一年合宿の京都で最後の攻略対象者に会おう( 4日目)
いつの間にかブックマークが500件超えていました。本当にありがとうございます。まもなく100話ですがなんとか毎日更新ペースでさくさく行きたいと思います。頑張りますー
私は火照る顔をどうにか抑えてバスに乗る。秋斗以外の男の子と並んで乗り物で座るのは初めてだ。
中学と高校で体の作りがガラッと変わるのが男の子。女の子も変わるけど、男の子の方が変化が激しい気がする。秋斗を見ててそう思った。
冬馬くんも決して体つきががっしりしているタイプじゃないのに隣に座っていると少し肩を寄せなきゃいけない気分になる。そうしないシャツごしに肩に接触してしまう。
「狭い?」
「いやいやいや!違う。大丈夫!」
ふーふーふー。落ち着け。さっきので動揺しすぎ。
バスに集中しよう。
バスの押しボタンって、どのタイミングで押していいかいつも迷う。小さい頃は、次の停車駅が出ると同時にピンポーンって鳴らして「ふ。私が早かった」ってやるのが流行りだったけど、さすがに今の歳でそれはしない。あとバスで注目できるのは…前のおじいさんの頭くらいか?つるっとしてて、周りにキン斗雲みたいなふわふわした白髪が…まるで土星の輪っかのように…。
「相田。」
「なっ、なんでしょう?!」
「そんなに見ると穴があくぞ?…そんなに落ち着かない?」
あまりにも無邪気な笑顔を不意打ちで出してきたあなたに私を笑う権利はないと思います!
「べ!つ!に!」
つーんとそっぽを向くと、冬馬くんがまたおかしそうに笑う。
私精神年齢幼くない?私は通算37歳37歳…立派なアラフォー。そう、落ち着け。
「楽しみだな、出かけるの。」
自然に笑みが浮かぶ、といった様子で至近距離で優しい笑顔を浮かべる冬馬くんを気にしないのは難しい。
く。こうなったら、あえて訊いてやるか。
「冬馬くんはさぁ。」
「何?」
「なんで、その、私に興味もったの?」
冬馬くんはそれを聞いて、なんでだろうな、と返す。
「は?どういうこと?」
「きっかけが分からなかった。気づいたらって感じ。」
それらしい行動をした覚えはない。きっかけもゲームのせいなのだろうか。
「前に言ったろ?恋は気づいたら落ちてるもんだって。母さんの受け売りなんだけどな。…でも、少なくとも、一目ぼれってわけじゃないよ?」
「…それは、嬉しいような、嬉しくないような。でもあまり女子力の高くない中身を知っても言ってくれているという意味では嬉しい。」
そう言うと、冬馬くんはちょっと驚いた顔をする。なぜだ。
「初めて自分の感情を素直に言ったね。」
「基本的に自分に正直に生きてるけど?」
恋愛を除けば、だが。
「いや、頭の中で色々思ってても、相田って外にほとんど出そうとしてない気がする。隠しきれてなくて出てる分は別として。」
読み取れるのは私の思考パターンを熟知している秋斗以外では読心術の得意な未羽や冬馬くんだけだと思う。
「そういうの、ある程度言ってった方が他のみんなも相田のこと分かるんじゃない?相田はどこか壁みたいなの作ってる感じして、近寄りがたいって言えば近寄りがたいところあるから。」
私は思わず少し目を見開いて彼を見てしまう。
意外と気づかれているもんなんだなぁ。
「相田が正直に何でも話すのって横田の前くらいだろ?次点が新田かな。今のところは。」
「今のところはって。」
「その座はそのうちいただくって意味。」
冬馬くんがにっと幼い男の子が笑うように笑った。
この人攻めるモード入ってから緩急自在の奇襲攻撃ラッシュが止まらないんですけど!
祇園の駅に着く。
駅に着いて辺りを見ても、当然まだ未羽たちの姿は見えない。
「まだ来てないみたいだね。」
「あ、そこの綺麗なお嬢さん。八つ橋いかが?うちのは元祖なんだよ!全部手作りさ!食べてってちょうだいよ!」
近くの八つ橋のお店で声をかけられ、生八つ橋を差し出される。
八つ橋は皮が好きなのでいただいて、ぱくり。
「美味しい!」
「そこのお兄ちゃんも!」
同じく受け取った冬馬くんも食べて、美味いな!と漏らしている。
「そうだろうとも!お二人さんは制服だから修学旅行の生徒さんかい?」
「「そうです。」」
答えるとお店のおばちゃんがにやっと笑う。
「さしずめ修学旅行の自由時間ってとこかいね。二人だけで抜け出すとはやるじゃないか!」
うん?
「ち、違います!私たちはそんなんじゃ!」
「おや?カップルで抜けたんじゃないのかい?」
「友達とはぐれちゃったんで、待っているとこなんです!ね、冬馬くん?」
振り返ると、冬馬くんが頰を染めていた。
こら、普段あれだけ攻めるくせに他人にからかわれたくらいで純情少年モードにならない!こっちも照れちゃうから!
「え、あ、ごめん、ちょっと嬉しくて。はい、たまたまなんですよ、残念なことに。」
「青春だねぇ!」
冬馬くんと私を見比べてけらけら笑うおばちゃん。
流れを!流れを変えなければ!
