Order1 「精霊の蒸留酒」
※異世界モノですが、バトルモノではありません。
※「バル」ですが「バー」に近いので、料理よりもカクテルなどがメインです。
金色飛竜を倒した後だった。
騎士の中でも、ドラゴンを専門に倒す竜騎士のロイは、自分の身長よりも大きな大剣を丁寧に拭き背中の鞘に収めると、夕日の沈む空を見て舌打ちをした。
「結構掛かっちまったもんなぁ、でもまぁ、仕方ないか・・・」
金色飛竜はドラゴンの中でも知能が高く、攻撃も多彩。
通常ではソロで相手に出来るような敵ではない。
PTでも相当息の合った者同士でなければ難しく、通常は中隊クラスの軍を率いて倒す大物だった。
ロイは剣の手入れを終えると、今夜は野宿だと覚悟し、適当に木々を集めると火を焚き暖を取り始めた。
黒百足の鎧を外し、名工フランの拵えたブーツを脱ぎ、背中の大剣を降ろす。
どれもドラゴンを狩るためだけに揃えた一級品だが、重いのが玉に瑕だ。
ロイは首を揉み、肩を回しながら一度大きくため息をついて自分をOFFの状態にした。
そして胸から小瓶を出すと蓋を開け、にんまりとする。
「仕事の後のお楽しみ〜♪」
度数の高い蒸留酒だ。
しかもただのそれではない。
精霊が住むと言われる森に流れる水で蒸留した一品。
《精霊の蒸留酒》と呼ばれる幻の酒だ。
市場にも出回らないそれを、ロイはドラゴンの襲撃を受けていた町の救ったお礼として、酒蔵から直接分けてもらったのだ。
ロイはニヒヒと肩を竦めて笑いながら、それを口に流し込む。しかし直後、
「ん・・・?」
と首を傾げた。
口を離し、小瓶を逆さにして底を叩いても一滴も出ないのだ。
そう言えば、と先日すべて飲みきってしまった事を思い出し、奥歯を噛み締めた。
敵を倒した時の一杯は、彼にとって掛け替えの無い楽しみ。
しかもそれが金色飛竜ともなると、格別な味がする。はずだった。
「くそー!!」
今の状況だけでなく。
何より飲んでしまった事を覚えていない自分に腹が立つ。
他に喉を潤すものと言えば、あるにはある。
魔牛のミルクに、灼熱草の煮汁だ。
しかしどちらも道中の回復薬でもあり、嗜好品とは全くの別物。
なまじっか小瓶を口につけて、アルコールの匂いを嗅いでしまったものだから、今ロイの口は「酒の口」になってしまっていたのだ。
「何か酒を。酒だ!!酒もってこい!!」
ロイが大きな声でそう叫ぶ。
しかしそこは渓谷付近。人も居なければ、動物も居ない。
遠くの方で大鷲が口から火を吐きながら、滑空しているだけだ。
ロイは体を投げ出し、大の字になって目を閉じた。
「忘れちまおう。寝ちまえば良い」
冒険の基本はクヨクヨしない事だ。
精神をやられてしまうのが、一番良くない。
どんなにレベルが高くても、どんなに強くても、それで冒険者を廃業して村に帰った同業者を山のように見てきた。
一晩くらい晩酌が出来なくたって何の問題もない。
金色飛竜の片翼でも持って帰れば、どこの村でも高く売れる。
ツノは?牙は?
