天夢編入中、もう一人の皇帝について訊こう(2日目)
1日目、家に帰って着替えると、未羽と電話した。未羽はこういう状況について全て聞いているから、話の前提は分かっている。
『あーその皇帝っていうのが空石雹だよ。その配下で多分上林くんに絡んだのがナンバー2の鮫島結人、秋斗くんに絡んだのが同じく配下でナンバー3の種村斉。ゲームの主人公は、本来いるはずのモブの生徒会男子生徒と一緒に1組に行くことになってて、空石雹と会うのよ。他はゲーム通りだねぇ。』
「て、いうことは、同じクラスに編入されたのがサブキャラの俊くんっていう違いはあるけど、今、私が主人公の立場にいるってこと?」
『そういうことになるね。このイベントの主人公はあんたみたいだね。』
ほっと息をつく。こめちゃんが襲われる危険は低くなった。
「ならよかった。とりあえず空石雹とは関わらないし、あと勉強に関しても夢城さんみたいにできないってことも『勉強より大事なことがある!』なんて主張する気もさらさらないから、ゲーム通りに進むこともないでしょ。」
『ならいいけどね。少なくとも、ゲーム補正が起こらなければ。』
「そういえばさ、皇帝が二人って言ってたけど、あれはどういうことなの?」
『ああ、空石雹には双子の弟がいるんだよ。』
「弟!?そんなの見当たらなかったけど。」
きらびやかな雰囲気を醸し出す攻略対象者を私が見抜けないわけない。
そんな人間は少なくとも1組にも、2組にも3組にもいなかった。
『そりゃ、いないさ。今こっちに来ているんだから。』
「えええええええ。」
『ゲームではもちろん、あの女嫌いの空石雹が、共学の君恋高校には来ないでしょ。弟の空石雨がこっちに来ているよ。スチルと音声ばっちりゲット中!』
最後の情報ははてしなくどうでもいい。
そうか、「雨」がそこで使われているから、太陽にその名前が付かなったのか。お母さん、責めてごめん!ゲーム設定なら仕方ない!
「その言い方だと、空石雨は女嫌いじゃないの?」
『逆。むしろあっちは女好き。それも、秋斗くんみたいに女の子に優しいとか、上林くんみたいに紳士的、とか、そういうレベルじゃない。いわゆるあれよ、軽い男。攻略対象者様であの顔でしょ?今日来て、あっという間に君恋高校の女の子落としまくって、ファンクラブまでできて、何人もが食べられちゃいました☆』
「…ちょっと待った!食べるって、そういう意味!?」
『むしろそれ以外に何が。』
「R!!R規制!!」
『本来なら主人公がそっちに編入中だからねぇ。ゲームとしては、その描写ないし?ギリセーフだと思ったんじゃないの?』
三球三振、フルスイングアウトだろ。
『それから、空石雨は夢城愛佳に興味持ってるね。』
「まぁ、あれだけ美少女だしね、興味もたれるのが普通じゃない?」
通り魔に襲われて髪を切られた後、彼女はボブより少し長い、くらいに髪を切った。それでもその美少女っぷりは変わらない。むしろそういう事件があったから憐れみを誘い余計に人気が出ているらしい。
『あれも食われるのかな。それは聞きたくないなぁ。』
「他のもやめなさい!頼むから!!」
『だぁって。あの人、Aクラスに入ったんだけど、授業が簡単すぎてつまらないので、僕他のことしてきますねって言って出て行って、その間そういうことしかしてないんだもん。盗聴機つけたの、後悔するくらい。』
「アウトアウトアウト!!!!もう、いい!そっちは頑張ってくれ!むしろ夢城さんがその女好きの攻略対象者と仲良くなるんだったらそれに越したことはないんだ!こっちに実害0だからね!」
『まぁ、うまくやって?空石雨がいるよりマシでしょ?』
「断然マシ!」
女好きのそっち系にだらしないケダモノ男がいるより絶対、存在を消す宣言されるレベルで嫌われた方がいいに決まっている!
