一年合宿の奈良で鹿と戯れよう(2日目)
抹茶パフェをどうしてだか苦労して食べる羽目になった後は。
遂にこの時が来た、あれだ。
「待ってたよぉ!」
こめちゃんと遊くんが早速鹿せんべいを買いに走り、それに明美と京子が続く。秋斗がきっちりカメラマンの役目を果たしている。
微笑ましい。
さっきは失敗したし、ここは大人っぽく「あんまり興味ありませんよ?」を装ってさりげなく鹿せんべいを買いに行くことにしよう!
と思っていたのだが。
「相田、ほら。」
「…へ?」
冬馬くんがいつの間に買って来たのか、鹿せんべいを私に差し出してくれる。しかも笑いながら。
「え、どうして?」
「昨日からすごいやりたそうだから。好きなんだろ?鹿。」
くっ。見透かされていたとは。なんで私の周りの人たちは読心術が使える人が多いんだろう。
「結構、表情とか仕草とかに出てるよ?昨日も鹿と鹿せんべいを何度もチラチラ見てるし、近くに鹿が寄ると落ち着きないし。」
未羽、そっちでにやにやしない!
「ほら、行っておいでよ。」
15歳に負けた!!!私の中身は立派ないい歳した大人なのにっ!通算すればだけど!
しかしこうなったら遠慮はいらない。私が嬉々として鹿さんたちに近づくとみんな条件反射のお辞儀をして寄ってくる。
彼らもなかなか色んな子がいて、大きい子、小さい子、柄の入った子、入ってない子、老齢っぽい子、幼い子様々だ。
「この控えめな子は京子で…何度もお辞儀して一生懸命な子は明美…ぴょんぴょん跳ねてくる子はこめちゃんで、意地汚い子は未羽。あっちのもじもじしてる子が俊くんで、走り回っているのが遊くん、ちょっと斜に構えてるくせに意外と積極的な子は冬馬くんで、すり寄ってくるのが秋斗…なんだ、みんないるじゃん。」
「楽しそうだね、雪さん。」
俊くんが鹿に囲まれた私のすぐ傍に来ていた。
「うん。みんながいた。」
「どういう意味?」
「こっちの話。それより、俊くんはやらなくていいの?」
俊くんはこめちゃんの護衛兼お目付け役としてさっきまでばっちり付いていたはずだ。
こめちゃんは2つ目の鹿せんべいを購入して京子と半分に分けると二人で鹿と戯れている。可愛らしい。保護者として冬馬くんがついている。
「うん。体力温存しておこうと思って。冬馬くんに見張り代わってもらった。」
同情を誘う言葉だ。もう合宿中にダッシュするこめちゃんに振り回されることは予想した長期戦に入ったみたい。
遊くんは自分のをやり終わった後、明美のを分けてもらってから鹿に追いかけ回されている。明美と未羽は秋斗が写真にその姿を収めているのを見て笑って遊んでいるみたい。
「未羽もああやっていると普通の女の子なのになぁ。中身おっさんだからなー。」
俊くんは苦笑い。
自分の分をやり終わった後も俊くんと一緒にみんなをのんびりと観察した。
やったことがある人なら分かると思うけど、鹿たちは結構大胆だ。服に噛み付いてひっぱったり、頭をごんごんしてきたり、たまに前足でハイタッチ、なんてこともある。
見ていると、背の低いこめちゃんのお尻の辺りに鹿が頭突きしたり、小さい鹿がハイタッチして胸に足型をつけたりしている。
「…ね、雪さん。あれはさ、痴漢とかにならないよね?僕は鹿に鉄拳制裁を加えなくていいよね…?」
「うん!いいと思うよ!動物愛護の精神からもやめとこうね!」
俊くんは兄の亡霊にうなされているらしい。
2時間以上鹿と夢中になって遊んだ後はちょこっとだけ五重塔を間近で見に行ってから宿に戻る予定になっていた。
動物を触った後は手を洗いましょう!の精神で公園の水場に近づくと、夢城さんと木本さんが並んでいた。木本さんは地声が大きいので会話が聞こえてしまう。
「愛佳ちゃん、大丈夫ぅ?」
「うん。平気。洗えばいいし。」
「ついてないよね!まさか鹿と遊ぼうと思ったらカラスの糞に直撃するなんてね!あれかな?愛佳ちゃんが、『誰でもおいでー愛してあげるー!』とか言いながら近づいてたからかな?」
「…舞ちゃん、もうちょっと小さな声で…。」
どうやら彼女は昨日からウンに恵まれているらしい。
あまり近寄りたくはないが、ここしか水場がないのでその後ろに並ぶ。
「あ、相田さん。」
「木本さん…夢城さん。…楽しんでる?」
夢城さんの顔が恨めしそう。
そりゃああの会話聞こえた後だと嫌味にしか聞こえないもんね。でも他に声かけようないんだもん。
夢城さんの番が来て蛇口を捻っているようだがなかなか動かないようで苦戦している。
「あれ…なんで動かないの?さっきまで普通だったのに…!」
「さっきの人がすごく強く閉めていったのかもしれないね。」
「…固いー。ダメだ。他のところまでって遠いよね…。開けぇ…っ!」
「あのー夢城さん、手伝お」
私が手伝いを申し出ようとして歩み出たちょうどその時。
「うん…しょと!…きゃああ!」
ぶっしゃあ!
夢城さんが捻った蛇口から一気に水が出た。そりゃあ、もうすごい勢いで。真後ろにいて、しかも近づいていた私の顔面から上半身がずぶ濡れになるくらい。
「ご、ごめん!!!」
夢城さんが慌てて蛇口を閉めるが、既に時遅し。私はずぶ濡れだ。替えの利かないスカートが濡れなかっただけマシか。
「ちょっと!」
未羽が怒って夢城さんに詰め寄る。
「ごめんってば!わ、わざとじゃないからっ!」
夢城さんはその綺麗な髪にカラスの糞をつけたままその場から逃げるように立ち去ってしまい、後には水がしたたる私が残された。
「あの女!」
「未羽、落ち着いて。夢城さんは本当にわざとやったんじゃない。あれは事故だよ。」
彼女は幸運にも全く濡れなかったが。
「雪、だいじょ…」
そこでこっちを見た未羽がぎょっとした様子で固まり、異変に気付いて他のみんなも集まる。
私は顔を拭いながら答える。
「平気平気!こんなこともあろうかと、下着の上にはちゃんとキャミソール着てるから!」
えっへん、どうだ!
こんなゲーム補正なんかに負けたりはしない!
私は堂々と胸を張った。
が、俊くんが一気に顔を赤らめ、遊くんが鼻を押さえ、冬馬くんが固まり、秋斗が恐る恐る言ってくる。
「…ゆき、赤なんだね…。」
赤?何の話?
私の頭の中の疑問には京子が遠慮がちに答えてくれた。
「雪、あのですね、キャミソールを着ていても、クリーム色の薄いキャミソールの下に真っ赤な下着を着た状態でびしょ濡れになれば意味がなくなるのですわよ…?」
「え。」
自分を省みて、かっと顔に血が上った。
なんで私は赤い下着なんて着てたんだ!せっかく買ったから、とか思ったのが間違いだった!キャミソールまで透けるのは予想してなかった!
それで堂々と胸を張ってたとか!
誰か、誰でもいいので私にタイムマシンを貸してください!