ロイはそう考えてどうにか気を逸らそうと思っても。
その度に、あの蒸留酒の味が蘇る。
安い酒ならこんな事はなかったはずだ。
冒険者は冒険者らしく、安いラム酒でも忍ばせておけばよかったのだ。
あんな希少価値の高い幻の酒なんて飲んだから。
ロイはもう一度舌打ちをすると、ムクッと起き上がり、
「酒だーーーーー!!!!!!!!!」
と叫んだ。
すると。
カンテラが一つ、フワリと浮き、ロイの目の前に出現した。
「敵か!?」
ロイはすかさず大剣を握るが、そのカンテラは、
「いやいや、滅相もございません。私はただの案内カンテラでございます」
とカンテラはくるくると回りながら、ロイに告げた。
「案内、カンテラ?良く村や町の入り口にある、あのお喋りな案内役の事か?」
観光地や人通りの少ない場合、冒険者の為にその集落の入り口付近に『喋る何か』が設置されている事があるのだ。つまりそのカンテラは敵ではない。
「貴方様は今、酒が欲しいと仰っていましたか?」
「あ?ああ、持っていた常備酒が切れちまったからな。しかもものすご〜く上等なヤツだ。だから何だってんだよ」
ロイは酒が切れた一件で少し苛立っていた。
すると案内カンテラは、おやおやまあまあ、と戯けるようにクルクルと回った。
「それでは、そんな貴方様にご案内致しましょう」
「あ?何処へ」
するともう一度クルリと回って告げた。
「バル『レッジーナ』へ」
◇
ロイがカンテラの動く方へ目をやると、渓谷に出来た穴倉と洞窟の中間のような場所にドアが出現。その前には看板が出ていた。
BAL「レッジーナ」
ロイはその妙な出現に、眉を潜めた。
しかし。
彼の脳が。
彼の口が。
彼の喉が。
酒を求めている。
「背に腹は変えられない、か」
大剣とは別のクリスタル製のナイフだけを懐に忍ばせて、ロイはそのドアを押す。
チリン、と小さな鈴の音。
薄暗い店は細長く、カウンターのみ。
小さな小さなピンスポット照明が、カウンターのテーブルを等間隔で照らしているだけだった。
カウンターの中には、一人だけバーテンダーが居たが、その暗さで顔は見えない。手や体つきから男性だろうという事は分かるが、それ以外は不明。
店の中へ招く掛け声すらも掛けずに、丁寧にグラスを磨き続けている。
「カウンターへどうぞ」
「あ?あ、あぁ」
カンテラが背中を押すように、ロイの背後で忙しなく宙を舞う。その勢いと不思議な雰囲気に飲まれるようにして、カウンター席に腰掛けた。
するとそのバーテンダーは、ロイが何を言うでもなく、棚からボトルを一本手に取ると、小さなショットグラスに琥珀色の液体を注ぎ始めた。
◇
トクトクトク
音楽もない無音の空間に、ボトルから響く微かな注ぎ音だけが、ロイの鼓膜にしっとりと響いた。
そして彼はそれを注ぎ終わると、指先を揃えてロイの前に差し出す。
「飲めって事か?」
ロイはそれに手を掛けて、そのグラスを口元に運ぶ。
すると。
覚えのある香りが、鼻腔をくすぐった。
「こ、これは・・・」
「左様でございます。貴方様が探しておられたお酒、《精霊の蒸留酒》です」
驚きを隠せないと表情を浮かべたロイに、カンテラが静かに告げた。
ロイはもう一度、そのグラスを傾ける。
澄み切った洗練された味と、蒸留酒独特のコクが、ロイの舌をピリと乾かす。
コクリ。
ロイがそれを喉に流すと、息を吐いた時に口の中から、喉の底から、深い香りが蘇ってくるのだ。
「・・・・・・・・・旨い」
後の言葉は要らなかった。
どんな感嘆も必要では無かった。
ただ、目を瞑り。
その味と香りに全身剣を集中させる。
それだけで良い。
二口、三口と、そのショットグラスの中の琥珀色の液体が、ロイの口に移されていく。
そして。
最後の一滴を飲み干した。
至極の時間が過ぎ。
名残惜しそうに、グラスを掲げてピンスポット照明に翳す。
「ごちそうさまでした」
ロイは満足したように笑うと、案内カンテラに「幾ら?」と尋ねた。
「お代はお気持ちだけで」
「それじゃあ俺の気が済まない。そうだ!外の金色飛竜。あれを持って行ってくれ。翼でも牙でもツノでも売れば、良い値段にはなるはずだ」
「畏まりました。あなた様がそう仰るのならば」
すると案内カンテラは、ロイを店の外までの送ると、一回くるりと回り、
「いつかまた、貴方様の心が酒の縁を欲した時に」
ロイが一度瞬きをすると、そこには何も存在しなかった。
案内カンテラも。
店の看板も。
店のドアも。
ロイは焚火の火が消えかけていることに気づき、枝木を焼べると、喉の奥から、フンワリと蒸留酒の香りが鼻に抜けた。
※「◇」で3つに分けていますが、「客の入店までの背景」「客が着席するまで」「その回の酒の描写」になっています。好きな部分を楽しんでください。
次回
「紫紺マティーニ」