させていただく中編連載になります。よろしくお願いいたします。
「おいおい、こりゃまたずいぶん若いお嬢さん連れてきたな」
その人の第一声は豪快な笑い声と同時だった。
体も声も何もかも大きくて、ただただ圧倒されていたのを覚えている。
軍事強国と名高いリオドニア王国で南の拠点にあたるカタの都市。
その領主であり南の砦とも称される将軍様、それがライル様だった。
そこに隣国から政略結婚という名の人質として連れてこられたのが私。
私の生まれ故郷であるシモニア公国は戦を好まない貧乏国として知られていた。
それでも戦の絶えないこのご時世に大陸の中央、それも大国リオドニアの隣に位置するシモニアが戦に巻き込まれないことなど無理な話で。
悩んだ末にリオドニアへの服属と庇護を求めた結果の確約が私という存在。
本来ならばそこそこにはシリアスな話なのだと思う。
「……若すぎですよ、本当。今年で13歳とのことです。幼な妻もいいとこです」
「妻っつーより娘に近い感覚だな、こりゃ。いつの時代も政略結婚っつーのは残酷な話だねえ、おい」
「他人事のように仰ってますが、貴方様の縁談ですからね。貴方様の奥方様ですよ」
「分かってるっつの、それぐらい。まあどうでも良いけどな、これで煩わしい縁談話から解放されんならよ」
「……私、今とてつもなくリルハ様に同情いたしました」
けれど、ライル様はあっけらかんとしていてシリアスな雰囲気を微塵も見せず笑っていた。
13歳の子供なりに壮絶な覚悟を決めてやって来たというのにずいぶんと肩透かしをくらったものだ、当時は。
「心配すんな、嬢ちゃん。俺のことは年の離れた兄か年若い父くらいにでも思やあ良い。ここは安全だからのびのび育ちな」
今でも私はあの時のライル様の笑顔を思い出す。
その大きな手でグリグリと頭を撫でてくれたライル様に、私は心底ほっとしたんだ。
リオドニア王国からの指示で侍女も護衛も一切連れてくることは許されなかった。
本当に単身でこの国にやってきた私。
緊張と不安で張りつめた私に対して、そんな大らかで温かい空気は本当に救いだったのだ。
当時13歳の私と28歳のライル様。
恋愛関係になどなるはずもない歳の差の夫婦。
私にとってライル様は誰よりも信頼のおける家族だった。
夫婦じゃなく、恋人でもなく、家族。
「ライル様、覚えました!この国の作法、今日はこれだけできるようになったんですよ。先生も褒めて下さったんです」
「おー、やればできる子だなあお前さんは。偉い偉い」
「えへへ、これで少しはお役に立てますか?」
「余計なことは考えんでいいから、リルは笑ってな。それがウチの連中には効果絶大なんだからよ」
「効果、絶大……?」
「すげえよな、お前。カタの妹として住民達の愛されの的だぞ」
「マト……?」
そう、そんな感じでまるで親子のような関係だった。
ライル様は一度だって私に暗い顔を見せたりしてこなかったし、私だって一度だってライル様の前で泣く様なこともなかった。
それはライル様の人柄故だと私は思っている。
13歳の子供だったとはいえ、国のために全てを捨てる覚悟でやってきた私。
それでもこの場所はこの上なく温かい。
ライル様も、ライル様を支える周りの方々も、住民たちも。
生活に慣れるまでは自分のことでいっぱいいっぱいで、けれど覚えなければいけないことが少しずつ減ってきて時間にも心にも余裕が出来始めた私。
心が傾いていったのは、そこから本当に少しずつ。
何がきっかけだったのかなんてもう分からない。
年を重ね、他の娘達と同じ様に恋愛に興味を持つ年代になるにつれて、この気持ちが姿を変えていく。
「ねえ、サラ。私おかしくないかな?」
「ふふ、リルハ様ったらもう5度目ですよ、それを仰るのは。完璧です」
「……ライル様、少しは綺麗だと思って下さるかな」
「まあ、何を仰いますリルハ様。今日のリルハ様はカタで一番お綺麗ですわ」
気付けば、会いに行くたびそうやって身なりを気にするようになっていた。
あの大きな手で頭を撫でられる度に嬉しくて、そして何だか切ない。
このカタにやってきて5年、私は18歳になっていた。
妻としては若すぎると散々周りから言われていた私も、適齢期と言われるような歳。
「ライル様、おかえりなさい!」
「おー、リルか。ただいま、良い子にしてたか?」
「はい!お仕事お疲れ様でした、湯浴みの準備してもらったからゆっくり休んで下さい」
「はは、お前さんは本当良い子だなあ働き者で。ありがとう、そうさせてもらうわ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でるその感覚は昔から変わらない。
5年経ってもライル様は私をないがしろにすることなく、家族として扱ってくれる。
それなのに、どこか物足りなさを感じてしまったのはいつからなんだろうか。
カタの領主である上に国の要職のライル様。
王都へ呼び出されたり、領地の巡回に行ったりで、このお城を空けることも多い。
多忙で疲れないはずがないのに、未だにライル様はそんな色を私に見せたことがなかった。
きっとライル様にとって私はまだ庇護するべき対象で、頼るべき相手ではないんだと思う。
……お役に立ちたい。
本当ならば、妻として、女として私のことを頼って欲しいと思う。
けれど自分がライル様にとってどういう存在なのか、私自身がどれほど世間知らずなのか、分からないほど私も馬鹿ではなくなったつもりだ。
だからせめて、ライル様のその豪快で落ちつける笑顔を守れるように。
少しでも心を和らげられるように。
ただの庇護される対象じゃなく、傍にいて少しでもホッと落ちつける存在になれるように。
たとえば私がライル様にとって娘のような存在でも妹のような存在でも良い。
夫婦というにはあまりに艶のないこの関係が死ぬまで続いてくれたって構わない。
私はライル様のお役にたてる人物になりたい。
それが今の私が考えられることの全てだった。
「リルハ様どうかされました?あら、髪が崩れていますよ」
「うん、ライル様がね」
「まあ、ふふ。相変わらず仲が良いですね」
「えへへ、でもそこから先が中々いかないんだよなあ。ライル様は強敵です!」
「はいはい、その通りでございますね。さあせっかく着飾ったのですから御髪直しますよ?」
「サラってばいつもそうやって適当に流すんだからー!」
「あらあらそんなことございませんわ。私はリルハ様が幸せそうならそれで良いのです」
そう、私は自分のこの気持ちをライル様に押し付けるのは止めようと思った。
誰にも何も漏らさず秘められるほど完璧じゃない私は、軽く聞こえる様に気を付けながらたまに侍女達にこの想いを聞いてもらったりもしているけれど。
それでも、それ以上は踏み込まない。
いつだって幸せそうに笑って、城内の雰囲気を少しでも明るくしたい。
私に出来るのはきっとこれくらいだから。
「リル、ほらこれ」
「え?何ですかこれ」
「今帝都で流行ってるんだとよ、天然石の首飾りだそうだ」
「わあ、綺麗!良いんですか?ありがとうございます!毎日付けます!」
「はは、んじゃそれに似合う服用意してやんなきゃな」
「今いただいている衣装でも十分似合いますよ。どうしよう合わせるの楽しみだなあ」
少し切ないけれど、それでも幸せな日々。
私はこの出会いとその優しさに感謝しながら過ごしています。