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呪詛  作者: のっぺらぼう
3/7

話す

妙なメールを受け取った翌日、ちょうど前日にメールを確認したくらいの時間になって、美月は昨日の件を思い出した。なんとなく気になり、寮の談話室にあるパソコンの使用者がいなかったので、メールボックスを開いてみた。当然だが、既に迷惑メールの送信者として登録されている、(くだん)のアドレスからのメールは届いていない。だが、見覚えのない別のアドレスからのメールが届いていた。【至急】きみの盾となる者より、というその題名を見て、美月は直感的に、それがあのメールと同じ差出人だと思った。美月は溜め息を()くと、メールそのものを開くことはせず、既読としてだけ設定し、パソコンの前を離れた。おかしなメールに構っている暇はない。美月は自室ではやる気がせずに談話室に持ち込んだ、補習授業の課題の山を前に、再度、もっと深く溜め息を()いた。


「スガミツキ、って誰?」

前の寮監の急死に(ともな)い、臨時で入っている寮監の 新貝(しんかい)が談話室の出入り口に立ち、中に向かって呼びかけた。高めの大声が部屋全体に響き渡り、室内にいた生徒たちの注意が一斉に出入り口に向かい、続いて、部屋の端で同じ数学の補習授業受講者たちと課題に取り組んでいた美月に視線が移った。美月は顔にこそ出さなかったが、軽い不快感を覚えながら立ち上がった。夕食後の、一番談話室が混み合っている時間帯である。三十人ほどいる生徒たちの注目を一身に受けるのは余り気分の良いものではない。

新貝寮監は、一言も(はっ)さず、コードレス電話の受話器を差し出して来た。寮に外部から生徒宛の電話が掛かって来たときは、まず寮監が取って、それから生徒にまわす。談話室の電話が空いていればそちらで出るように切り替えられるが、今はたまたま二つとも使用中だったため、新貝寮監が受話器を直接寮監室から持ち出して来ていた。

「誰からでしょう?」

電話を掛けてくる相手に心当たりのない美月は、不審げに尋ねたが、新貝寮監は答えず、受話器をさらに押し付けて来た。この新しい寮監は、一応三十代前半らしいが、その態度は年齢不相応で、社会人としては不合格だと思われた。八重樫曰く、コネでの就職とのことだったが、美月はその点、間違いないと思った。

「もしもし、須賀です。どちらさまでしょうか?」

仕方なく受け取った美月は、受話器に向かって問い掛けた。しかし返事がない。眉をひそめた。切れているわけではないのは、(かす)かに電話線の向こう側で発せられる雑音が聞こえてくることで分かった。

「もしもし?」

『…いる、じゃね、っか!』

再度問い掛けた美月の耳一杯に、突然の怒鳴り声が響いた。驚いた美月の手の中で受話器が跳ねた。弾みでスピーカーボタンに触れてしまったらしい。続く声が談話室中に響き渡った。

『っめ、なんでっなんでっ、来てくれないんだよおおお!』

発音は不明瞭ながら、野太い男の声である。室内の生徒は、先程新貝寮監が呼びかけた時など比べ物にならない勢いで、一斉に美月に注目した。おのおの別の電話をしている生徒も、受話器を片手に、呆然と美月を見ている。

『運命だろ!そう言っただろ!どうして、どうして』

怒鳴り声はすすり泣きに変わっていった。美月は受話器を持ったまま、最善の選択は電話を切ることなのか、スピーカーのみ切ることなのかを考えつつ硬直していた。その間にすすり泣きはうぉんうぉん、という号泣と叫喚に変わっていく。八重樫の補習の課題をみるために談話室にいた坊坂と藤沢がじゃんけんをすると、負けた藤沢が、坊坂に(うなが)されて立ち上がり、棒立ちの美月に寄ってくると、その手から受話器を取り上げた。

「誰だ、あんた」

もともと迫力のある声をしている藤沢だが、このときはたとえ幽霊や妖怪であっても名乗らされるだろうと思わせるほどの凄みを全面に押し出していた。

『…え、あの?え?…なんで男いるの…』

受話器の向うの誰かは一時(いちどき)にそれまでの勢いを失った。犬だったら間違いなく尻尾を丸めて震えている。美月は取り上げられた受話器を眺めながら、男子校の寮に掛けて来てこいつは一体に何を言っているんだ、と思った。

「名前を言え」

『…そうか、(おど)されている、そうだね!大丈夫だよ、ミツキ。ぼくはだまされない!』

藤沢の再度の問い掛けを無視し、電話の主は、また一転、興奮した口調に変わると、誰に向かっているのか分からない宣言をした。美月は、知りもしない相手から個人名で呼ばれて気分を害した。藤沢から受話器を取り返すと、一言、大きくはないがはっきりと受話器に向けて、言った。

「きもい」

受話器の向こう側で、息を詰まらせる音がした。相手が何か言うより早く、通話終了のボタンを押した。苦々しげな表情のまま、新貝寮監に、受話器を突き返す。新貝寮監は受け取らず、にやにやと笑っていた。

「なあんだぁ、前の男か?痴情のもつれとか、やめてくれよ、まったくぅ」

談話室に忍び笑いが起こった。新貝寮監の言葉が受けたというより、意味不明な電話越しの語りのせいで部屋全体に走っていた緊張が(ゆる)んで、ついつい出た笑い、といった様相だった。

