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異世界BALへようこそ  作者: 檻路莉央
1/2

Order1 「精霊の蒸留酒」

※異世界モノですが、バトルモノではありません。

※「バル」ですが「バー」に近いので、料理よりもカクテルなどがメインです。



金色飛竜ゴールドドラゴンを倒した後だった。

騎士の中でも、ドラゴンを専門に倒す竜騎士のロイは、自分の身長よりも大きな大剣を丁寧に拭き背中の鞘に収めると、夕日の沈む空を見て舌打ちをした。


「結構掛かっちまったもんなぁ、でもまぁ、仕方ないか・・・」


金色飛竜はドラゴンの中でも知能が高く、攻撃も多彩。

通常ではソロで相手に出来るような敵ではない。

PTでも相当息の合った者同士でなければ難しく、通常は中隊クラスの軍を率いて倒す大物だった。


ロイは剣の手入れを終えると、今夜は野宿だと覚悟し、適当に木々を集めると火を焚き暖を取り始めた。

黒百足の鎧を外し、名工フランの拵えたブーツを脱ぎ、背中の大剣を降ろす。

どれもドラゴンを狩るためだけに揃えた一級品だが、重いのが玉に瑕だ。

ロイは首を揉み、肩を回しながら一度大きくため息をついて自分をOFFの状態にした。

そして胸から小瓶を出すと蓋を開け、にんまりとする。

「仕事の後のお楽しみ〜♪」

度数の高い蒸留酒だ。

しかもただのそれではない。

精霊が住むと言われる森に流れる水で蒸留した一品。

《精霊の蒸留酒ウイスキー》と呼ばれる幻の酒だ。

市場にも出回らないそれを、ロイはドラゴンの襲撃を受けていた町の救ったお礼として、酒蔵から直接分けてもらったのだ。

ロイはニヒヒと肩を竦めて笑いながら、それを口に流し込む。しかし直後、


「ん・・・?」


と首を傾げた。

口を離し、小瓶を逆さにして底を叩いても一滴も出ないのだ。

そう言えば、と先日すべて飲みきってしまった事を思い出し、奥歯を噛み締めた。

敵を倒した時の一杯は、彼にとって掛け替えの無い楽しみ。

しかもそれが金色飛竜ともなると、格別な味がする。はずだった。


「くそー!!」


今の状況だけでなく。

何より飲んでしまった事を覚えていない自分に腹が立つ。


他に喉を潤すものと言えば、あるにはある。

魔牛のミルクに、灼熱草の煮汁だ。

しかしどちらも道中の回復薬でもあり、嗜好品とは全くの別物。

なまじっか小瓶を口につけて、アルコールの匂いを嗅いでしまったものだから、今ロイの口は「酒の口」になってしまっていたのだ。


「何か酒を。酒だ!!酒もってこい!!」


ロイが大きな声でそう叫ぶ。

しかしそこは渓谷付近。人も居なければ、動物も居ない。

遠くの方で大鷲が口から火を吐きながら、滑空しているだけだ。


ロイは体を投げ出し、大の字になって目を閉じた。


「忘れちまおう。寝ちまえば良い」


冒険の基本はクヨクヨしない事だ。

精神をやられてしまうのが、一番良くない。

どんなにレベルが高くても、どんなに強くても、それで冒険者を廃業して村に帰った同業者を山のように見てきた。

一晩くらい晩酌が出来なくたって何の問題もない。

金色飛竜の片翼でも持って帰れば、どこの村でも高く売れる。

ツノは?牙は?


