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第6話 顔は覚えられているのに会った場所を覚えられていないという、困惑を隠せないような状況下で、なぜか困惑された表情を向けられることとなった深斗は、どう困惑していいのかわからない

やたらと長い、むちゃくちゃ纏まりのない変なタイトルにしてみました。

もちろん、気まぐれです。

ウザくてすみません。

 *******


 深斗は、窓の外へと目をやりながらため息をついた。

 最近、非現実的というか非常識的というかまるでマンガかアニメか何かのようなことが続いているもんで、ため息をつくのも無理はない。

 面倒くさがりで、無気力という元々の彼の性格上、前からため息は多かったが、以前よりさらに増加した。

 ”高校生にして、中学生の高校受験をサポートしなければならない立場に立つことになった”ということも勿論なのだが、考えてみれば、そもそも深斗が南杉並高校に入学した時から少し変だった。

 この学校は、入試の際の成績が1位の人間から順に10人の特待生を毎年各学年に定めている。

 特待生メンバーの見直しは毎年、全学期が終了した際に行われ、翌年度の特待生は1・2学期の中間テストと期末テスト、そして3学期の学年末テストの全科目合計点の上位10人へと移り変わるというシステムだ。

 生徒の自主性を重んじることをうたっているこの学校において、生徒の中でも特に優秀という判定になる特待生というのはとても発言権が強く、学年の方針に関しては、特待生1人で、学年主任の教職員や生徒会全体としての見解と同程度として受け止めらることもある。

 マンガや特にライトノベル系のもので見かける、国家を巻き込んだ陰謀戦か何かでも始まりそうなノリであるが、実際問題として”特待生という名誉とともに付いてくるお得なハッピーセット”に魅せられた校内順位上位の実力者たちが、陰謀戦と呼ぶにはあまりにショボたらしい(いが)み合いをしているというのも事実である。

 そんな中で、現状学内7位として特待生の待遇を受けている深斗は、不本意ながらも”気負いの足りない奴”として見られ、一部の成績上位者から敵意を向けられている。

 深斗本人としては、それなりに勉学には真剣に取り組んでいるし、むしろ不得意としていた数学の成績も上昇傾向にあるために、気負いが足りないと言われる意味がわからないというのが真意であったが、それを口にするだけでまた反感をかいそうな気がしているので、なるべく行為の感じ取れない人間には近づかないようにしている。

 この学校では、クラス内での成績が最上位の人間から順に、クラス替えの際に好きな座席を選べるというシステムになっている。

 そのため、勿論好きな座席を選び放題な深斗は、こうしてため息をつきつつ、黒板の内容をノートに板書している今の窓際の座席を選択し座っているのだ。

 直射日光にさらされることのない北向きに位置する窓からは、優しい木漏れ日と共に涼しい風が吹き抜けている。

 黒板に書かれた関数のグラフを指差しながら熱心に話しているのは、芸能人の娘がいるらしいと校内で話題沸騰中の数学科の教員『桶狭間数人(おけはざま かずひと)』だ。

 一度聞けば、すうっと頭に染み入り忘れることのない個性的な名前に勝るとも劣らない個性的な人間であり、彼を嫌っている人間は学内に一定数いるらしい。

 まぁ、何度注意されても、ジーパンにトリコロールのシャツと黒いレインコートの上着というラフかつ意味のわからない格好から一目で理解できる変わり者の性格だから、合わない人間がそれなりにいるのも仕方がない。

 もちろん、深斗もその一人だ。

 初めて授業を受けた時から、苦手意識を覚えており、それ以来服装などの点について目をつぶりつつ、なるべく公平に評価するようには試みているが、やはり好きになることができない。


「じゃあ、ここ誰か答えてみろ」

 数人が黒板を指しながら、教室を見回した。

 深斗は思わずヤバイと思い、反射的に俯いてしまった。

 始まったのだ。

『桶狭間トラップシステム』が。

「んじゃあー、まぁ、深斗でもいっとくか」

 深斗の予感は的中、見事に解答者に選ばれた。

 学生たちの間で恐れられている数人特有の授業内システム、いわゆる桶狭間トラップシステムが深斗に襲いかかっている。

 このシステムの溝に見事にはまったことのある深斗は、学内7位にも関わらず、すでに2度も放課後に補習を施されている。

 トラップシステムに引っかかった者には、数人の気分次第で、三つのバッドエンドへとアトランダムに誘われることになっている。

 特に危険視されているのが、すでに深斗が身をもってその辛さを知らされている”補習”だ。

 運良く、彼の機嫌の良い日にばかり補習に当たっていた深斗は、長くても2時間の補習で免れているが、聞いた話によれば、夜10時まで残された生徒がいるとかいないとか。

 たまったものではない。

 あまりの凶悪性を誇るこの補習は、古代オリエントにおいてユダヤ人がバビロニアへと連行された『バビロン捕囚(ほしゅう)』とかけて『数人捕囚(かずひとほしゅう)』と呼ばれている。

