一年合宿最後の夜にガールズトークをしよう(4日目)
宿に帰ってきてから、私たちはみんなで夕飯を取り、それから自室に戻った。
遊くんは「先生の目をくぐり抜けて男子が女子部屋に遊びに行く大作戦」を決行しようとしていたのだが、男女部屋の境である階段のところに見張りの先生が鬼のような形相で立っていたので、泣く泣く諦めていた。
「さっきまで散々一緒だったじゃん。」
「それとこれとは違うんだよ!なんつーかなー。男のロマンみたいなもんなんだよ!な、俊!」
明美の呆れ声に遊くんが自論を展開する。
しかし俊くんは4日間のお仕事に疲れ切っていたため、
「僕は…もう寝るね…。」
と秋斗に支えられながらフラフラと部屋に帰っていった。
「俊くん、具合悪いのかなぁ?大丈夫かな?」
こめちゃん、多分あなたの行動力5割、あなたの愛しの会長様5割の責任ですよ?
部屋に帰った私たちは風呂に入り、布団を並べる。
「じゃっじゃじゃーん!ここに茶道部女子第一回ガールズトーク大会を開催しまーす!ぱちぱちぱちぱちー!」
明美が張り切って奈良で宣言していた例のアレが始まる。
「…明美、やるの、それ?」
「もっちろん!!」
「こういうのは言い出した人からというのが定番ですわよ、明美!」
未羽がまず切り込む。
「京子、雨くんのこと実際のところどうなのー?」
「ぐっ。そこから来るわけ?嫌いに決まってんでしょ?近づかれて鳥肌立つレベルで嫌だもん!」
「でもさぁ、明美、雨くんに堂々と宣言された時にあの条件受けてたよね?」
私の攻撃に明美がうっと怯む。
「いやっ!あれは!あの時の状況から受けざるを得なかったんだよ!」
「そう〜?明美ちゃん、言われた時ちょっと嬉しそうだったよねぇ?」
こめちゃんが怯む明美に痛恨の一打を加えた。
「うっ…だ、誰だって、ああいう風に堂々と告白するって言われたら、ちょ、ちょっとは、ぐらっとくる、でしょ?」
「明美ちゃん可愛い〜!!」
「明美、満更ではないのですわね。」
「ちょ、ちょっとなんだからね!嫌い9割9分よ!本当だから!」
「半年後が見ものだねぇ。げへへへへ。」
未羽が笑う。
のはいいが、その笑いは女子としていかがなものかと思う。
「じゃ、じゃあ次は京子だよ!京子は?誰か好きな人いないの?」
「私はおりませんわ。毎日みんなと過ごすので満足しておりますもの。」
「そう?京子、東堂先輩は好きだよね?」
恋愛的な意味で、とは言ってないのに私の言葉に赤くなる京子は素直だ。
「そうだよねー!確かに京子、あの不審者事件の時にも、祭りの時にも、先輩のこと見てたよね?」
明美がつんつん、と京子の脇腹をつつく。
「く、くすぐったいですわ、明美!…あ、あれはっ、憧れですわ!私があの方をす、好きなんておこがましいですわ。」
「そうかなぁ?東堂先輩だって彼女欲しいって思ったりはすると思うよぅ?」
「え……東堂先輩は、彼女とかいらっしゃいませんの?」
私とこめちゃんは二人で顔を見合わせる。東堂先輩といえば、会長のストッパー、苦労人、お兄ちゃん、良識派。彼女のために費やす時間などあっただろうか?
