一年合宿の京都で古の空気に触れよう (3日目)
話が重めです。苦手な方はご注意をお願いします。
目的地に着いた。
「本当にキンキラキンだなぁ!」
遊くんが嬉しそうに言っている。観光客は意外にも日本人よりも中国人の方が多い感じ。やっぱり向こうでも有名なのかもしれない。
実際に歩いてみると敷地はそんなに広くないのに、それでもみんな労力をかけて見に来るんだよなぁ。それは見に来る価値があるからだろうか?
恋愛と同じ?
労力をかけて、何かをそこから得ようとする。
恋愛って、何を得られるんだろう?何のためにするんだろう?
幸せになるため?充実した幸せな人生を送るため?
誰かと繋がりを持つことで本当に幸せになれるの?
誰かと会ったら、必ず別れが来る。
前世の「私」は「相田雪」じゃない。でも前世の「私」も私。前の人生でそんな「私」には大事な人がいっぱいいた。でもある日唐突に、強制的に、その人生を終わらされた。「私」も前世の未羽も、女子大生または女子高生というあまりに短い期間しかその人生を過ごせなかった。前世で残してきた両親や兄弟、友達は「私」がいなくなってどう思っただろう。やりたかったこと、やり残したことなんて数えきれない。でも、どんなにお礼が言いたくても、謝りたくても、そこで出会った人とはもう会えない。あっという間に奪われたものたちについて思い出すと吐きたくなるほど辛くなる。寂しさで胸がかきむしられる。転生に気づいてからすぐは日ごと鮮明になっていく前世の記憶に毎夜魘された。
だからいつもはそれらを押し込めて固く蓋をしている。現世を生きていくうえで邪魔になる感情は思い出さないように。水を差されないように。
でもそれらはこうやって楽しく過ごしているときにふっと出てきて「なんでみんなと仲良く過ごしてるの?どうせいつか別れちゃうんだよ?それがどれだけ辛いか、あんたは分かっているでしょ?」って、囁く。
それがいつも私を臆病にする。恋愛どころか、人と仲良くなることすら、怖くなる。
人と近づきたくない。自分の中での相手の距離を近づけたくない。
近づけば近づくほど、失われた時のダメージは大きいから。
「ゆき?次、八代将軍の方に行くって!」
「あ、うん!」
次に移動したのは、八代将軍の方。噂ではギンギラギンにしたかったのに足りなかったとも、あえてこうしたのだとも言われているお寺。でも、私はこのままでよかったと思う。落ち着いた雰囲気のお寺の周りの小さい庭園も好きだ。
日本史好きのこめちゃんはこのお寺の由来やら何やらについて未羽と冬馬くんに熱弁をふるっていた。遊くんは俊くんを誘ってお守りとかを見にいき、明美と京子もそれについていったようだ。
そんなみんなから少し物理的に距離をとってみると、自分だけ違うところにいるみたいな、フィルターごしに世界を見ている気分になる。
この世界ってゲームが元なんだよなぁ。
いっそゲームだったらよかったのに。
ゲームだったら、いつでもどんな時でもみんなは近くにいてくれる。電源を入れれば笑ってこっちに話しかけてくれる。
いなくなったりしない。失うことはない。
「ゆき?」
そんなことを考えていたら近くにやってきた秋斗が声をかけてきた。
「ゆき、今日元気ないよね?どうした?なんかあった?」
秋斗も敏い。
現世になって、ずっと一緒にいたもんね。
もし、そんな秋斗がいなくなったら?
考えただけで辛い。そんなの絶対に嫌だ。
秋斗は、ずっと私の傍にいてくれる?私がお願いしたら、ずっといてくれる?
じゃあ未羽は?冬馬くんは?こめちゃんは?俊くんは?他のみんなは?
