一年合宿の奈良でクラスの女子と仲良くなろう(2日目)
「と、とにかく!これ着て!」
秋斗が慌てて近寄ってきて自分のブレザーを掛けてくれる(鹿と戯れていた人たちは汚れてしまうので着ていなかった)。
「そのままだと雪ちゃん風邪ひいちゃうよ〜!」
もう10月も後半。しかも夕刻だ。いくらいいお天気でもびしょ濡れのまま放置できるほど暖かくはない。
「秋斗くん、私、先に雪を旅館に連れていくわ。」
「俺も行く!」
私は未羽と秋斗の二人に連れられてバスに乗り、宿泊中の旅館まで急ぐ。
「へくちゅん!」
本当に風邪を引いてしまいそうだ。せっかくの一年合宿の残り期間を布団で過ごすのは絶対に避けたい。
「…どうでもいいけど、雪、くしゃみは可愛いわね。」
は、ってどういう意味だ。も、でしょ!!
旅館に着くと、秋斗と別れた未羽が私のバックから下着と、それから部屋に置いてある浴衣を出して押し付けて来る。
「とりあえずこれ渡すから、さっさと風呂行ってきな!風邪引かれたらたまったもんじゃない!ゆっくり湯で温まってきなさい!」
「はい…。」
珍しくしっかりした未羽に仕切られ、私は少し早い風呂に入ることになる。
私一人貸切風呂状態だったので念入りに体を洗ってからゆったり浸かることにした。こういう旅館のお風呂は熱いのが定番。少し熱さに慣らしてから入る。
しばらくして体が大分温まったので出ようとすると、わらわらと人が入ってきた。同じクラスの女の子たちだ。
「あー!うちら一番風呂だと思ったけど違うー。誰かいるー。」
「あれ、相田さんじゃない?」
「あ、ども…。」
私は普段クラスの女の子たちとあまり話せていない。それは入学以来、秋斗やら冬馬くんやらの攻略対象者との絡みがあるせいだ。
それなのに一斉にこっちに向かってくる彼女たち。
「え、え、え。まさか!ここで会ったが百年目!イケメン独り占めのビッ◯女はここで始末してくれる!的な?!」
「え?相田さん、何言ってるの?」
「なぬっ!?まさか口に出ていた?」
「うん。思いっきり。」
みんなが、一斉にうなずいて笑う。
「あ、えーと。いや、みんな私のこと嫌いかなぁ…と。」
そう私が言うと、彼女たちは浴槽近くで洗いながら話し始める。
「んー、最初はね?あの新田くんとか、上林くんとか、東堂先輩とか、先生まで相田さんとよく話してるから…ねぇ?」
「ちょっと、ずるいなぁとか思って。それに、相田さんってさ、色々完璧じゃない?それが私たちのことを格下の人間って見下してるように見えたんだよね。」
完璧?私の踊りを見た面々は記憶から抹消するとかぬかしたぞ?
私はそれなりに食べ物の好き嫌いもあるふつーの女子高生です。
「でも相田さん、彼らから逃げ回ってたし、もしかして、本意じゃないのかなーとかさ。」
「新田くんなんか相田さんに甘えるわんこみたいに見えてきちゃって。」
秋斗、あなたここでも犬だと思われてたみたいだよ?
「そしたらそんなにブリブリの嫌な女の子じゃないのかなーとか思ってね。よく思い出すと、結構相田さん面白いこと言ってるし。」
「え?」
「入学式の日に先生に、夢城さんと新田くんが保健室行ったって伝える時に変なこと言ってたじゃん?あと、生徒会の選挙の時も!」
「あれはびっくりしたわぁ!」
彼女たちは次々と洗い終えるとこっちに入って近づいてきた。そして一人が申し訳なさそうに口を開く。
「…昨日さ、うち、班長会議で他のクラスの女子が上林くんに声かけてるとこ見ちゃって。あの時さ、うちらも同じことしちゃってたんだなぁって反省したんだ。」
「あれは気分悪かったよねーあの子の顔!ごめんね、私たち…入学当初あんなことして。」
「いや、もう全然…。」
私は今とても驚いている。彼女たちには最初散々嫌な目に遭わされたのは事実。6月も半ばくらいからだっただろうか、そういうことをやめ、普通に話してくれるようになったのは。でもゲーム設定を知らない彼女たちが客観的にあの状態を見たら嫉妬するのは仕方のないことだ。だから諦めていた。なのにここで彼女たちからこんな言葉が聞けるなんて…
「これが、裸の付き合いってやつね…!」
「うん、なんか違うと思うよ?」
突っ込まれた!!いつもは私の担当なのに!
