一年合宿の奈良で嫉妬されよう (1日目)
本当は2話に分けていたのですが、キリが悪くてくっつけたら長めになりました。そしてこの一年合宿は奈良京都を舞台に書いておりますが、当然フィクションであり(こことても大事です)、現実の施設等は全く関係ございませんので、予めご了承ください。この注意書きは一年合宿編全て共通とさせていただきます。よろしくお願いします。
みんなが待ちに待った一年合宿の日がやってきた。
私たちはそれぞれがボストンやらコロコロを持って地元駅に集まっており、そこから在来線を乗り継ぎ、新幹線に乗ることになっている。
「おはよー!」
「おはようございます。」
「おはよっ!」
適当に挨拶を交わして周りを見る。どの生徒もウキウキしているようだ。班に関しては当然秋斗や冬馬くんと一緒になりたかった女子は多かったはずだが、班の本申請を彼女たちが二人に接近する前にしてしまったのでその様子はこちらから見ることはなかった。
「あ、先生だよ、雪ちゃん!」
こめちゃんが指さす方を見れば、引率の先生の中に四季先生も愛ちゃん先生もいた。
四季先生が全員の到着を確認した後、誘導のために顔を後ろに向けたまま「出発しまーす!」と歩き出す。
当然。
がん!
「「「きゃあ!先生だいじょーぶ?!」」」
四季先生は進んだ先にあった電柱に顔の側面を強打して悶絶しているようだ。
その様子に愛ちゃん先生がため息をついているのが見える。
「…今日も先生は通常運転なんだな。」
「…不安を感じさせる始まりですわね…。」
冬馬くんと京子が呟く中、未羽が袖を引っ張ってくる。
「何?」
「あそこ見て。」
「!夢城愛佳!なんで!?A県じゃないの?」
「A県が人気で抽選落ちしたらしいわ。」
夢の国に行ける東京横浜や定番の奈良京都の方が人気が出そうなのに何故だろうか。これがゲーム補正の力か。
「想定通りね。ま、気にせず行きましょ。」
新幹線内では昼食に駅弁を食べることになった。
「雪ぃ、そのお肉ちょーだい?」
そう言って箸を伸ばしてきたのは隣の未羽だ。席は、窓際から未羽、私、こめちゃん、向かいが秋斗、俊くん、冬馬くん。私たちの後ろの三席に京子、明美、遊くんが座っている。
「あっ、ずるい未羽ちゃん!私も!雪ちゃん、その栗金団ちょうだいー!」
「女の子って、替えっことか他の人のもらうの好きだよねー。」
にこにこする俊くん。
「ゆき、そのままだと多分お弁当なくなるよ?」
肉はともかく、私はこれまた前世の名残で栗金団もそれほど好んで食べない。
「大丈夫だよ。代わりの物もらうから。」
「え?何か欲しいものあるの?」
「うん。」
二人のお弁当に残った物は和風の渋い惣菜だけ。こめちゃんは「あ、チョコ持ってるよー」と言っている。
が、お菓子ではない。欲しいのはお弁当のお惣菜。好物があるのだから。
「二人とも、代わりに高野豆腐ちょうだい?」
「「「「「…。」」」」」
なんでみんな黙る?
「…雪さん、高野豆腐好きなの?」
「うん。お出汁が滲みてて美味しいよね。」
言った途端に冬馬くんが笑い出す。
「ははは!やっぱ、相田って面白いよな!予想の斜め上に行くわ。」
「え、どういうこと?」
「雪、そこは多分『代わりに後でお菓子ちょうだい?』が、可愛い女の子のセリフだよ。」
「ゆきらしいけどさ…。」
なんでだ。高野豆腐、美味しいぞ?