「あ、あの!生八つ橋ください!こしあんのと皮のやつを!」
「あいよ!」
商売上手なおばちゃんは一枚も二枚も上手だった。
八つ橋購入後は駅のベンチで二人で座って待つ。やれやれだ。
未羽がおそらく私に盗聴機とGPSを忍ばせているのでそれほど苦労せずに会えるだろうと思ったのに、なかなか来ない。こめちゃんが祭りで流されすぎたのだろうか。
冬馬くんがトイレに立ったので、一人でぼんやり辺りを眺めていると、何やら一際キラキラした存在が見える。
嫌な予感がする。
乙女ゲーム転生に気づいて早7ヶ月。この直感が外れたことはないが、三度目の正直どころか八度目の正直を期待したい。
しかしその存在はこっちに向かって歩いてくる。
気のせいだ、絶対気のせいだ。
私は駅のベンチと一体化しているはずだ。そうだ、そこにある自動販売機の仲間なんだ…!
「そこのあなた。」
「…。」
見てはならない。聞いてはならない。
「聞こえてるんですよね?君恋高校の生徒さん。」
さすがに無視できなくなり、そっちを見ないまま「なんでしょう?」と尋ねる。
「人に物を尋ねる時は相手の目を見るものなんじゃないですか?」
くっ!正論だ!
仕方なしにそっちを見やると、白髪に色素の薄い水色の目の儚げな美少年がいた。それこそ秋斗や冬馬くんや太陽と並び立つレベルの。
間違いない、攻略対象者だ。
見たことない顔だが、でもどことなく見覚えがある気もする。
「あなたは、君恋高校の1年生で間違いないですか?」
学年まで分かったのはおそらくリボンの色のせい。女子はリボン、男子はネクタイだが、1年生が赤、2年生が青、3年生が緑と決まっている。
「はい。あなたは?」
「俺は天夢高校1年の空石雨と言います。」
これが!!!あのケダモノっていう?!
儚げ美少年なのに?!見た目とのギャップがものすごい!もっと、こう、流し目にニヒルな笑顔を浮かべたチャラチャラした人を想像していた。
しかし、確かに色と言葉遣いが違いすぎるだけでよくよく見れば顔立ちはあの空石雹とそっくりだ。
「相田!」
トイレから帰ってきたらしい冬馬くんがこっちにやって来て、空石雨を見る。
「あなたは誰ですか?」
さりげなく私を後ろにやりながら彼も同じことを訊く。
「俺は天夢高校1年、空石雨です。」
そして冬馬くんも驚いたようで、「もう一人の皇帝…?これがあの?」と呟く。
「相田…ということはもしかしてあなたは相田雪さんですか?」
「はいそうです。」
「雹の彼女の?」
「いいえ違います。」
私の即答を無視して冬馬くんに向き合う空石雨。
むしろそこは突っ込め!
「それであなたは?」
「俺は上林冬馬。相田と同じくそっちに一時編入していたよ。」
「あぁ。雹に聞きました。」
「それで私に何を?」
ここで何をしている?とかなんでここにいる?とかこれはイベントか?とか気になることは色々あるが、それは後で未羽に訊けばいい。
「前だったらあなた自身にお声かけするところなんですけどね、」
結構です!
「あなたには訊きたいことがありまして。あなたは武富士明美さんをご存知ですか?」
明美のことか。
「いいえ、知りません。うちは1年生だけで600人もいますから同じクラスでもないと交流はありません。」
「そうですか…。」
冬馬くんも私の意図が分かったのか突っ込まない。
空石雨ががっくりと肩を落とした時にちょうどやってきた人物がいる。
「雨!!」
「結人。」
「鮫島!」
駆け寄ってきた侍系イケメンに空石雨と上林くんが同時に声をかける。
「あれ、上林?なんでお前がここに?」
「お前こそ。俺らは修学旅行で友達とはぐれたんだよ。」
「俺たちも雹たちとはぐれて…というか、あいつが勝手に道行く女性から逃げて走っていったせいでルートから逸れたんだ…まぁ多分斉がついてるから大丈夫だとは思うが。」
こっちもか。
「それでここで待ち合わせを?」
頷く天夢の二人。
まずい、このままでは鉢合わせしてしまう。
「ごめん、用事を思い出した。ちょっと電話を。」
冬馬くんも同じことに気づいたらしく「俺ここにいるから」と言ってくれる。
「待った!」
冬馬くんが止める間もなく歩み寄って私のケータイを奪い取る空石雨。
「返して!」
彼は私の言葉を無視し私の携帯にふ、と目をやると「やはり。」と呟いた。
「武富士明美さん、着信履歴にありますよね?なんで知らないとウソをついたんです?」
ばれた!!
冬馬くんがケータイを取り戻してくれるも、空石雨は鋭い目で私を睨みつけたまま私の手首を離さない。
「それは…明美が嫌がっているからよ。あなたのことを。」
空石雨はそのこと自体は分かっているのか、それほど動揺もせずに続ける。
「彼女はあなたたちと合流するためにここに来るんですか?なら俺もここで待ちます。合流できるまであなた方についていきます。」
これ以上なく迷惑です。
「明美はあなたのことを嫌がっているわ。もう近づかないで。」
「なぜ?」
その美しい顔に疑問を浮かべる彼は本気で分かっていないらしい。
ここははっきり理由を言ってやらないと彼は明美につきまとい続けるだろう。
「なぜ?って。あなたの、その日頃の行動のせいよ。女性にだらしがない、その行動の。普通の女の子でも嫌よ、誰彼構わず、な人なんて。…特に明美は潔癖なのよ。だからそういうのを人一倍嫌がるんでしょうね!」
私の言葉にはっとする。
「それの、せいで…彼女が俺のことを避け続けている…?」
「そうよ!分かったら離して?」
掴まれた腕を振り払おうとした時だ。
「雪の腕を放せこの淫魔!!!」
ぼこっ!
いい音がして空石雨が吹っ飛ばされた。
あまりこのことに鮫島くんと冬馬くんも固まっている。
私の前には走ってきた様子の明美が怒りで顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。




