天夢編入で売られた喧嘩は買おう(3日目)
午前の授業で2日目までに行われたテストが返却される。私たちの点数は返された時に誰かに取られて読み上げられるようになっていた。
さすがに物理・化学・数学では空石雹にわずかに敵わない。一方、前世チートもあり、他の文系科目や生物はかなりいい勝負になる。だが、当然全勝とはいかない。さすがにこの超エリート高校のボス。全体として五分五分といったところ。理系科目で天夢高校の生徒たちを慄かせるのには俊くんも十分な役割を果たしている。
読み上げられる点数に顔を引きつらせるボス猿を筆頭とする天夢高校の生徒たちの顔をちら見しつつ、外の競技場を見ると、2組が体育の授業らしく、君恋高校の体育着にジャージの冬馬くんが走っている。おぉ、イケメン。
冬馬くんはオールマイティー系で走るのはあの東堂先輩と競えるレベルだから、ぶっちぎって速い。
…ん?体育?
午後一は1組が体育だ。
さすがにここで着替えるわけにはいかない。トイレで着替えたいのだが、ここは男子校。教員用の女子トイレのある職員室側まで行かなきゃいけないということを思い出し、思わずため息をついてしまう。
3組は1組の後で体育だったはずだ。あとでこめちゃんにも言っておかないと、あの子はそのまま教室で着替えかねない。秋斗が止めるだろうけど…。
そういえば美玲先輩、着替えとか、そもそもトイレとかどうしていたんだろう。
多分、いや間違いなくあの人は男子トイレの個室を利用したんだろう。
それだったら、妙にお腹の弱い奴くらいの認識で終わる。
4限の授業を終え、お昼ご飯と体操着を手にする。ブレザーは邪魔なので教室に置いていくことにした。物を隠すとか壊すといった低レベルの虐めがないことが救いだ。君恋高校での女子の嫌がらせの方が面倒なくらいだ。
「雪さん、先に着替えるの?」
「うん。体育あるから、職員室前のトイレ行ってくる。俊くん、先にみんなのとこ行ってて?」
「おい。」
私と俊くんの間に割って入ったのは、ボス猿こと空石雹だ。
「…なんでしょうか?」
ボス猿はじろじろと不躾にこっちを見てくる。
「捕まえろ。」
「は?!」
一気に走り寄ってくる男子に両腕を掴まれれば、武道もやってない現世の私には逆らえない。
え?!何が起ころうとしてるの?!
「ちょっと!雪さんに何するんですか!」
俊くんも羽交い締めにされているようだ。
俊くんがいるなら大丈夫だろう、大体この場で最悪なことまでは起こるはずがない。昼休みだし。落ち着け、私。
掴まれたまま、目の前に立つ男を睨みつける。
「御用でしょうか?」
「口利くなっつっただろ。」
「あら?昨日はそちらからお声をかけていただいたので。」
「口の減らねーやつ。…お前、女なんだよな?」
「は。ばっかじゃないの?どう見てもそうでしょうよ?」
おっとつい素が。
「痛いっ。」
顎を急に無理矢理上向かされて痛い。これ、悪くしたら首、むち打ちになるぞ?
「去年は男に見せかけた女がいたと聞く。ならば女に見せかけた男がいても不思議はないだろ?」
…美玲先輩は別に男に見せかけようとは思ってなかったはずだ。見えてしまっただけで。
「そんなことするメリットないでしょ?」
「俺への嫌がらせのつもりじゃないのか?」
「はぁ?そんなことしてなんの意味が…」
言いかけた時だ。
ふに。
え?
