一年合宿の京都でレベルアップ宣言をしよう (3日目)
その後はもう大変だった。
明美と京子と、特に私が落ちるところをばっちり目撃してしまったこめちゃんには号泣して抱きつかれるわ、俊くん遊くん冬馬くんには真剣に心配されるわ、先生たちが駆け寄ってくるわ、お寺の責任者の方が平謝りしてくるわ、お寺が一時立ち入り禁止になるわ、工事会社のお偉いさんが賠償の話を持ち出してくるわ。
お母さんたちが迎えに来るというのは断固として拒絶した。
「お母さん、心配かけてごめん。でも私、本当にどこも怪我してないの!お願い!あと1日と少しだし、合宿を楽しませて?無理しないから!」
電話で1時間以上両親と交渉し、工事会社のお偉いさんが両親に直接謝罪に行き、私はこちらで合宿を続行することを納得してもらった。
そのまま宿に戻ろうとしたのだが、四季先生が病院に行くよう言ったことがきっかけで未羽と秋斗がそれを推して譲らなかった。
「平気だよ!宿に帰って…」
「何言ってんの、ゆき!!だめ!」
「そうよ雪、絶対一度は病院に行け!!」
体の打ち身や秋斗が掴んだ時に出来た腕の青あざはあるが、前世武道をやってた時の方がひどく痛めたことがあったという程度。打ち身と擦り傷だけなのに、過保護具合がバージョンアップしている二人に勝てず病院に送られることになった。
当然検査やら入院やらもなく処置を終えてもらう。
「本当に平気ですか?どこも打っていませんか?頭とか…。」
「ありがとうございます。でも大丈夫です!本当に!」
解放されたのは深夜になってから。
ようやく宿に帰ってくることが出来た。ずっとぴったり寄り添っていた未羽と、私を抱えて離さなかった秋斗もこの時間にようやく帰れたことになる。
先生が、夕食を逃した私たちに買ってきてくれたおにぎりを食べたあと、部屋に戻る前に秋斗にもう一度お礼を言っておいた。
「秋斗、秋斗がいなかったら、私ここにはいなかったよ。本当にありがとう。」
「お礼言われることじゃないよ。でもゆき、頼むからもう二度とあんなこと話さないで?」
「あんなこと?」
「人生とかなんとか?あれ、あの時一瞬遺言に思えたから。」
タイミングが悪すぎたようだ。
「分かった。心配かけてごめんね?」
「ゆき、よく休んでね。未羽ちゃん、ゆきのことお願い。」
未羽は黙って頷く。
秋斗と別れてから、部屋に戻ろうとする未羽を止める。
「未羽、ちょっと話したいことがあるんだ。」
異様に口数の少ない未羽と人のいない廊下の奥の従業員出入り口の近くまで歩く。もう消灯時間はとっくに過ぎているから、生徒はいない。
「未羽、夢城さんに怒ってる?」
「怒ってるなんてもんじゃない。ずっと、どうやって社会的に抹殺してやるか考えてた。」
「未羽、あれは事故。本当だよ。夢城さんがそれに見せかけて倒したわけでも、私が彼女を庇っているわけでもない。」
未羽はちょっと唇を噛んでから言う。
「…私、あんたがいなくなるって真剣に考えたことなかった。今でもほら、あの時のこと思い出すと、膝が笑っちゃうの。」
未羽の膝が小刻みに震えている。
「だからさ、例え直接的にはあの子のせいじゃないとしても、許せないんだ、私。」
俯く未羽。
それじゃダメだ。思うツボだ。
「未羽!」
突然の私のキリッとした声に未羽が顔を上げる。
「私、相田雪は今ここで自らがレベルアップすることを宣言します!!!」
「…雪、あんたやっぱ頭打ったんじゃ?」
「違います。考えてみてよ?今日のは明らかに、ゲーム版での崖突き落としイベントの代わりでしょ。」
未羽がはっとする。
「工事の責任者の人が先日ここを点検したばかりで、しかも問題はなかった、おかしいおかしいって頭を捻ってたの。女子高生一人や二人の体重が支えられないわけないんだよ。」
つまり。
「ゲーム補正…。」
