天夢編入で囚われの姫を救おう (5日目)
秋斗の言う通り。ケータイに連絡しても、「おかけになった電話は電波の届かないところに…」というお馴染みの音声が流れる。朝こめちゃんがケータイをいじっていたところは見ていた。こめちゃんはケータイを持っているはずだ。
ということは。
何かの異常事態、ということだ。これは、未羽が言っていたイベント…?
「秋斗、会長に連絡は?」
「もう入れた!こっちに向かってるはず!」
私たちは席を立つ。
「今すぐ探しに行かないと!!」
「待てよ。」
空石雹が席を立ってこっちを睨みつける。
「次出なかったらお前らの負けだぞ?」
「だから?」
「は?」
「別にそんなんどーでもいい。」
「怖くて逃げんのか?」
「違うわよ!聞けばわかるでしょ、友達が行方不明なのよ!?」
「…真剣勝負も放棄するのかよ、結局。」
「何バカ言ってんの、このバカ猿!友達の方が大事に決まってんでしょ!」
同じく来ていた冬馬くんが空石雹を見て、「あいつらが隠したんじゃなさそうだな」と言う。
「手当たり次第探そう。」
「そうだね。」
冬馬くんの言葉に俊くんが頷いて廊下に出る。
「…お前らが負けそうだからってあの子が演技したんじゃねーの?」
空石雹はまだ食い下がる。
今度こそ、ぷちっと私の頭で何かが切れた。ずかずかと空石雹に歩み寄り、パン!と頰を張った。
「一緒にしないで。こめちゃんはそんなことする子じゃない。」
私たちは外に出ると、方々に別れた。この広い校舎の中の、どこを探すっていうんだ。
私がまずすることは、当然。
「未羽?聞こえる?」
『聞こえてる!今こめちゃんの携帯のGPS探知してるんだけど、電源切られてるっぽくて出来ない!』
やっぱこの子隠れハイスペックだ。
『でも、電源切られる直前までいた箇所は分かるよ。データ、スマホに送ってあげる!…イベントでは主人公が空石雹を慕うモブ生徒に彼の指示で連れ去られるとのことだったんだけど。』
「でも空石雹じゃなさそう!」
ケータイのメールを開くが容量が重くてなかなか開かない。
『そうみたいね。なんか雑音すごいから一回切るわ!また後で繋ぐ!』
「オッケー。」
通話を終え、未羽のデータが来るのを待つ。
早くして、早く。
「おい。」
「!」
空石雹だ。
ぽん、と肩に手を置かれるまで側に寄られていたことにすら気づいていなかったとは。
「…ボス猿。あんた、授業は。」
「ボス猿じゃねーよ。授業一回くらいどーでもいい。…さっきのは悪かった。謝る。俺たちも手伝ってやる。今、斉と結人も人員集めて探してるはずだ。」
それはありがたい。
「ありがと。助かる。」
素直にお礼を言っていると、ようやくデータが開いた。
「ここは…この、突き当たりって何があるの?」
「そこは校舎裏でどこにも行き来出来ないはずだ。行ってみるか?」
「お願い。」
空石雹に案内され、未だ取りきれない筋肉痛に悩む足を引きずって走る。
「こ、ここか…。」
そこは本当に袋小路のようになっていて、校舎に囲まれたコの字の箇所。どこかに行く箇所はない。しかし、ここにこめちゃんが来たことは間違いない。
こめちゃんのケータイが電源を切られた状態で落ちていた。
ブーブーブーっ
秋斗から電話だ。
『上林も俊も、あとここの学校のやつらも手当たりしだい人が隠れられそうなとこ探してるけど、いない。外に行ったのかな…?』
「いや、外じゃないはずだよ。」
『なんで?』
理由は言えない。これが「構内で起こるはずのイベントだから」、だ。
「ケータイは構内に落ちてたよ。」
『ほんと!?どこ?』
「校舎裏。えっと…」
「校長室だ。」
空石雹が返してくれる。
「校長室の裏だって!」
「校長室…?そういえば、校長室には校長室からしか行けない小部屋があるって噂を聞いた。」
思案していた空石雹がぽつり、と漏らす。
「ほんと?!」
もしかしたら、もしかするかもしれない。
「秋斗、校長室かも。会長に連絡して?私、今から行く!」
『え、ゆき!?一人じゃ危ない…』
秋斗に言い切られる前に電話を切り、校舎内に踏み込む。
「校長先生!」
「なんだね、騒々しい。おや、君は君恋高校の…」
「相田です!先生、すみませんが、小部屋を見せていただけませんか?」
私のお願いに天夢の校長の顔が歪む。
「何を言っているんだね?ここは生徒立ち入り禁止場所だよ、出て行きたまえ。」
「でも、もしかしたら、うちの生徒がいるかもしれないんです!お願いします!」
「なんの話だね、出ていきなさい。」
「お願いします、確認したいだけなんです!」
「仕事の邪魔をするようなら君の高校の校長にもそのように伝えなくてはいけないね。」
頑として聞き入れない校長に食い下がっていると、私の前に歩み寄った人物がいる。
当然、空石雹だ。
「校長、俺からもお願いします。」
「君は…空石雹くんじゃないか。優秀な君まで何を言っているんだね?君恋高校の生徒のせいで、勉強に集中出来なくなっているのかね?」
猫なで声に怖気が走る。
「校長、俺、あんたのやり口知ってるんです!」
「ボス猿…?」
「あんたが学校の金を不正に横領しているってことも!気に食わない生徒をリンチさせているってことも!疑わしい場所は全て確認したいんです、お願いします。」
「何を言いだすんだね、君は!二人とも、出て行きなさい!!」
空石雹の言葉に、校長の顔が憤怒で再び歪んだ。そして今度こそ無理矢理追い出されそうになる。
その時だ。
「それはこちらのセリフですね。」
「え?」
それはあの、美しい声。恐ろしいほどまでに凍った、絶対零度の。
「天夢高校の校長先生、申し訳ないですが、横領の不正情報はつかませていただきましたよ。そこの生徒は返してもらえますか?」
「なんの話だね?!君は?!」
「失礼しました。私の名前は海月春彦。君恋高校の生徒会長をしております。うちの生徒は返していただきます。失礼。」
「君!」
会長は校長を押しのけると、校長席の側の小さな壁のドアノブを上から思い切り蹴飛ばした。
ガンっガンっガン、ガツっ!!!
ドアの鍵が思いがけない上からの力に弱く、そのままぽろり、と外れてしまい、ドアが開く。
そこには。
猿轡をされ、手足を縛られたこめちゃんが。
「…怖い思いをさせましたね。大丈夫ですか?」
猿轡を外し、会長がこめちゃんを抱きしめる。
「は、は、春先輩〜!!!怖かった、怖かったですー!!」
号泣するこめちゃんを抱き上げる会長。
その背中に大きな氷山が見えるのは気のせいじゃない。絶対、違う。
「校長。」
「ひっ。」
「ここでのことは、全てうちの学校の校長に中継しています。それから警察も呼びました。」
その言葉に、天夢高校の校長の顔がどす黒く染まった。
「くそっ!こうなったら!」
悪徳校長は私を睨むと、襲いかかってきた。逃げようにも筋肉痛の私は咄嗟に逃げられない。
まずい、人質にされる!
が、悪徳校長は私に触れる前に目の前にいる空石雹に殴られて、吹っ飛ばされた。
そこになぜかロープを持った能天気な顔をした四季先生が。
「お待たせしました〜!…あれ?海月くん、もう終わらせちゃってます?」
先生、ちょっと遅かったです…。