翌日。
未羽との会話でげっそりしながら秋斗と駅に向かい、合流する。
「ゆき、どうしたの?疲れてるけど。」
「んー…つくづく、こっちにいたのがあの皇帝でよかったなぁって…。」
「え?相田、存在消すとか言われたのに?」
「うん、今、君恋の方に編入しているもう一人の皇帝がやばいらしいんだ…。」
「やばいってどういうこと?」
「向こうはケダモノが来たらしい。つまりその…君恋の女子生徒が何人も食べられちゃいました☆になっているらしい。」
それを聞いて男子三人が絶句する。
「雪ちゃん、食べるってどういうことー?美味しい物でも持ってきてくれたの?」
「違う違う。こめちゃんは頼むからその世界を知らないでいて。穢れないでいて…。」
「雪ちゃん?」
俊くんが、兄さんたちがきっと今頃走り回ってるんだろうなぁと遠い目をしている。
「むしろ、ゆきは一体どこでそういう情報を…」
「未羽と電話した。」
「ああ、未羽ちゃん…。」
「とりあえず、それを思えばこっちでよかったって思えるな。今日も頑張ろう。」
冬馬くんの仕切りでなんとか持ち直し、二日目を迎える。
今日も授業はそれなりに進んだ。
いつものように、テストがされ、授業中は集中放火され、周りの人たちからは遠巻きに見られ。まるで動物園のライオンになった気分だ。
午後の授業。
昨日の英語のテストが返却された。
「さっすがー!空石様、92点なんて!」
おべっかを使うやつはどの世界にもいる。私はそっちを絶対に見ない。目を合わせたらめんどくさいからだ。
「海月。」
「はい。」
テストを取りに行った俊くんにボス猿が尋ねる。
「編入生。何点だ?」
「…85点ですけど。」
「85点か。ふぅん。」
周りがざわつく。君恋の生徒がそんなにやるとは思っていなかったらしい。
ざまぁみろ!
あら、いけない。1日中バカにされ、当てられていたせいで心が荒んでいたわ。
「相田。」
「はい。」
私はそれを受け取り、ちらと目をやると、そのまま席に戻る。
「女、お前は?」
「…」
「言えないような点数なんだな?」
ふん、と笑うボス猿。
「口を利くなと言われましたから?」
「見せろ。」
有無を言わさずばっとテストを取り上げられる。
「なっ!?」
私は98点。ボス猿よりも上だ。おそらく、このクラスで一番。
元々英語は一番得意。帰国子女の秋斗を差し置いて君恋高校で英語1位をキープするためにはこれぐらいどうってことないくらいの実力が必要なんだから当たり前だ。
驚いてうち震えるボス猿を見もせず、そのまま席で教科書とかをそろえる。
「馬鹿な…女なんかに…この俺が!?」
「お前、カンニングとかしたんだろう!?」
周りの腰巾着に言われる。
まぁね、前世チートってやつはありますよ、ええ。
「そう思われるのなら、明日以降返ってくるテストをご覧になればよろしいんじゃないですか?これからあるテストも私の方をじっと見ていればいいことですし。その代わり、あなた方がカンニングにされるでしょうけど。」
「生意気な口利いてんじゃねーぞ?」
ボス猿にネクタイごとシャツの胸倉を掴まれる。確かに綺麗な顔をしているなぁとどうでもいいことを思って見やる。攻略対象者だもんね。怒りで歪んでいても綺麗って得しているな。
「暴力はやめてください。学校側に伝えますよ?」
俊くんだ。ボス猿の手を押さえている。
「ちっ。触っちまったせいで穢れた!」
そう言うなら触んなよ。
その後は平穏に授業を受けて、みんなと一緒に帰る。
「ふっふーん。気分がいい!」
「相田、さすがだな。」
「英語は得意だからね。冬馬くん、秋斗、そっちはどう?」
「俺もあの鮫島とかいうのに英語は勝った。向こう、すごい驚いててすっとしたよ。」
くすくすと笑う冬馬くん。
「こっちも。あの話しかけてきたの、種村とかいうんだけど、俺が数学で上の点取ったせいでプリント床にばらまいてた。ぷぷっ。ざまぁ!」
秋斗、性格悪くなってないかーい?
「僕ももっと頑張らないとな…。」
「何言ってんのー。俊くん、理系科目だったらあいつらに引けを取らないくらいできてるじゃない?」
「まだあの空石くんには勝てないけどね。」
「十分ダメージは与えているよ。こめちゃんは?」
「私?テストあんまりできてない…。ごめんね。」
「こめちゃんはクラスのやつらから完全にアイドル扱いされててさ、むしろ『気にすんなよ!まだそこまでやってないんだろ?』『そうだよ、次があるって!』『可愛ければなんでも許される!』『栄養はそっちに回っちゃったんだね』とかいろいろ慰められているから大丈夫。」
最後のは侮辱だろ。おい。
帰ってから未羽とまた電話。
「未羽!こっちはいたって平和だよ!今日はあのボス猿にテストで勝ってやった!へへん!あーすっとしたぁ!」
『ふーん。よかったねぇ。このままいくといいけど…。』
「いかせるしかないでしょ!」
『がんばれ、こっちの本日のあのケダモノ皇帝の犠牲者はね…』
「もういい。おやすみ。」
明日も平和だといいなぁ。残り3日!奮闘するしかない!