「いなさそうだけど。」
「本当ですの?」
「そんなに気になるくらい好きだったら、アピールしちゃえばいいのに。」
未羽の言葉にみんなが頷く。
「闊達な先輩の隣にしとやかに立つ和服京子…。イイ!」
未羽の親指グッドサインが出ているのだからスチル合格なのだろう。
しかし京子は目をつむって首を横に振る。
「いいのですわ。あの方はそうやってアピールされる女性に囲まれているでしょう?遠くからそっと見られれば私の気持ちは十分なのです。そんなことより、幸せな恋愛といえばこめちゃんですわ!こめちゃん、付き合ってどうですの?」
付き合って一週間ほどのこめちゃんに標的が移動した。
「わわわ私っ?!」
「そうだよ、あの会長様の彼女でしょ?!よく考えられたら、春王、夏王、秋王子、冬王子の中で彼女持ちは春王だけ!その大注目の彼女さまの気分はどう?!」
「うぅ。よく、分かんないよう。私は目立つわけでもないから注目されることもそんなには…。」
「「「「いや十分注目されておりますがな。」」」」
「じゃ、じゃあ、注目されるってことよりも…は、春先輩の隣にいられることが嬉しい、よ?」
もじもじこめちゃんという可愛すぎる生き物がいる!
「それ、会長の前で言ったらおそらく聞いていた私たちの耳を潰しにかかりかねない…。いや逆に存在すら無視されてこめちゃんを抱き締めに行くのか…?」
「そういうお方なんですの?!」
私の言葉に京子が驚愕する。
事情を知っている未羽は深く頷いているが、二人には信じられないらしいのでここできちんと言っておこう。
「溺愛も溺愛。この合宿中にこめちゃんにかすり傷一つでもついたら、多分私と俊くんの今後は危うかった。俊くん、ずっと気を張り詰めてたでしょ?」
私の言葉に彼の今日の疲弊ぶりを思い出した二人があぁ…と深く納得する。よろしい。
「でもそれだけ愛されたら幸せですわねぇ!」
「ねぇ。こめちゃん、毎晩先輩にラインしてるでしょ?」
やはりみんな気づいていたらしい。
明美と未羽のコメントにあわあわして真っ赤になるこめちゃん。
「ううう、うん。ラインはね、もっとマメにするように…って。」
「「「「ひゅうひゅう!」」」」
「春先輩、1時間ごとに連絡くれるの。『怪我していませんか?』『迷子になっていませんか?』『変な男に絡まれていませんか?』『何をしていますか?』って。」
会長がストーカー紛いな気もしなくもないが、赤くなってちんまりするこめちゃんは大事そうにケータイを握りしめている。
それが今、離れたこめちゃんにとって会長とやり取りするツールだもんね。
「…こめちゃん、今どんな気分?」
「恥ずかしいよう!」
「じゃなくて、会長と付き合ってて、会長のこと想うとどんな気持ちになる?」
幸せ絶頂なこめちゃんは、どんな気持ちなんだろう?付き合いたての頃の気持ちなんて遠い昔に置いてきた。恋愛なんか怖い、嫌だ、辛いとマイナス面だけを見てきたせいで、プラス面を忘れてしまった。
「んーとね。春先輩のことを想うとね、こう、胸の奥がぎゅうっとなって、ど、ドキドキするの。一緒にいて笑ってもらえると、心があったかくなって、もっと一緒にいたいって思うの。優しい先輩の顔を思い出すだけで、幸せな気持ちになれるの。」
こめちゃんの素直な吐露に、部屋の空気が甘くなる。
「こめちゃん本当に幸せなんですわね。私もそんな恋愛をしたいですわ。」
京子が羨ましそうに言った。
「さてさてさてさて!!」
未羽の勢いが上がった!
「今、もっとも話題の人物は?」
「「雪 (ちゃん)(ですわ)ね!」」
「はぁ?」
「秋王子と冬王子の心をがっちりと掴んで放さないどころか新たなライバルまで増やしているという、話題の相田雪姫がここにおられるわけですわね?」
「野郎ども、これが聞かずにいられるかってんだい!」
明美さん、また人柄変わってますよー。
「「「「で、で、で?」」」」」
なんでみんな詰め寄るの?
「雪、今日恋愛する宣言をバッチリみんなの前でしちゃったわけだけど。」
そ、そういえば!!
「それで、今までは恋愛しないって言い切られてたからライバルに取られる心配はなかった王子たちが目の色変えてたわけだけど!」
それで未羽がクリティカルヒットを受けていたのか!