「なっ!」
俊くんも、そして私も動けなかった。
「ニセモノ、じゃないか。」
ふにふに、と。ワイシャツごしに私の胸を触る…というか、揉むボス猿。
それに全く性的な意味が籠っていないのは分かるが、あまりのことに硬直する私。
それからボス猿は興味をなくしたように手を離し、俊くんに向かい合う。
「お前さぁ、あの海月春彦の弟なんだよな?それにしては、大したことないよな。」
私を助けようともがいていた俊くんの動きが止まる。
「しかも、この女に負けてんだろ?それにお前の兄は、ふざけた名前の高校のために必死になってんだろ?あの兄は去年こっちも主席で受かったのに蹴ったとか言うから、どんなやつか会ってみたかったのに、その弟は大したことないなんてな!」
ハッと笑う空石雹。
「それなら兄も大したこと…」
「兄さんの悪口を言うな!」
俊くんが大声を上げた。初めて見る俊くんの本気で怒った顔。
「僕たちは、この学校で揉め事を起こさないよう言われている!だから最初からいろいろ言われても我慢してきたんだ。でも、兄さんや、兄さんが頑張って作った生徒会を悪く言うなら、許さない!」
「その掴まれた状態で何するってんだよ?」
「こうすんのよ!」
胸を触られた後、解放されていた私は右手でその横っ面を張り飛ばした。
倒れたまま頰を押さえ、呆然とこっちを見る空石雹。
「黙っていたらいい気になって!女の子の胸に無断で触るとか、犯罪だから!俊くんの言う通りよ!揉め事を起こさないようにってこっちが我慢してやってたっていうのに。それを破棄したのはそっちよ。それに女、女って。それだけで目の敵にされるのも気にくわないのよ。やってやろうじゃない!売られた喧嘩は買ってやるわ。俊くんがあなたの相手をするみたいだけど、私もその相手に加えてもらうわ。」
「な」
「何?それとも女如き増えた程度であなたの馬鹿にする君恋高校の生徒に負けちゃうわけ?」
ふふんとせせら笑ってやる。
「そんなわけないだろ!」
「ふぅん?じゃあ、勝負ね。これからある全ての授業で、テストで、総合勝負しようじゃない?私たちが勝ったら、さっきの発言をきっちり全校生徒の前で謝ってもらう!もちろん、私の胸に無断で触ったこともね!」
「こっちが勝ったら?」
「そうね、私があなたの側に跪いて『申し訳ございません、空石雹皇帝陛下。あなたにそんな口を利いたことを深くお詫びして、どんなことも致します』って誓うのはどう?」
「雪さん!そんなこと!」
「俊くん、いいから。」
「この俺に勝てるとでも思ってるわけか?」
「現にいい勝負してたじゃないの?君恋高校の主席として、女の代表として相手になってやるわ。」
「…面白い。その勝負、乗ってやる。」
「「「空石様!」」」
「それさ、俺らもいれてよ。」
「冬馬くん!」
いつの間にかドアが開いていて、他のクラスの生徒が集まっていた。ドアのところにとっても冷たい笑顔を浮かべた冬馬くんと、怒りがにじみ出ているのが分かる秋斗と、ぷぅと頬を膨らませているこめちゃんがいる。
「本当はゆきの胸に触ったってだけで殺してやりたいほどなんだけど、俺、勝ったらそのお綺麗な顔殴り飛ばしてやるってことで勘弁してやる。ただし、俺の気の済むまでな。顔の形変えてやる…!」
「秋斗!」
「私は…」
「こめちゃんはいい!」「君はいい!」
私と3組の男性陣の声が被る。
負ける気はさらさらないけど、こんな勝負にこめちゃんを乗せた時点で君恋高校から私の社会的地位は抹殺されるだろう、あの会長様によって。
「じゃあお前らの相手は俺らだな?」
「よろしくぅ!」
切れ長の目の、これも秋斗たちほどは及ばないとしても結構なイケメンと、笑った顔が可愛い感じのイケメンが二人に言う。この人たちが鮫島くんと種村くんだろう。可愛いイケメンが言う。
「面白いねぇ!僕面白いこと大好きだよ!ここから、君恋高校と天夢高校の全面勝負といこうじゃないか!」
『…あんたさ、何してんのよ。』
耳元の未羽の声はもちろん聴こえないフリをした。
この程度だったらアウトじゃないでしょうか…?(この編、全体的に超ヒヤヒヤしてます。この話は「ギリギリアウト」ではない程度だと思っていますが…。もしあればお教えください。)