昼ご飯を取ったあと、雑談していると奈良の駅に着いた。
「着いたぁ!関西だねぇ!」
まずは仏頭で有名なお寺の宝物庫見学。おしゃべり禁止でひんやりした空気の中を見学していく。
日本史好きなこめちゃんは目をキラキラさせているし、私もこういった空間は好きだ。
あとで未羽に言ったら「あんた、本当に前世女子大生?高野豆腐好きといい、仏像好きといい、実はおばあちゃんだったとかじゃないよね?」と大変失礼なことを言われた。
その後が奈良といえば!の大仏様を観に行くことになっていた。
その道中には奈良名物の鹿がいっぱいいる。前世も現世も動物大好きの私は鹿と遊びたくて仕方ないのだが、そのうずうずはぐっとこらえ、微塵も見せない。
中身は大人だからね!伊達に人生2回やってない!
…はずだが、なぜか冬馬くんは隣で私を見てふるふると肩を震わせていた。
え、何?分かるの?
こめちゃんもうずうずしているようだが「明日遊べますわよ」という京子の言葉に我慢していた。
ちなみにこの鹿たち、鹿せんべいを購入したり、バックから何か食べ物を出したりする動作がなければ基本的に迫ってきたりはしないはずなのだが、何もしていないはずの四季先生が大群に追われて全力疾走していた。
モテモテですね。さすが攻略対象者様 。
「あ、夢城愛佳だ!」
未羽の言葉に秋斗がすぐにさっと彼女の視界の死角に入った。
確かに遠くの方で鹿に鹿せんべいをやっている。美少女が鹿と戯れる姿はとても絵になる。他のクラスの男子だけでなく地元の人もぽわ〜と見惚れているみたい。
「…あそこ、足元に大量の糞があってあの子それを踏みつけているんだけど、気づいてないのかしら?」
未羽、そこは突っ込んじゃダメ!
見学を終えると、そのまま五重塔が見える旅館へ移動。ここが今日の宿泊地らしい。この旅館は200人という収容人数により事実上貸切状態になっている。
「相田。今日は夕食の前に班長会議だから、下の階に来て?」
「オッケー。」
班長会議とは、班ごとに決められた班長と副班長が出席して先生たちから次の日の予定の確認やらを受けるもの。これだけの人数を引率するのために先生たちが作り出した制度らしい。確かに200人を集めて静かにさせたりするより、よっぽど労力がかからない。
私服に着替えて部屋を出て、階下に向かう途中。
「「「女王陛下!」」」
振り返るとそこには例の三人組が。
そういえば同じ学年だったわ。彼らは立派な君恋高校の生徒なのだがすっかり忘れていた。
「女王陛下は俊のアニキたちと同じ班なんすよね?」
「そうだけど…。」
「俺ら、陰ながらッスが、全力でみなさんの合宿が最高のものになるよう、フォローするつもりッス!」
「いや、いらない。果てしなくいらない。」
「そんなことおっしゃらずに!成功した暁には是非、思い切り罵っていただけると!」
やばい、雉は変態だと思ってたけど、やっぱり変態だ。
「いつでも見守ってますんで!では!」
三人組は嵐のように去っていった。
というかね、君たち、固有名詞で呼んでくれるって話は無視なのかい?