みんながぷっと笑う。
「やっぱ面白いわ。これからはゆっきーって呼ぶことにする!相田さんってよそよそしーもん。」
「私も!あ、というわけで、私たちはゆっきーの味方になるからね?他のクラスの女の子たちに何言われても気にしない気にしない!」
「あ、ありがとう…。」
正直、嬉しい。やっぱり疎まれてるより、こうやって話せた方が楽しい。
「ところで。」
彼女たちの顔が、変わった。
「うん?」
「ゆっきーは、どっちと付き合ってるの?」
「はへ?」
「新田くんと、上林くん!!」
「…どっちとも付き合ってないよ?」
「「「「「「や、やはり!!」」」」」」
「なに、みんな狙ってるとか?全然、私に気にせず告白してください!」
それで私をこの状態から解放してください!
「え、違うよ。」
「え?」
「確かに最初はねぇ、彼氏だったらいいなーとか思ったときもあったよ。」
「でもさーあの二人と並んでもうちらじゃ霞んじゃうんだって。」
「そーそー。私ら気づいたんだよ!あの二人と一緒にいて、ゆっきーなら絵になる!それにほら、彼らの笑顔って周りを幸せにするからさ。もし付き合ったりしたら彼女にどんな顔すんのかなーって想像とかしちゃったらもう!萌えるわけ!!悶えたくなるわけ!」
「あの二人は明らかにゆっきー以外見てないからねー。だからこうなったら早く付き合っちゃってほしーなーとか?」
なにぃ?
「それでね、うちらの中にも派閥があるわけよ!」
「と、言いますと?」
「うちらが、新田くん派!」
「私たちが、上林くん派!」
「「というわけでその魅力をアピールしようの会を開催します!!!」」
はぁぁぁぁ?!なんでこんなところで私は外野からの攻撃を受けているんでしょうか?
私の内心に気づくこともなく彼女たちは私に更に迫る。
「絶対新田くんだよ!だってあんなに一途で、必死でゆっきーのこと追いかけて、全身で愛を表現してるじゃない?ああいう彼氏なら、絶対浮気しないって!」
「いやいや、浮気しないって意味では上林くんもだよ!誠実な人でしょー?新田派は知らないんだよ、いかに上林くんが優しい顔でゆっきーのこと見てるか!!ゆっきーは当然気付いてるよね?!」
「えっと、未羽に言われて知りました。」
「え?横田さんに言われるまで、気づいてなかったの?」
「じゃあ新田くんがゆっきーのこと独占したくてしたくて仕方なくて、他の男子を中学の時に追い払ってたって話は?」
なんだそれ。中学の時、大半の男の子に怯えられて、モテないどころかほとんどまともに話せないと悩んだ私の過去はあんたのせいか、秋斗!!!「あれは小学生の時から生意気な態度を取りまくっていたことの報いだ」と中学生ながらに因果応報って言葉を噛みしめてしまった日々を返せ!
「…初耳だよ。全く秋斗は…。」
そこで彼女たちの目の色が変わった。これは、彼女たちの戦闘モードだ!
「これは、分からせないといけないようね?」
「そうね。やりましょう。私たちで。」
「「二人のアピールタイムを!!」」
「え、せっかくなんだけど私そろそろ出たいというか…。むしろそろそろ出ないとのぼせそうな…」
「「「「許しませんっ!!」」」」
体を冷やして風邪を引くどころか、煮あがりそうな気がします。




