監禁されよう
辺りがしん、となってから、私はつぶやく。
「あー。これが監禁イベントねぇ。崖落としイベントが終わったからすっかり安心してたよ。」
女の子の力で長袖シャツの上から巻かれただけだったので少し腕を動かすことでガムテープの縛めからは逃れることができた。ぱんぱん、と制服の埃を払って白い粉の山に埋まったケータイを助け出す。
「これは、ダメかなぁ?」
ケータイを拾い上げて電源ボタンを押してみるも、私の可愛いケータイちゃんはすでにお亡くなりになっていた。おのれ、許すまじモブ生徒め!
次に体育館倉庫のドアをガタガタやってみるが、予想通り鍵がかけられているらしく開かない。頼みの綱の未羽は今ケータイを取り上げられているからどっちにしても私の居場所を見つけられない。
「よっこいせっと!」
重ねたマットの上に跳び箱8段重ねでなんとか倉庫の上の窓のところまで顔を覗かせることが出来たが。
「とてもじゃないけどここから脱出は無理だよね…。」
窓が小さいのだ。ここから無理に抜けようとすると腰のあたりで挟まって動けず、体育館倉庫という貝をしょった巨大なヤドカリと化すなんていう最悪の事態になりかねない。…胸で引っかからないのか?とかいうツッコミは受け付けない。
「すみませーん!誰かいませんか?」
ドンドンと倉庫のドアを叩いてみるものの、しーんとしている。
君恋高校はかなり敷地が広く、ここは校舎から離れている。その上既に下校時刻はとっくに過ぎていて部活動のある人くらいしかいないはずだ。部活の道具は部室棟に置いてあるからこの体育館倉庫は体育の授業の時じゃないと開けられないのが基本だ。
これは本格的に手段がないぞ。
ちょっと辺りを見回して、それから。
「うん、待つしかないか。」
私は跳び箱の上に跳び乗った。
「すみません、誰かいませんかー?」
今日1日の授業の復習を頭の中及びブツブツ言いながら終えた後、もう一度ドアを叩いてみるが返事はない。
どれくらい経ったんだろう?1日の復習が終わったくらいだからおそらく1時間半は経った。
こんなところで復習?と思われるかもしれないが、できないことはない。思い出せないところが弱いところで、簡単に思い出せたところは安心なところ。こうやってざっと再生してからノートを見て、足りないところを補強していけば効率的に時間を使うことができる。こういうスキマ時間が大事って前世の某通信教育の勧誘マンガにも書いてあった気がする。おそらく監禁されている想定はされていないけど。
だが、もう集中できない。
思い出していただきたい。私が女子生徒に呼び出される前に何をしに行こうとしていたか。
そう!お手洗いに行こうと思っていたのだ!
こういう風に絶対行けないという状況を理解すればするほどその欲求は高まるというもの。
「くっ。未羽はまだなの…?」
これが監禁イベントだとすれば、未羽が、多分連絡が取れないことを生徒会メンバーから聞いた後すぐにこの辺りを探してくれるはずだ。
それがまだないということは、おそらく
確認テストでまだ合格できていない。
5時に出て、そこからおよそ1時間半と見て6時半。授業終わりは4時。もう2時間半だ。そろそろ決着つけなよ!未羽!
考えてはいけない、こういうときにトイレとか思い出しちゃいけないのだ。
私が次は昨日の授業範囲の再確認を始めようと思った時だった。
こんこん。
控えめなノック音が聞こえた。
「はーい、入ってまーす。」
はっ。いかん。ついトイレのことを考えていたから、トイレに入っているときの返答を!
「あ、違う!誰かいますか!?ここ開けてもらえませんか!?」
ドアに縋り付く。
千載一遇のチャンスだ。人が通りかかってくれたのなら、助けてもらえるかも!
「すみません、事故で閉じ込められてしまいまして!ケータイが壊れて外と連絡できないんです!お願いです、助けてもらえませんか?」
ガチャガチャ、と外の鍵を確認する音がして、ちょっと静かになった後、ドアの隙間から紙が出てくる。
『ちょっと待っていてください。すぐ助けを呼んできます。』
丸っこい、女の子っぽい字。
あれ、この字、どこかで見たことが…。
しばらく座り込んで待っていると。
ガチャガチャ、ガチャ。かちゃん。
鍵が落ちる音がした。
「あ、ありがとうございますっ!…あれ?」
重めの扉を最短速度で開いたはずなのに、そこには誰もいなかった。
周囲を見回しても、人の姿はない。
逆に遠くの方からから段々と人影が大きくなってくる。
「ゆきっ!!!!」
「秋斗!」
心配そうな顔をした秋斗と冬馬くんと俊くんが駆け寄ってくる。三人ともかなり走り回っていたのか、額に汗が浮かんでいた。
秋斗が「連絡つかなくて心配した…」と私に抱きつく。
「どうしてこんなところに?」
冬馬くんが訊いてくる。
「いろいろ事情がありまして。事故っただけだよ。」
「雪さん、これ…!」
俊くんが壊された私のケータイを見つけたらしい。しまった、さすがに白い粉と水でドロドロになったケータイをポケットに入れるのはためらわれて放置していたら片付け忘れていた。
こういう露骨な嫌がらせについては未羽以外には知られないようにしていたのに。
途端に秋斗と冬馬くんの空気が重くなる。
「…ゆき、どういうこと?何があったの?」
「落としちゃって。はは。」
「それで石灰まみれになるの?」
「せ、石灰も倒しちゃって。」
「水がかかってる時点で無理あるだろ。誤魔化すなよ。体育倉庫も鍵かかってたみたいだし。」
「雪さん、隠すのはよくないよ。」
詰め寄るのはやめよう、みんな!
「…分かったよ、話すから。とりあえず」
「「「とりあえず?」」」
「トイレ行かせて!!!!」