「そう。はっきりしたのよ。今このゲームでの主人公は私。そして悪役は夢城さん。彼女はあの通り魔事件の時以来、一度も何かしらの接触をしかけていない。昨日の水場での事故も、今日のも彼女は否応なしに巻き込まれただけ。悪役というポジションだから。ゲーム補正で私たちの役割は入れ替わったのよ。…だったらさ、ゲーム補正を越えた補正を私が起こせばいいの。」
「どういうこと?」
「ゲームが絶対予測しない動きをしてやる。そのために未羽にも秋斗にも協力してほしい。」
「それは?」
「夢城さんに敵意を向けないで?仲良くしろとは言わない。私もするつもりはない。でも、みんなに敵意を向けられて追いやられるのが悪役なんでしょ?」
「まぁ、そうだね。」
「他にもゲームをかき乱す方法はいくつか思いついてるし、それを実践してやる。もう無理なゲーム補正で周りの人が巻き込まれるのは嫌なんだ。」
今日のだって、もし場所が違ったらみんなを巻き込んだかも。もし運が悪かったら秋斗まで一緒に落ちていたかもしれないのだ。
未羽は納得いかない、というように黙っていたがようやく言葉を発する。
「じゃあ、主人公の雪は恋愛どうするの?このゲームには、全員との友情エンドなんてないんだよ?」
「だから?」
「え?」
「なかったら、作ればいい。」
「…誰とも恋愛するつもりないってこと?」
私が目を瞑って首を横に振ると未羽が訳がわからないという顔でこちらを見る。
「素直に生きるの。…今まではね、ちょっと秋斗や冬馬くんにドキッとしたら、これは動物的本能により、魅力的なオスがいることでアドレナリンとかが脳内で放出されて交感神経が昂ぶっているんだ、だから動悸がしたり熱くなったりするんだって思ってた。」
「…あんたそんなこと考えてたの?」
呆れ顔の未羽。
「未羽には最初に、勉強がしたいからゲームを避けたいって言ったよね。それから前世で恋愛で嫌な思いをしたからって。それは嘘じゃないよ。でもそれらはメインじゃない。…怖かったんだ。逆ハーなんて現実にはありえない。恋愛は一人とするもの。でも一人を選んだら、あとのみんなは私から離れていってしまってこの楽しい関係は崩れちゃうって思ってたから。…でもね、秋斗に教えてもらったの。別に一人を恋愛的な意味で選んでも、他の人とのそれまでの関係がなくなるわけじゃない。死んだってさ、こうやって転生して、前世の人間と会えたり出来るわけでしょ?だったら現世で、しかも相手が生きてるのに一生会えなくなるわけじゃないって。」
「雪。」
「だからね、素直に生きるよ。誰かのことを好きかもって想う気持ちを否定しない。それが恋愛的な意味であれば、今度こそちゃんと向き合う。今後そういう風に思うことがなければ、全員と友達で居続ける。ゲームのエンドなんて知るもんか。これまでだって、ゲームの進行よりもずっと前に起こるはずのないイベント類似のことが起こってたりしたでしょ?変えられるはずなのよ。」
私が未羽をじっと見ると未羽はまた尋ねる。
「ツッコミもやめるの?」
「なんでそうなるの!あれは無理してたわけじゃないし!素直な感情だもん。レベルの上がった雪さんは、今まで以上に積極的にみんなと関わって、そして恋愛に対して頑なだったところを改めようと思うわけですよ!」
どやっと胸を張ると、今度こそ未羽がふっと笑った。
「…分かった。私はあんたの親友だよ。あんたの味方になるし、協力する。あんたが道を外さない限りね!」
「これまで盗聴やらストーカーまがいやら道を踏み外しまくってた人が何を言う!」
「それはそれ!これはこれよ!ふふっ!面白くなってきたなぁ!恋愛禁止の壁を壊した雪にアタックする二人は、果たして雪の心を掴めるかなぁ?あ、三人か?ふふふふ。」
深夜にもかかわらず、二人で声を出して笑った。