現実世界に永遠なんてない。いつかは失ってしまう。
それだったら最初から自分にとって大事だと思うような関係性は築きたくない。自分の周りに壁を張って、そこに閉じこもっていたい。誰を失っても傷つかないように。
私の表情を見た秋斗が本当に心配そうに覗き込んできた。
「ゆき。調子悪いの?昨日ので風邪ひいた?」
「違う、大丈夫。ほら、京都だからさ、古の空気に触れて、いろいろ考えちゃった。」
てへっと笑ってみせる。
「幸せな人生って、何なんだろうなって。」
秋斗は私をじっと見てから、口を開いた。
「俺もよく分かんない。そりゃさ、分かるわけないよね。まだ16年しか生きてないんだからさ!分かったら本書けよってね!」
「そうだね。変なこと訊いてごめん。」
私が謝ると、秋斗はそのまま続けて話した。
「…幸せな人生なんて分かんないけどね。でも人生って一回しかないでしょ?俺って存在は、もう子供の頃には戻れないし、今過ぎ去っていくこの一瞬一瞬は取り戻せないよね?だったら、俺はその一瞬一瞬でベストな選択をしようと思ってる。」
「ベスト?」
「そ!後悔しない選択っていうの?よく聞くやつ!享楽的に生きるって意味じゃなくて、なんていうかなー。迷ったときに、あとから『こうすればよかった!』って思わないように行動していこうかなって。そうすれば、俺がおじいちゃんになった時とかに、生きててよかった、この人生良かったなって思えるでしょ?そう思える人生が幸せな人生なんじゃないかなって思うよ。」
はは、じゃあ全部が全部うまく行っているかっていうと違うけどね、と苦笑いしている彼は、怖くないのだろうか。
ベストな選択だと思って選んだ道が、誰か他の人を失わせることになるんだとしたら。
足踏みしたり立ち止まったりしないんだろうか。
「…後悔しないために周りの人と仲良くなったのに、その人たちがいなくなって傷ついて立ち直れなくなったらそれって幸せな人生じゃなくない?」
「どういう意味?」
「私たちだって、ずっとこのままではいられないでしょ?みんな高校を卒業して、大人になって…そしていつかは死んじゃうんだよ?みんな別れちゃうんだよ?…寂しくないの?別れることが辛くならないの?辛い思いを引きずっちゃったらその後の人生って幸せじゃなくない?」
秋斗は、うーん、と悩んだ後、口を開く。
「そもそも周りの人がいなくなるって状態が分からない。大人になったって、一緒にいればいいじゃん?」
「え?だ、だって。例えば、例えばだよ?私が誰か知らない人と結婚したら、秋斗とはずっとは一緒にいられないんだよ?」
秋斗は顔を顰めてから言った。
「それ、すっげー嫌な想像だけど。仮に!万が一!ありえない仮定として話すなら?それでも、俺はゆきと会いたいって思う。そりゃ、すぐには無理かもしれないけど。でも、それでもそんなことがあったからって大切な幼馴染のゆきと会わなくなるのなんて、もったいないじゃん。それこそ人生の無駄!俺、自分が死ぬ時、ぜってー後悔する!だから、いつもべったりとはいかないとしても、友達として付き合いを持ちたいと思うよ?……もちろんさ、人生終わるときは別れちゃうんだろうけど…そしてそれは辛くてたまらないと思うけど。でも、ほら、運命とかってあるじゃん?もし、本当に来世とかってものがあるんだとしたら、頑張って生きてたらまた会えるかもしれないでしょ?よく物語であるじゃん。来世で再会~!とかさ。それを思って俺は頑張って生きるよ。…俺の大事な人たちは、もし俺より先にいなくなったらきっとそれを俺に望むから。自分がいなくなっても精一杯充実した毎日を送ってほしいって言うだろうから。」
あっさりと言ってきた幼馴染に瞠目する。
彼は言ったんだ。足踏みはしないと。常に前に踏み出すつもりなのだと。
