一年合宿の京都では祭りに巻き込まれよう (4日目)
次の日の4日目。
私の班の女子は全員寝不足だった。
昨夜、未羽と部屋に戻ったらみんなが起きていたのだ。
「え、なんでみんな…。」
「雪ちゃん〜!!」
こめちゃんは再度号泣して抱きついてくる。
「雪のばか!あったりまえでしょ!雪の無事をこの目でもう一回確認しないまま寝られるわけないじゃない!」
「そうですわ。でも大丈夫そうで本当に良かった…。」
「みんな…。」
そこでみんなで泣き、泣き疲れて寝るという始末。
結果の寝不足だ。
「こめちゃん、顔、すっげーなー。」
「わ、分かってるよう!」
何度も号泣したこめちゃんは完全に顔が腫れてしまい、洗顔しようが何しようが治らなかった。
「遊くん、本当にデリカシーないわねっ!」
しょんぼりしたこめちゃんの代わりに明美が遊くんを叩き倒した。
「きっと昼過ぎぐらいには治るよ。元気出して?」
「増井がそんなになるっていうのは、それだけ相田のことを心配してたってことだろ?」
俊くんと冬馬くんの言葉に、うん…と頷くこめちゃん。
「こめちゃんの顔が戻るまでは写真はお休みっと!」
秋斗がカメラをしまう。
「それより雪さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫。俊くん、ありがと。擦りむいたくらいだから。」
「あれだよなーあの子がぶつかってきたんだろ?夢城さん、だっけ?」
まずい、遊くんにもそういう風に言われているとは。
「違う違う!夢城さんは被害者なんだよ実は!割り込んできたおばさんアタックに耐えられなかっただけ!」
「そうなんですの?」
「うん!噂で色々言ったら大変なことになっちゃうし、みんなも聞かれたらちゃんと真実を伝えてくれると嬉しいな!」
「そうだったのかぁ!よかった!さすがにここまでする子じゃないと思ったし。」
俊くんがほっと息を吐いて笑顔を見せる。
「じゃ、そろそろ行こうよ。時間、私たちだけ2時間遅れなんだからさ!」
未羽の声で全員が移動する。
今日は自由行動日。私たちは定番の祇園に行くことにしていた。
「昨日お土産買えなかったからね!張り切っていこー!!」
明美が盛り上げてくれる。
「うん!」
「まずはバス移動だね〜。」
「あ!バス来てっぞ!!」
「えええ!急がないと!」
こめちゃんと遊くんを筆頭にダッシュする明美たち。世話役俊くんや秋斗も慌てて続いていく。
一番楽しみな自由行動時間が既に削られていることに慌てていたらしい。
「駆け込み乗車は危ないよ!」
「待った!それ逆だぞ!!」
え?
ぷーん。ぷしゅー!
バスのドアの閉まる音が間抜け!と言っているように聞こえるのはなぜだろう。
ドア越しにみんなの唖然とした顔がこっちを見ているがバスは構わず進み始める。
えええええ!!
取り残されたのは危ないからと止めようとしていた私と、冷静に行き先を確認していた冬馬くん。
冬馬くんがケータイを出し、パシパシとラインをし始める。
「あれ、逆方向なんだよね?」
「うん。ま、次のバスで戻ってくるらしいから、待っていよう。」
「そうだねー。」
しかしそんなに甘くはなかった。
「はぁ?!祭りに巻き込まれたぁ?!」
『そうなの!バス停に着いて、逆サイドで待ってたんだけど、その間にこめちゃんがトイレに行ったの。そしたら、途中で祭りの行列が来てて、こめちゃん小ちゃいからそのまま人混みに紛れて…!』
「誰か一緒じゃないの?!」
『未羽が付き添ってたから未羽が一緒!秋斗くんと俊くんが血相変えて探してる!』
そりゃあ命の危険がありますからな。
「ケータイに連絡は?」
『多分未羽がこめちゃん確保してからしてくると思うんだけど、人が多くてなかなか音に気づけないみたい!』
明美からの電話も確かにざわざわと雑音が入って聞きとりにくい。
『こうなったらこめちゃんと未羽回収してから祇園に行くから、二人は先に行ってて!そうだな、駅で待っててくれればいいから!』
「分かった!」
「何だって?」
電話を切って冬馬くんに経緯を話すと、彼も「あり得る…」とため息をつく。
「なんか俺たちの合宿って最後まで普通には終わってくれないんだな。」
「そうだね…。」
これはゲーム補正とかじゃなくて単にこめちゃんという人が巻き起こす旋風だろう。
「それじゃ、言われた通り先に行くか。」
「そだね。」
二人で祇園行きのバス停に移動し、バスが来るまで待つ。
…………。
こないだから目を合わせようとしない冬馬くんと二人は大変気まずい。
いや待て私!これは仲直りのチャンスじゃないか!昨日進化した私にとって、ここはきちんと真摯に謝って気兼ねなく笑いあえるようになる最初のステップ!
