第4話 溜息混じりに承諾を
お待たせしました。
たった一歩だけ状況が前に進む第4話が完成しました。
とりあえず、お楽しみください。
「まぁ、とりあえず座りなよ」
寛二が、右手の掌で長机の方を指し示した。
深斗は、思わず溜息をついた。
寛二にとって、やはり雰囲気作りというの大切なようだ。
『おい、誰がこんなに座るんだよ』とツッコミたくなるような長机を見ると、会議室感がヒシヒシと伝わってくる。
両脇に並べられた、僅かに高級感の漂う黒い椅子の奥にある、一際背もたれの高い椅子にはきっと寛二が座るのだろう。踏ん反り返りながら。
窓際でタバコを吸う年配の男性に、「ここは禁煙ですよ〜」と話しかける寛二を見ながら、深斗は、そんなことを考えていた。
言葉通りに”とりあえず”席に着こうとした深斗は、さりげなく椅子の裏の文字を見てみることにした。
『ニトリ』と書いてある。
なるほど、お値段以上の雰囲気は出せているようだ。
全員に着席を促した寛二は、全員の着席を確認してから自分も座った。
背もたれの高い席に。
「さて、じゃあまずは同じ職場で働くことになる者同士、挨拶でもするとしようか」
寛二が、ニヤッと笑いながら言った。
さて、どうしたものか。
行くことには行くが、その上でやるかどうか決める と程よく曖昧な返事でお茶を濁しておいたハズなのに、どうしてか『やる』ということになっていたらしい。
いやまぁ『どうしてか』と言っても、勿論深斗には、こうなることがなんとなく想像がついていたが。
『今この場でキッパリと断ってやろう』と思い、机に両手を置き、立ち上がろうとしたその時。
俺の右隣に座っている雪を挟んでさらにもう一つ右の席に座っていた、女性が勢いよく立ち上がった。
「だーかーらー、私は断ってるでしょ!やらないって」
威勢良く立ち上がり、思いっきり啖呵でも切ってやろうと思っていた深斗は思わず腑抜けた声を出してしまった。
深斗より先に立ち上がったその女性は深斗の見立てで大体、大学生くらいといったところだ。
雪に負けず劣らず…いや勝るほどの童顔であり、栗色の髪がよく似合っている。
なんだかよくわからないが、顔が赤い。
「なんでよ〜、いいじゃな〜い」
「嫌だってば!何度も言ってるでしょ!」
「いや、そこをなんとか!」
「私暇じゃないんだよ!?ほんと、勘弁してよ」
手をヒラヒラさせながら、嫌がるその女性の様子を見ていた深斗は、『ここが好機』と言わんばかりに畳み掛けた。
「俺もパスします」
「は、はぁ?深斗くんまで?!」
「俺やるなんて言ってませんし。そこの…えーっと、お姉さん…」
「私は、旭川希よ」
「あ、はぁ…。えっと旭川さんだって、やらないって言ってるじゃないですか。そりゃそうでしょうね。こんなこと、『うわぁ!やりますやります』なんて言う人居ませんよ。少なくとも俺は違います。めんどくさいですし、成し遂げる自信もないです」
考えていたことを率直に述べた深斗がふと、希の方を見ると、希も満足気な顔でうなづいている。
「希ちゃんも、同じ意見なのか?」
「勿論そうですよ?こんなバカみたいなことやりたいわけないでしょ」
「歯に絹着せぬ物言いだねぇ」
寛二の顔がやや引きつっている。このままでは、旭川希と篠原深斗という貴重な人材を2人同時に失ってしまうということになるという状況への焦りからだ。
「というわけで、私もこの件はパスするわ」
希が立ち上がるのを見た深斗も、共にこの場を後にしようと立ち上がった。
激しい焦燥で、今にもショートしてしまいそうな脳内の回線を無理矢理繋げながら、寛二は部屋を立ち去ろうとドアへ向かう2人に向かって怒鳴りつけた。
「待ってくれないか!!」
希と深斗の2人は、思わず振り向いた。
「いいのか、深斗くん。実はね、雪も講師としてここで働くことになっているんだ」
「は、はぁ?なんでそんなことになってるんですか」
「いやね、そもそも昨日君と会った時から雪は講師にするつもりだったんだよ」
「はぁ?じゃあ、なんで昨日『雪には内緒にしておいてくれ』って言ってきたんですか?」
「そりゃ勿論、君たち二人に塾の話をされると困るからだよ。深斗くんを誘っても断られるだろうなと思っていたらね、昨日は保留にして帰ったけど、やはりやる気はないようだからね。そのことが雪に伝わるのは困ると思ってね。雪に『講師にならないか?』と誘う時に『深斗くんもやるんだ』と言えた方が効果的だからさぁ」
困惑を隠せない深斗が思わず雪をみると、雪は諦めたような笑顔をみせてから俯いた。
「まぁ、深斗のことが背中を押したのは確かだけど、責任感じなくて大丈夫だよ。どうせ、深斗のことがなくても、やってたと思うから。お母さんのこともあるし、お父さんにはいい加減現状を変えてもらわなきゃならないからさ。出来る手助けはしなきゃね…」
俯いたままそう言う雪の姿を見た深斗は、思わず頭を抱えた。
「あぁー、ちょっと待ってください。その言いっぷりだと、寛二さんは雪を人質に俺を脅してるわけですよね」
「…否定はしないよ。というか出来ないかな…。流石に、情けないと自分でも思ってるんだけどね」
「いや、あんたねぇ。今回のことに限らず、父親として情けないようなことしか家族にしてないからな?!そこんとこ、よく考えろよほんと」
いつの間にか深斗は、普段寛二が年長者であるが故に、最低限の礼儀として使っていた敬語を使うことも忘れていた。
そして、深斗は退路を絶たれたような気分になった。
『雪一人をここで働かせるわけにはいかない』と、ただそれだけが頭に浮かんだ。
大きく溜息をついた深斗は、頭を掻きむしったあとに顔を上げて答えた。
「わーかりましたよ!!やりますやります、やればいいんでしょ、わかりましたよ!!」
深斗は『あぁ、言ってしまった』と思いつつも「ごめんね」と優しく微笑む雪を見て『まぁ、仕方ないな』と高を括ることにした。
「あのー、結局今の話私には関係なかったわけだし、私はもう帰っていいんでしょ?」
その発言で、再び存在感を取り戻した希の遠回しな『さようなら』に、寛二は再び焦りだした。
「あ、いやちょっと…」
寛二が弱々しく放った二の矢を振り払おうと、希は寛二の言葉を遮り、別れの言葉と共に立ち去ろうとした。
「それじゃあ、さようなら〜!」
しかし、ドアの前に深斗が立ちはだかった。
「ちょっと待ってくださいよ、旭川さん」
「なによ」
「いやだって、ただでさえここは講師が不足していたらしいじゃないですか。ここで働くことを決めた以上、あなたを引き止めるのに何かおかしい点がありますか?」
「…まぁ、ないけどさ」
希は、不快そうな表情で髪をかきあげてから、腕を組んだ。