一年合宿の京都で現世最大の危機に遭おう(3日目)
評価等ありがとうございます。 若干重めの回その2になります。
ここで声を大にして300万回くらい主張したいのですが、このお話はフィクションです。ここに出て来る地名・場所及び出来事等は現実世界とは全くもって関係ございませんので、ご了承の上お読みください。
最後の目的地はあの有名なお寺。名所だから改修工事中なのに人が多い。みんながあの有名な舞台を見に行く。
「これが、あの有名な場所なんだね~!」
「こめちゃん!そんなに乗り出したら危ないよ!!」
「さすがに高いですわねー!」
「ひぇ~!上林、一緒にいてくれよ?俺、高所恐怖症なんだ!」
「はいはい。」
「おー高い高い。すごーい。あっちの方までよく見えるー。」
「未羽、言葉が棒読みよ…。」
みんなが思い思いに舞台の一番端のところで風景を眺めている。
私は前世でも行った事があったし、舞台に至らない端の通路側のところでそんなみんなの様子を見ている。かなりの人数が行き来しているせいで、通路の方は大分人でごった返していた。そしてこれだけ人がいればマナーが悪い人だって当然いる。
「あ、あのおっさん、今列抜かした!」
傍にいた秋斗がむっとした顔をする。
「そーゆー人もいるよ。気にしてたら身がもたないって。ばちが当たるって思っておけばいいんだよ。」
私から一人挟んで斜め前にいるのは夢城さんだ。
列に並んでいた彼女は私たちのすぐ前のあたりで次の順番を待っていた。
その時だった。
無理矢理割り込んできたおばちゃんがものすごい勢いで夢城さんにタックルした。
華奢な夢城さんは当然その勢いに負けて、吹き飛ばされ、倒れた。こっちに向かって。
夢城さんが倒れると、その後ろにいた人も倒れて、そして一番端にいた私までその圧力を食らった。
「おっと!」
通路側はまさに工事中のところで、工事用の鉄パイプ等で組まれた足場と手すりしかなかった。その工事用の手すりに体重をかける形になる。
ぐらっ。ガタン!
「え?」
体を支えていたはずの工事のための手すり、それが、あっけなく取れた。
踏ん張っていたはずの支えがなくなって全身の血がふわっと浮くような感覚がする。
「…うそ」
秋斗がすぐそこで目をまん丸にしているのが分かる。
一瞬が永遠に感じる。
全身の血が上がってぞわぞわする、死を前にした浮遊感に対するとてつもない恐怖。確固たる支えのないままに宙に放り出されることへの絶望。
前世で最期に感じた感情と同じだ。
目の下には、高い木々が生い茂っているのが分かる。先に落ちていった手すりがもう、あんなに小さい。
あの舞台と同じ高さにあるここから落ちたら、きっと助からない。
やだ、私、また死ぬの?
ここの人生で、まだまだやりたいことあるのに?
殻に閉じこもるのはやめて、今を精一杯充実させようって決めたのに。
せっかく周りの人ともっと積極的に関わろうって決めたのに。
ごめんねもありがとも、楽しむことも悲しむことも。
そして人を愛することも。
いっぱいいっぱい。
まだまだこれからなのに。
嫌だ。死にたくない。
引きこもってばかりの人生のままで終わるなんて嫌だ。
「ゆきっ!!!!!」
がくん、と落下が止まり、体が足場にぶつかる。急激に止められたせいで、腕に摩擦がかかったのかじんわりと痛い。
「つっ!」
落ちていく私の腕をかろうじて、秋斗が掴んだらしい。
秋斗の手が食い込む痛さで正気に返る。
「絶対離さないから、諦めないでよ、ゆき!!!今諦めたら俺、一生怒るし恨むからね!!」
真剣な顔の秋斗がギリ、と奥歯を噛む音が聞こえそうなほど歯を食いしばっている。
「う、うん!」
なんとか片方の手を近くの足場のところに捕まらせるが、手に汗が浮かんでいて滑る。
「おい!早くしろ!男の子を引っ張れ!」
「君!その手もこっちに伸ばせるか!?」
周りの人たちも一緒に私の腕を引っ張り上げてくれる。
下を見たら多分力が抜けてしまう、考えるな!何とか力づくでしがみつかないと!
「はぁ、はぁ、はぁ。」
ブラウスが泥と埃まみれになってしまったが、なんとか、通路まで戻って来られた。
「ゆき!!!」
這いつくばって私を止めた秋斗がすぐに通路の端から私を安全な場所まで引っ張り、ぎゅうっと抱きしめた。
「……怖かった。ゆきが死ぬかと思った。本当に。」
言葉が出ない。
すぐそばを見ると、ごめんなさいごめんなさいと繰り返す夢城さんがへたりこんでいた。
彼女の方を振り返った秋斗が私を抱きしめたまま激昂して叫ぶように糾弾した。
「押したのあんただろ!?」
ふるふると、弱弱しく首を振る夢城さん。その眼に浮かぶのは、恐怖…?
もしかして、これは。
「あんたのせいで、ゆき、死にかけたんだ!!!」
「ち、違う…私は押されて…」
「俺、あんたを絶対に許さない。絶対に。」
殺気立っている。
秋斗、違う、夢城さんは押されただけだよ。彼女がしようと思ってしたんじゃない。
言いたいのに、なかなか口が動かない。
私が落ちかけたことに気づいたみんなもすぐに人をかき分けてこっちにやってきた。
未羽がつかつかと歩いて来て、ぱぁん!と夢城さんの頬を打った。
「さいってぃ。次に雪に手ぇ出してみなさい。私があんたを殺してやる。」
未羽の顔には逆に表情がない。
だめだ、だめだよこれじゃあ、ゲームの思うつぼなんだ。気づいて、未羽。
「み…未羽、やめて。」
「雪」
やっと声が出た。
「…違う、夢城さんじゃない。さっき、見えたの。夢城さん、割り込んできた他の人に押されて倒れただけ。…責められるべきじゃない。」
私はなんとか顔面蒼白でごめんなさいごめんなさい、違うのと呟く夢城さんの方を向く。
「分かってるから、とりあえず、向こう行ってて。今、多分冷静に話せないから。」
夢城さんは、目に涙をいっぱいためて、なんとか立ち上がると木本さんに支えられてその場を立ち去った。
「ゆき」
「本当、夢城さんじゃない。割り込んできた人が彼女にタックルしただけ。庇ってるわけじゃない。その人の特徴言えるし。」
群衆が、自分じゃないかとぎくり、とする。無理矢理押していたことに誰もが身に覚えがあるらしい。
そんなことよりも。
立ち上がろうとしても膝から力が抜けて立ち上がれない。
人間、本当に力が入らなくなるってあるんだね。
夢城さんの無実を訴えなきゃと思ってなんとか出した声も、もう、震えて出ないや。
私、死にかけたんだ。
実感がわくと余計に動けなくなる。
秋斗の体にしがみつく。秋斗の体の温かさが、私に自分が生きていることを伝えているようで、思わず力を籠めて縋り付く。
「あ、あきと…わ…私…生きてる…よね?」
「死なせるわけない!」
早鐘のように打つ秋斗の心臓が、彼がその時いかに恐怖を感じたかを伝えてくる。だけどそれが、逆に私が生きているという実感を与えてくれた。