たった16歳の男の子に、こんなにもあっさりと言われてしまった。転生までして、2度目の人生をやっている私が悩んでいることを。
「そんなに簡単に…。」
「もうー。ゆきっていろいろ難しく考えすぎるからなー。もうちょっと肩の力抜いたら?…一緒にいたい人とは一緒にいればいいし、それは自分の努力でなんとかなるもんでしょ。生きている限りはさ。確かに人間死ぬ時はみんな別れるけど、そんなこと考えて生きている間ずっと一人ぼっちで過ごすの?こうやって過ごしている時にもし一人だったら、本当にそれって楽しい?みんないるから楽しいんでしょ?一人ぼっちでいるなんて、その方が人生損していると思わない?」
秋斗がすぐ近くでそっと優しく頭を撫でてくれる。
無理矢理人との関わりを強制してくるゲームが「北風」なんだとしたら、秋斗の言葉は「太陽」だ。優しく、温かく、心の氷壁を溶かして私を外の世界に連れていく。
「…そうだね。」
死んじゃったら会えない。それはそうだ。
けど、そこは私と未羽という存在自体が可能性を与えてくれる。
来世というものの存在があるんだから、精一杯現世を充実させたら、もしかしたら会えるかもしれない。
そんなことに怯えている方がもったいない。秋斗の言う通りだ。
人生ですらそうなんだ。
恋愛なんてさ、他の人も相手もこの世から消えるわけじゃないんだ。
会おうと思ったら本当は会える。「前」は会いに行こうとしなかっただけ。もっと簡単じゃないか。誰かを好きになったら他のみんなを捨てなきゃいけないっていうわけじゃない。
確かに前世であった相手の心変わりは怖い。けど、よく考えたらそれをさせた原因は私にあったのかもしれない。どうしても別れたくない相手なんだったら、自分が相手を離さないくらい積極的に捕まえておけばよかったんだ。自分から相手に関わっていくことが必要だったんだ。
みんな、いなくなったりしない。例えどんな関係になったとしても、大切な人たちと一緒にいたいと思えば、ちゃんと一緒にいられるはずなんだ。
「なんでそんなこと考えているのかよく分かんないけど、ちょっとすっきりした?」
「うん!秋斗、ありがと!やっぱり秋斗は頼りになるね。」
秋斗を見上げて笑うと、秋斗が満面の笑みを返してくれた。
「よかった。ゆきが昔みたいに笑ってくれて。」
「ん?どういうこと?」
「高校入ってからくらいかな。ゆき、心から笑わなくなったから。ちょっと無理しているような、本当に楽しんで笑っているわけじゃないって感じ。なんか気になることがあるような感じで。…でも今の笑顔は昔のゆきの笑顔と同じだった。本当に掛け値なしに嬉しくて笑ったときの顔。俺、ゆきのその顔が一番好き。」
「私も秋斗が笑っていてくれると幸せだよ。…私、本当に秋斗が幼馴染でよかった。」
きっと同じことを言われても、自己啓発本なんかじゃダメだった。いつも一緒にいてくれた幼馴染の彼。いつでもまっすぐでどんなことにも一生懸命に取り組む彼の言葉だからこそ、生の言葉として私に響いた。
「俺もだよ。むしろゆき以外なんてありえないや。」
笑った秋斗がまた頭を撫でてくれる。
「雪ちゃ~ん!秋斗く~ん!次行くって~!」
「分かったー!こめちゃん、今行く!」
今までの私は臆病すぎた。
今ここにいる友達みんな、もう私にとっては手放せない人たちだ。そんなこと本当は分かってた。だけどそれを受け入れられなかった。受け入れちゃったら、誰かがいなくなった時に自分が壊れちゃうと思ったから。
でももう手遅れ。どうせ手遅れなんだったらもっとどっぷりそれを楽しもうじゃないの。もっと積極的にみんなに関わりたい。
これからその関係性が変わっていくとしても、これまでがなくなったりはしないんだから。