ロイはそう考えてどうにか気を逸らそうと思っても。

その度に、あの蒸留酒の味が蘇る。


安い酒ならこんな事はなかったはずだ。

冒険者は冒険者らしく、安いラム酒でも忍ばせておけばよかったのだ。

あんな希少価値の高い幻の酒なんて飲んだから。


ロイはもう一度舌打ちをすると、ムクッと起き上がり、


「酒だーーーーー!!!!!!!!!」


と叫んだ。


すると。


カンテラが一つ、フワリと浮き、ロイの目の前に出現した。


「敵か!?」


ロイはすかさず大剣を握るが、そのカンテラは、


「いやいや、滅相もございません。私はただの案内カンテラでございます」


とカンテラはくるくると回りながら、ロイに告げた。

「案内、カンテラ?良く村や町の入り口にある、あのお喋りな案内役の事か?」


観光地や人通りの少ない場合、冒険者の為にその集落の入り口付近に『喋る何か』が設置されている事があるのだ。つまりそのカンテラは敵ではない。


「貴方様は今、酒が欲しいと仰っていましたか?」

「あ?ああ、持っていた常備酒が切れちまったからな。しかもものすご〜く上等なヤツだ。だから何だってんだよ」


ロイは酒が切れた一件で少し苛立っていた。

すると案内カンテラは、おやおやまあまあ、と戯けるようにクルクルと回った。


「それでは、そんな貴方様にご案内致しましょう」

「あ?何処へ」


するともう一度クルリと回って告げた。






「バル『レッジーナ』へ」







ロイがカンテラの動く方へ目をやると、渓谷に出来た穴倉と洞窟の中間のような場所にドアが出現。その前には看板が出ていた。


BAL「レッジーナ」


ロイはその妙な出現に、眉を潜めた。

しかし。


彼の脳が。

彼の口が。

彼の喉が。


酒を求めている。


「背に腹は変えられない、か」


大剣とは別のクリスタル製のナイフだけを懐に忍ばせて、ロイはそのドアを押す。


チリン、と小さな鈴の音。



薄暗い店は細長く、カウンターのみ。

小さな小さなピンスポット照明が、カウンターのテーブルを等間隔で照らしているだけだった。


カウンターの中には、一人だけバーテンダーが居たが、その暗さで顔は見えない。手や体つきから男性だろうという事は分かるが、それ以外は不明。

店の中へ招く掛け声すらも掛けずに、丁寧にグラスを磨き続けている。


「カウンターへどうぞ」

「あ?あ、あぁ」


カンテラが背中を押すように、ロイの背後で忙しなく宙を舞う。その勢いと不思議な雰囲気に飲まれるようにして、カウンター席に腰掛けた。


するとそのバーテンダーは、ロイが何を言うでもなく、棚からボトルを一本手に取ると、小さなショットグラスに琥珀色の液体を注ぎ始めた。







トクトクトク


音楽もない無音の空間に、ボトルから響く微かな注ぎ音だけが、ロイの鼓膜にしっとりと響いた。


そして彼はそれを注ぎ終わると、指先を揃えてロイの前に差し出す。


「飲めって事か?」


ロイはそれに手を掛けて、そのグラスを口元に運ぶ。

すると。

覚えのある香りが、鼻腔をくすぐった。


「こ、これは・・・」

「左様でございます。貴方様が探しておられたお酒、《精霊の蒸留酒》です」


驚きを隠せないと表情を浮かべたロイに、カンテラが静かに告げた。


ロイはもう一度、そのグラスを傾ける。


澄み切った洗練された味と、蒸留酒独特のコクが、ロイの舌をピリと乾かす。


コクリ。

ロイがそれを喉に流すと、息を吐いた時に口の中から、喉の底から、深い香りが蘇ってくるのだ。


「・・・・・・・・・旨い」


後の言葉は要らなかった。

どんな感嘆も必要では無かった。


ただ、目を瞑り。

その味と香りに全身剣を集中させる。


それだけで良い。


二口、三口と、そのショットグラスの中の琥珀色の液体が、ロイの口に移されていく。

そして。

最後の一滴を飲み干した。


至極の時間が過ぎ。

名残惜しそうに、グラスを掲げてピンスポット照明に翳す。


「ごちそうさまでした」


ロイは満足したように笑うと、案内カンテラに「幾ら?」と尋ねた。


「お代はお気持ちだけで」

「それじゃあ俺の気が済まない。そうだ!外の金色飛竜。あれを持って行ってくれ。翼でも牙でもツノでも売れば、良い値段にはなるはずだ」

「畏まりました。あなた様がそう仰るのならば」


すると案内カンテラは、ロイを店の外までの送ると、一回くるりと回り、


「いつかまた、貴方様の心が酒のえにしを欲した時に」


ロイが一度瞬きをすると、そこには何も存在しなかった。


案内カンテラも。

店の看板も。

店のドアも。


ロイは焚火の火が消えかけていることに気づき、枝木を焼べると、喉の奥から、フンワリと蒸留酒の香りが鼻に抜けた。

※「◇」で3つに分けていますが、「客の入店までの背景」「客が着席するまで」「その回の酒の描写おハナシ」になっています。好きな部分を楽しんでください。


次回

紫紺アメジストマティーニ」

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