そう思って恐る恐る彼の方を見上げる。
「あの、さ。冬馬くん、この前のことなんだけど。」
「ごめん。」
言い出した途端、いきなり頭を下げられた。
「…えっと?それは私のセリフじゃ。」
「違うよ。俺のセリフ。別に相田は悪くない。一昨日、昨日と相田を避けまくったのは俺だから。」
「か、顔あげてよ!あれは私があまりにもはしたない姿を見せてしまって幻滅したからで」
「違う!…その……ただ後ろめたかったんだ。あれ見てから、俺、相田の…そういうの想像しちゃって…そしたら相田の顔見られなくて。」
ようやく上げた顔を羞恥に染めて、申し訳なさそうに申告する冬馬くんは握りこぶしを固めたまま地面を睨みつけている。真面目な彼は自責の念で押しつぶされそうなのだろう。
しっかし、それは健全な高校生男子としては仕方のないことなのでは?
いやこんなことを考えてる時点で発想がおばさんな気もしないでもないけど、一応大学生男子の生態を見たことのある私としては彼を責めることはできない。
むしろ健全な青少年にそんなきっかけを与えてしまった私が圧倒的に悪い。
「それ、悪いのは私で、冬馬くんが自分を責めることないから。気にしないでもらえると嬉しいかなーとか。」
「できなかったんだよ、気にしないでっていうのが。昨日一日努力したんだけどな。…意識しないようにすればするほどドツボにハマって…それで昨日相田があんな目に遭ったのに俺、咄嗟に動けなくて。もっと自分が嫌になって。こんな状態早くやめないと、と…。」
「もういいから。あんなに離れてたんだし、冬馬くんがこっちに来てくれても現実的に見て間に合ってなかったよ。それにさ、本当に、あんな格好で寝てた私がどう見ても悪いんだから。冬馬くんが自分をそうやって責めてると私も解放されないの。だからさ、私が何か償いするから、それでもうチャラにしてくれない?」
「俺の記憶は消せないんだけど…つまりその。」
「考えてしまうことは諦めてくださいお願いします。でもそれを責めるのはもうやめて?ほら、何かリクエストない?私にできることなら!」
努めて明るく言いながら彼の顔を覗き込んで申し出てみる。
顔の赤い彼を間近で見るのは初めてだけど、可愛いな。いつも余裕そうに笑っていることが多いから余計なのかな?
冬馬くんはちょっと考えて、それから「じゃあさ」と控えめに言ってきた。
「なになに?踊りを公衆の面前で披露して笑い者になれとか、歌をアカペラで全校生徒の前で歌えとか、後から思い出したら道の真ん中で叫び出したくなるくらい恥ずかしいことでも頑張るよ!!」
私の気合の入り方にぷっと笑う彼。
「そんなこと頼んで俺にメリットないから。…あのさ、俺の誕生日…12月12日なんだけど、相田の時間、1日くれない?」
えーと、それは。
「二人で?ということ?」
「そう。だめかな?」
…つまりデートのお誘いですか?
今度はこっちが赤くなる番だ。
「相田に祝ってもらいたいんだ。新田だけとか、ずるい。」
ずるい?あ、秋斗のプレゼントのことか!
「え、と。その、そんなことでよければ。」
答えると、意外にも彼は目をまん丸にして一瞬間が空いた。それから
「本当か?!よっしゃあ!!!」
といきなりのガッツポーズ。
「き、期待されてもそんな大したことできないよ?」
それでも冬馬くんはにっこにこ。いつもの3割増の無邪気な笑顔で、言ってくれた。
「いいんだ。相田が俺と二人きりで遊びに行ってくれるだけで、十分なプレゼントだから。」
やっばい可愛い。未羽じゃないのに鼻血が出そうだ!!!