「なにが面白い?」

厳しい声は意外な方向からした。代田が真顔で、笑った一部の生徒たちを見やっていた。余りに冷たい視線に、美月は一瞬驚いたが、すぐに代田がキリスト教系の宗教関係者だと思い出した。その方面からすると冗談では済まされないのだろう。意外な方向から(にら)まれて、笑った生徒たちに加えて、新貝寮監も押し黙った。新貝寮監が、冗談が通じないとかなんとか、口の中でつぶやくのが聞こえた。

「大丈夫か?」

藤沢が美月を気遣った声を掛けて来た。本人は気付いていなかったが、美月の顔色は見て分かるほどに悪くなっていた。

「寮監、名乗らない相手を取り付いだんですか?」

坊坂が、静かに尋ねた。坊坂は部屋の奥の方にいるので、出入り口付近からはかなり距離がある。にもかかわらず、真っ直ぐに見据えられて、新貝寮監は顔を引きつらせた。

「そんな、怖い顔するなよ。なんだっけ、ヒラタ?ヒラト?、とかって言った」

坊坂はなおも言い(つの)ろうとしたが、向かいに座っている八重樫に、ペンの先で肘をつつかれ、やめた。坊坂が八重樫を見ると、八重樫はひとつうなずいた。八重樫の表情を見て、何事を悟ったのか、坊坂はそれ以上の追求はしなかった。

「次に同じ人物から電話が来たときは、相手が何と言おうと、俺につないでください」

坊坂はそれだけ言うと沈黙した。新貝寮監は鼻を鳴らして、美月から受話器を奪い取ると、立ち去った。


美月の前に、数学の課題を共に片付ける同志たちと、八重樫、藤沢、坊坂、という面々が勢揃いしていた。藤沢は美月を部屋に戻したがったが、美月自身が拒んだため、場所は談話室そのままである。

「で、八重樫、あの電話の主が誰なのか、心当たりがあるんだな?」

坊坂に尋ねられて、八重樫は軽くうなずき、美月を見た。内緒にしておかなければならないことでもないので、美月は話し出した。そんな素振りは見せないようにしているものの、室内の他の生徒たちも、美月たちの会話に耳をそばだたせているのが分かった。

「おかしなメールが来たんだよね。多分その送り主と同一人物だと思う」

パソコンは別の生徒が使用中なので、美月は簡単に昨日のメールの内容を覚えている限りで説明した。美月は虐げられている、美月は差出人を選ぶ、美月は差出人を助けなければならない、大体そんな内容だった。

「それ、須賀の特殊能力を知っていて、自分のために使えって言ってるんじゃないのか」

「そうとも取れなくはないけど、それを学院のメールアドレスに送ってくるものか?」

坊坂の推測に、美月は素直に感じたことを言った。特殊能力者がその能力(ゆえ)に気味悪がられて迫害を受ける、ということはありえないことではないが、学院はそういう生徒たちを保護、育成する側である。ついでに言うと、美月は治癒能力を見つけられて以降ずっと、某診療所に囲い込まれていたために、その手の嫌がらせを受けたことがない。いまいちピンと来ていなかった。何故それで差出人を選ぶことになるのかという点に至っては、全く意味不明である。

「そもそも、俺、学院のアドレスなんて誰にも教えてないんだけど」

これは事実である。何せ美月は学院から一歩出れば女性である。男子校のアドレスなど、他者に教えられる訳がなかった。

「あのさ、須賀、ひょっとして、このあいだ来てた、時任理事と会った?っていうか、理事相手に治癒能力使った?」

八重樫が尋ねて来た。美月は少し驚きながらうなずいた。時任理事と会ったことは誰にも言っていなかった。八重樫はひとり納得した表情になった。

「多分、時任理事の関係者だ」

もの言いたげな美月と、視線で()かしている坊坂を始めとした一同を前に、八重樫はいつもの明朗な口調で話し始めた。

「メールと電話の主は同一人物だとして、仮称は…『運命のぼく』とでもする?この『運命のぼく』は外部の人間は誰も知らない須賀のメアドを知っている、ってことで、学院内部の誰かか、内部から個人情報入手が可能な誰か。で、あのメールが来る直前に、時任理事が学院を訪ねている。寮監の耳を信用すれば、相手はヒラタかヒラト、って名前。偽名でないとしてだけど。時任理事の娘の嫁ぎ先が平戸(ひらと)だよ。つまり時任理事の娘の家庭の誰かが『運命のぼく』。以上、郁美くんの華麗なる推理劇場でした」

八重樫の説明はあっさりしたものだった。

「いやしかし、時任理事が須賀の治癒能力を漏らしたとしても、何でそれが飛躍して運命とかなんとか、そんな風に…って、それはそいつの頭の中身の具合の問題か」

坊坂の独り言めいた最後の一文に、美月は心底同意した。

「しかし、今のところそれが正解…『運命のぼく』が理事の関係者…だという証拠はないんだよな。寮への電話の記録は、調べれば分かるのか。どちらにせよ合田先生にあったことを知らせて、対処してもらうくらいしか出来ないか」

「そうだな。メールだけならとにかく、寮にあんな電話掛けてくるんだから、立派に生徒への嫌がらせだろ。言えば、電話の記録くらいは確認してくれると思う」

美月が特に何も言わずとも、話はどんどん進んで行く。美月はただ、本当にあの時任理事の関係者が『犯人』だとしたら、面倒臭いことになると思った。

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