 そんな”捕囚”が、今目の前に迫ってきている。


「ほら、ここ答えて」

「あー、えー…っと」

「ほら、ここ、入れ替わるからぁー」

「に、2ですか?」

「あーなるほどね…。深斗、今度ノート見して」

「ノート…ですか…」

 深斗は肩を落として答えた。

 どうやら、またシステムの落とし穴へと叩き落されたらしい。

 しかも、奴のミスリードに、まんまと引っかかってだ。

 深斗は胸くそが悪くて仕方なかった。

 しかし、マシな方であろう。

 それは深斗にもわかっていた。

 だから諦めがついたのだ。

 数人のいう『ノート見して』とは、ズバリ『課題を出すからやった後でノート見して』という意味なのだ。

 機嫌さえ守れば、自分の好きなタイミングで好きなペースで終わる上に、夜10時まで奴の絶対監視のもとで囚われの身となる”捕囚”よりは勉強量が少なくなることは確かだ。

 そう思って油断した深斗は、すぐさま足元をすくわれた。

「じゃあ、この問題集。明後日までに全問といて、俺に見せて。もちろん全問ってのは、普段やらせてる標準問題や応用問題だけじゃないぞ?発展問題や研究問題も含めて全部だ」

「ちょ、ちょ待ってください。いったい何問あると思ってんですか」

「たいした量じゃないよ」

「300以上あるページの各々にぎっしりと問題が載ってるのにですか?!」

「これくらいお前ならすぐ終わらせられるよなぁ?」

「いや、普通に無理です。誰でも。というか大体部が未修範囲なんですが」

 そう。誰にでも無理な量だ。

 物理的に2日で終わらせるのは無理と断言できる問題数なのだ。

 ましてや、文系科目に特化し、理系科目…特に数学を最大の苦手科目とする彼にとっては申し分ない悪夢であった。

 が、数人が聞く耳を持つことなど当然あり得なかった。


「ノート仕上がってなかったら、”補習”だぞ〜」

「ほ、捕囚?!いや、だってそれは」

「もう今日はこれで解散でいい!解散!」

 そう言って彼は、まだチャイムも鳴らないというのに教室を出て行ってしまった。

 と思ったら、走って戻ってくるなり「あ!そこの答えは1!ご機嫌よーう」と添えてから再び職員室へと走って行ってしまった。

 大多数の生徒が呆気にとられ、ざわつき始める教室の中で深斗は1人、虚ろな目で負の感情を具現化したかのような静かな狂気を纏いながら、汲々と問題集の問いを解き明かしていた。


 気がつけば、また口をついてため息が出ていた。


 *******


 放課後の掃除当番を済ませた深斗は、1人で東工大へと向かっていた。

 目的はもちろん、希と接触し、彼女を説得することだ。

 本当は、説得には一緒に行こうと考えていた雪が、深斗の掃除が終わるまで待っていたのだが、深斗は「お前は家に帰って、少しでもオタク文化の勉強でもした方がいいぞ」と雪を帰らせた。

 いくら父が重症患者と言えど、雪のオタク知識はやはりノットにわかのオタクと張り合っていいほど豊富ではない。

 だから勿論、勉強した方がいいというのは本当のことであるし、深斗が雪を帰らせた理由の一つとしても至極まっとうなのだ。

 しかし、雪を帰らせた理由はそれだけではない。

 もう一つの理由というのも別段不自然なものではない。

 単純に『雪がすべきことではない』『雪にやらせても仕方がない』という思いがあったからだ。


 実際、任された…というより押し付けられた深斗が、1人で行動した方が小回りが利くというものである。

 本当は、今すぐ家に帰り、数学の課題をやりたい限りなのだが、いかんせん雪を通じて受け取った大金によって、希の説得に行かざるをえない状況に陥ってしまったのだ。


 先程急いでかけた電話での話によれば『希の説得をしてくれることに対する特別手当て』らしいのだが、よほどのバカでない限り『中途で面倒になってしまい、やめてしまわないようにする』ということが目的の金であるということは即座に理解できる。