「誰が今の雪の本命なんですの?!」
怖いっす、お嬢様方!
「…だ、誰でもないよ、昨日ようやく進化したばっかりだもん…。」
「進化〜?」
「恋愛解禁のことよ。」
こめちゃんに返すのは未羽。
「でも、ドキドキ、とかはするのですわよね?」
「それは…するよ。」
「きゃああああ!いいね!雪!誰に一番ドキドキするの?やっぱりどんな危機にも駆けつけて雪のことを抱きしめて常に一番の愛を示す秋斗くん!?」
と、明美。
「それとも、基本紳士だけど、でもたまに積極的に攻めて、されど少年ぽい純情さを忘れない上林くん?!」
と、未羽。
「それとも、強引だけど意外と思いやりはありそうなあの空石雹くんですの?!」
と京子。
「落ち着いて、みんな!そもそも雹くんは出会って日も浅いし、彼は多分誤解してるだけだよ。」
「誤解?」
「そ。彼は、『女は恋愛対象』という括りでしか見られてないのよ。視野狭窄状態。多分彼は私のことが恋愛的に好きとかじゃないわ。」
そうなのだ。これは後から冷静になって気づいたことなのだが、早く誤解を解かなければならない。
「ふーぅむ。じゃあ、あの二人は?あれは明らかに恋愛でしょ?」
「うっ。…そ、それは…分かってる…けど。どっちにも、ドキドキするし、でもそれが恋愛として好きだからかって言われると、分からない…。」
ドキドキの種類が恋によるものなのか、何なのか分からない。
あまりに封印しすぎて私の恋愛感度は石化しているようだ。
恋したらドキドキするってよく聞くよね?
じゃあ他にどうなるの?
あれ。出てこない。
そう、自分の気持ちに素直になるのを決意したのはいいが、よく考えたら、私はどういう気持ちになったら相手を恋愛的に好きというのか分からない。実は前世で付き合ったのも、私の方は友達だとしか思っていなかった相手から告白されたからで、付き合ってから私の方が好きになってしまったというパターン。何にもない状態で相手のことを好きだと気づく瞬間がいつか検討がつかないのだ。
どういうきっかけで気づくものなんだろう?冬馬くんも分からないって言ってたし、きっと秋斗だって分かってない。
これは。恋愛する宣言したけど、気づかないで終わるパターンもあるのかもしれない、私の場合。
そんな私の内心での分析などつゆ知らず、他の四人は盛り上がっている。
「ドキドキ!いいですわねぇ!やはりさすがの姫も揺れてるんですわね!」
「え?」
「いやぁ、最初から見てるとさ、雪は『惑わされないぞオーラ』放ってたからねぇ。最近緩くなってきたなとは思ってたんだけど!ついに、か!」
秋斗や未羽や冬馬くんだけじゃなかった。みんな、気づいているもんなんだなぁ。それだけよく私のことを見てくれているってことだ。
「これからが楽しみですわね?」
「そ、そうだね…。いや、何事もなく終わる選択肢もあるんだよ?」
「「「「ありません (わ)!」」」」
そこは合わせるんかい。
「じゃあ未羽はどうですの?雪の近くでいつもかっこいい殿方ばかり見ておりますし、やはりそういう方が?」
「いんや?私は見る派。綺麗な男の子たちと雪がもじもじうじうじしていくのの観察が一番楽しい。」
「え、自分のは…?」
「全く興味ない。」
今までのどの返答より早くて明確だった!
あんたが一番枯れてるんじゃないの?
そのあとはみんなで遊くんの空気の読めなさや俊くんの苦労人ぷりを笑ったり同情したりして騒いだ。みんなの魅力を語る段では未羽が張り切りすぎて最後には声を出せなくなっていた。
そんなこんなで動乱の一年合宿を終え、私たちは日常生活の待つ学校に帰ったのだった。
帰りの電車?もちろん爆睡でしたとも。
これにて一年合宿編閉幕です。引き続き見守っていただけたらと思います。感想等いただけたら嬉しいですー。