「お待たせ!」
先に待っていてくれていた冬馬くんは、シャツにパーカーというラフな格好、私もシャツにジーンズという動きやすさ重視の格好だ。
私たちが班長会議の部屋に入ると一斉に注目される。
まぁ、冬馬くんの私服姿はみんな初めて見るもんね。
「じゃあ班長会議を始めるわよん。」
愛ちゃん先生から次の日の諸注意を受け、四季先生から、「今の鹿さんたちはなんだかとっても荒ぶっているようなので気をつけてください!」という先生のためだけの忠告を最後に会議はあっさりと終わった。
夕食を取ることになっている座敷に二人で向かおうと立ち上がると、
「上林くん。」
見慣れない女の子が冬馬くんに声をかけてきた。別のクラスの子らしい。
「明日って自由行動時間あるでしょ?私たちの班と一緒に回らない?」
「『俺ら』班員9人いるから一緒に回ると多すぎるな。悪いけど、パスで。」
冬馬くんは声をかけられたのが自分だけだと気づいているのにあえて私たち単位にして返事をした。合宿中は班行動が絶対だから彼の返事は正論で、更に誘うのは難しい。女の子はそれを聞いて残念そうに俯き、そしてさりげなくこっちを睨むと小さく舌打ちした。
またかい。まぁ、慣れてるけど。
それを見た冬馬くんがちょっと嫌そうな顔をしてすっと間に入ってくる。
「あのさ、相田は関係ないだろ?そういう風にするの、良くないと思う。」
冬馬くんに見られていないと思っていたらしい彼女はさっと顔を赤らめて走って行ってしまう。
「いいのー?絶対あの子、冬馬くんと話したかったんだよ。普段冬馬くんは他のクラスの関わりない女の子と話す機会ないだろうし。さっきの私へのだって、私は慣れてるからさ、気にしなくていいんだよ?」
「さっきの相田への舌打ちは完全に言いがかりだろ。それに俺が相田たちと回りたいから断ったんだからいいんだ。」
「ふーん。まぁせっかくの修学旅行だもんね、仲良いメンバーで回る方が気を遣わなくていいし、いっか!」
「そうだね。一番の理由は、相田と回りたいからなんだけど。」
予想外の言葉に思わず赤くなる。最近私の顔色変化の限界値が低い気がする!
くすっと笑う冬馬くん。
「本当に相田って見てて面白いよな。初めて会った時からだけど、ツボ。」
「面白くなんてないよ!それになんかバカにされている気がする!」
「そうかな?面白いって褒め言葉なんだけどな?俺、可愛い〜とか言ってぶってる女の子より、相田みたいな自然体の方が好きだから。」
―――っ!ここでですか?!
「さ、ご飯ご飯!」
冬馬くんはなんでもなかったように座敷に入っていく。
私の心を波立たせるだけ、波立たせといて。今の私は冬馬くんにも、秋斗にも、ドキドキしやすくなっているのに。
ふぅー。落ち着け自分。彼は奇襲作戦が得意なんだから、防衛線はしっかりしないと。
大きく息を吐いてから、私はご飯を食べに行った。
その後は平和に夕飯を終えて、それから風呂に入る。
途中で夢城さんが必死で靴を洗っていたのを見てしまった。おそらく鹿と戯れていた時は糞の山に気づいていなかったんだろう。
哀れな。
風呂の後は消灯時間まで部屋で適当な会話をしたり写真を撮ったりして遊んだ。いわゆるガールズトークというやつは京都の夜にとっておく!と明美が宣言している。
「今話しちゃったらつまんないじゃない?」
そうか?
こめちゃんがそうっと部屋の隅っこに行って隠れてラインを打っているのを見つけたので後ろから敢えて覗き込んであげると、あわわわわ!と慌て過ぎてケータイを落としてしまった。ほんのり染まった頬でばつが悪そうにケータイを拾い上げている姿が可愛らしい。愛しの会長に今日の報告をしていたに決まっている。
これが幸せな恋愛ってやつかぁ。
「雪もこうやって幸せな恋愛やってみたらぁ?」
「未羽っ!!!」
この子は遂に読心術まで身につけたの?!
「心読まなくても、見えるわよ、顔に出てるもん。」
「なにっ?!え、待って。読めるの?」
「さぁ?どうでしょう?」
ニヤニヤの未羽。
「この修学旅行はイベントから外れるようにあえてゲームとは違う道を選んだけど、どうなることやらね?秋の三大イベントの一つだし?雪さんの鋼の心も溶かされちゃうかもねぇ?」
「溶かされませんっ!!!」
「なんの話ー?」
明美がひょっこりやってきたので、「なんでもない!」と慌てて誤魔化す。
「ふーん、ま、いっか。さ、明日もあるし、寝よ寝よ!」
「おやすみー。」
「おやすみなさいませー。」
「おやすみぃ。」
「おやすみっ。」
盛りだくさんの一年合宿1日目はこうしてあっという間に終わったのだった。