 しかし、それは『手に取っただけで、初めて体感するその重みに混迷・困惑を隠しきれなくなる』ほどに、学生にはあまりに大きすぎる額だったのだ。

 深斗は電話をせずにはいられず、思わず電話をしてしまった。

 おかげで、寛二となるべく言葉を交わしまいと、わざわざ雪から希の情報を収集した昼休み《数学の授業前の予習》の時間が無駄になっている。

 考えてもみれば、今日の数学で質問に答えられなかったのは、普段行っている綿密な予習を妨げられたためであった。

 苦手科目と苦手教師というコンビネーションに対抗すべく、数学前の休み時間に綿密に行っている予習なくしては、深斗は数人の強襲に耐えきることができない。

 こう考えてみると、負の連鎖とはまさにこのことだと真とは思った。

 なんと言っても、希の説得に行くための下準備によって課題を貰い受けることとなってしまったというのに、放課後その課題をやる時間が希の説得に行くという用事によってガリガリと削り取られている。


 課題の量を思い出しただけで、不意に涙をこぼしてしまいそうな深斗は、空を見上げつつ『”すべて”を終わらせてからの”あの大金”の使い道について』を考えて歩くことにした。

 そうすれば、自ずと活動の原動力が湧いてくるからである。

 しかし、活動の原動力とともに彼の顔に浮かび上がったニヤケ顏は、きっと気持ちの悪いものであったことだろう。


 *******


 希が見つからない。

 初めて訪れた場所の地理に疎いというのはいかんせんごく当たり前のことなのだが、かと言って、今現在受験する気もない大学の中を探検を兼ねて不用意に動き回るというのは効率的とは言えないので、もちろん初めから『バカみたいにチョロチョロする』という選択肢は深斗にはない。

 事前情報で、彼女が工学部に在籍し、高分子工学を学んでいるらしいという情報を手に入れていた深斗は、不慮の事態に臨機応変に対応できるよう、自分が”本当はよく知らない希”を”よく知る親友”として希から呼び出しを受けて来たという架空の設定を作り上げ、行き交う学生たちに『高分子工学科の旭川希さんの居場所を知らないか』という質問を投げかけた。

 しかしながら、案外と言うべきかやはりと言うべきか、居場所を知る人間はおらず、そもそも希のことを知らない人間が半数以上であった。

 11人目で、案外はやくというべきか、ようやくと言うべきか、彼女の居場所を知るという男性にであった。

 その男の話によれば『どうやら、図書館に行ったようだが、二時間も前の話なので、今もいるのかはわからない』とのことである。

 図書館への行き方をもののついでにもれなくきいておいた深斗は、迷わず図書館へと辿(たど)り着くことに成功した。


 図書館の中を極力隅々までぐるりと2周して探したが、見当たらない。

 やはり帰ってしまったというのだろうか。

 どうやら、事前の連絡なしで会おうとするのは中々に無謀なようだ。

 あらかじめアポを取ろうとすると、拒否をされる可能性があるということ。

 そして、寛二から希の連絡先を聞くことによって、一応説得をする気はあるらしいということを知らせるのは嫌であるということ。

 この2点の理由に(しば)られ、希の連絡先を手に入れることをしなかった深斗だったが、やはり連絡先の入手と事前のアポ取りは必要らしいということを改めて身につまされた深斗は、右手の人差し指で頭をかるくなじるように掻きながら、図書館を後にした。

 果たしてあれほど嫌われていた寛二が希から連絡先を教えてもらえているのだろうかという疑問はあえて考えずに、寛二に早速連絡をとろうした深斗は、スマホに気を取られていたせいだろうか。

 普段では考えられないような、人とぶつかってしまうというトラブルに珍しく遭遇した。

 衝突の反動で思わずスマホを落としそうになった深斗は、間一髪落下中に左手でキャッチし、胸をなでおろしながら、どうやらコケたらしい衝突の相手に目をやった。


「す、すみません!大丈夫ですか…って…」


 確かにそうだ。

 深斗がぶつかった相手は紛れもない。

 深斗が探していた張本人。

 希だ。


 驚きのあまりに声をあげようとした深斗だったが、どうやら希の方が一呼吸早くこちらのことに気づいたようで、先に驚嘆の声をあげた。


「あーー!あんたは!?…えっと、どっかで見たことある〜!」


 会ってから1日しか経っていないはずなのだが、どうやら深斗は顔しか覚えられていないらしい。

 普通、どこで会ったかくらいは覚えているものなのではないだろうか。

 昨日会ったばかりなのだから。

 倒れたまま口元に手を当てて、首を(ひね)りながら必死に思い出そうとしている希を、冷めきった目で見下している深斗は、どうやら自分が運に恵まれているらしいと思っていた。

 いや、こうもすっとぼけたことを言っていると、逆に顔の情報が記憶されているだけでも本当に運がいいんじゃないかと。

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