天夢編入で自己紹介をしよう(1日目)
1組の担任は気の弱そうな男の先生。
「あなたたちが君恋高校の生徒さん、ですね?私は米倉と言います。」
「僕は、君恋高校1年、海月俊です。よろしくお願いします。」
「同じく、私は相田雪です。よろしくお願いします。」
「5日間、よろしくお願いしますね。ではこちらへどうぞ。」
もうHR時間らしく、廊下には生徒の姿はない。
「このクラスになられて…不運な…。」
「え?なんですか?先生」
「いえ、何でもないです。…これは、私からの忠告なのですが、絶対に彼らに逆らわないようにしてください。特に相田さんは。」
「クラスにいるリーダーに、ですか?」
「…えぇ。私では止められませんから。」
先生、頑張ってください!
ボス猿の想像はついている。多分例の隠しキャラの攻略対象者。
「俊くん、頑張ろうね。」
「うん。」
私たちが廊下で待機している中、先生がドアを開ける。ボス猿がいるというクラスの割に、静かだ。もっと学級崩壊のような状況かと思ったのに。さすがはエリート高校、と言ったところか。
「おはようございます。今日はみなさんにご紹介したい人たちがいます。5日間、このクラスに編入されることになった君恋高校の生徒さんです。どうぞ、入って。」
俊くんが先に、私が後に。
とても注目されているのが分かる。そして、酷く冷たい目がその中にあるのも分かる。
「じゃあ自己紹介の方を。」
正面を向くと、いた。あいつに間違いない。
一番後ろの真ん中の席。いかにもボス猿な場所だ。
視界の隅にその姿をちらっと入れる。
秋斗よりもさらっとした金髪に、紫色の瞳。刺すような目でこっちを見ている。当然、攻略対象者様だから、かなりの美形。あれが、空石雹で間違いないだろう。
目は合わさない。野生動物というのは目が合えば敵認定、逸らせば自分より弱い生き物だと思うものなんだから!
それにしてもあれなんだな、髪や瞳のカラフル具合は君恋高校だけじゃなかったのか。さすが乙女ゲームが元の世界。
「はじめまして、君恋高校から編入されることになりました。海月俊、と言います。短い間ですが、よろしくお願いします。」
「同じく、編入されることになりました。相田雪と言います。よろしくお願いします。」
「じゃあ二人は、あの奥の席に着いてください。」
示されたのは、窓際の奥の二席。俊くんと一緒に席に着く。
「それじゃあ、授業を開始します。」
授業はつつがなく進む。
予想していた「何やってんだよーダメ教師―授業やめちまえー」みたいなセリフが飛ぶことも、ボス猿・空石雹が勝手に席を立ってどこかに行くこともなかった。
授業合間の休み時間も絡まれることもなく静かに過ごせた。
なんだ、これなら5日間特に問題なく過ごせそうだ。
授業自体は、聞いていた通り、どの科目も進度が君恋高校よりも早い。
そして、3限の英語の時間。
「ではここで先週予告していたテストをします。」
はぁ!?聞いていないし!
隣の俊くんも顔をこわばらせる。
担当の英語教諭は、テスト用紙を配りながらこっちを見て底意地悪そうな笑みを浮かべた。
「絶対お前ら出来ないだろ、格の違いを見せつけてやるぜ。」って思ってる顔だ!
若干緊張して配られたテスト問題を見て拍子抜けした。
なんだ、こんなもんか。
正直、昨日の会長のテストの方が難しかった。
へへん、やってやろうじゃないの。その君恋なんてばーか、っていう先入観をずたずたにしてやる!
昼休み時間になった。
他のクラスにいる秋斗や冬馬くんと一緒にご飯を食べようと席を立つと、数人の生徒に絡まれた。
「ねぇ、君、相田さん、だっけ?綺麗な顔してんじゃん。」
「俺たちが遊んであげてもいいよ?」
「いいえ、間に合っているので。結構です。」
「何?そこのやつ、彼氏?」
俊くんだ。俊くんは思いっきり首を横に振る。
確かに違うからいいけど、そんなに全否定しなくてもいいじゃんか。
「違います。別に彼氏とか関係なくて、そういうの興味ないんで。」
「もったいないなー。ね、ここにいる間だけでも楽しんでみたら?」
騒ぎを起こすなと言われている俊くんがそれに介入すべきか迷っている様子なので、大丈夫と目だけで合図する。このくらいどうとだってなる。うまく騒ぎにさせずに抜けきればいいんだ。
「大丈夫です、結構です。」
「頑なだね~。そーゆーの俺好みかもっ。やっぱアドレス」
「うるせぇよ。」
教室が、しん、となった。
声の発生源は、ボス猿であるところの空石雹。
助けてくれたのだとすれば、予想よりマシかもしれない。
「女と口利くな。そういうイキモノがこの空間にいるってだけで胸糞悪いのによ。なるべく空気吸わないように静かにしてたっていうのに、お前らがぐちゃぐちゃ言うから口開かなきゃいけなくなっちまっただろ。そこの女、お前、ここにいる間、なるべく口開くんじゃねーぞ。存在感も消せ。そうしないと存在自体消してやる。」
前言撤回。この男、最低だわ。
それにしても徹底しているな、この嫌いよう。ま、こっちには好都合だけど。最低限でしゃべってやる。
「そういう言い方はないんじゃないですか?」
俊くんがちょっとむっとしたように言う。
「気にしないで、大丈夫。…と、いうことなんだそうで、通してもらえますか?俊くん、行こう?」
「お前さ、あの『海月晴彦』の弟なんだってな?」
空石雹が俊くんに矛先を変えたようだ。
「…そうですけど。何か。」
「いや、別に?」
くすっと笑って俊くんを見ている。見下した様子の嫌な笑い方だ。
「俊くん、行こう。」
俊くんの腕をとって、教室を抜ける。
学校の外、ベンチに君恋メンバーで集まる。
「遅かったな。なんかあった?」
「面倒なのに絡まれてた。」
「え!?ゆき、大丈夫なの?」
「平気。向こうからなるべく口を開くな、存在をなくせって言われてるから。」
「雪ちゃん!ひどい…!」
「いいんだよ、絡まれなくていいし、その方が楽。予想もしてたし。俊くんも、ああいう時スルーしてくれていいからね。」
「うん…ごめん、ちょっと人としてどうかって言い方だったから。秋斗くんたちはどうだった?こめちゃん、大丈夫だった?」
「こっちはね、秋斗くんがなんとかしてくれたよぉ。」
「こめちゃん入った瞬間、歓声上がったからな。『女の子だぁ!』って。危ない息ついてたやつもいたから、そっちの方が心配で。」
よかった。女嫌いは全校徹底、とまではいかないらしい。
「でも、何人か、やばい目してるやつがいた。こめちゃんを虫みたいな目で見てるし、気に食わない顔のやつら。俺に直接話しかけてきたやつもいたよ。」
「それは多分この学校のボスの直属の配下とかいうやつだろ?俺も野口の従兄弟に直接声かけられた。」
「え?なんて?」
「『この学校には、皇帝が二人いるんだ。それに従う直属の部下が何人か。それ以外も皇帝の命令に逆らえない。だから、お前も逆らわない方がいいぜ』ってな。実際、直属の部下?とやらがおそらく2位の鮫島結人だろう。」
「さめ…?」
「切れ長の目のやつ。わざわざ話しかけられたよ。『君恋高校の首席はお前じゃないって本当か?』ってな。肯定したら、『じゃあ女が主席っていうのも本当か?』って言ってきて、それも肯定したら、『女に負けるなんて、君恋のやつらはやっぱり大したことないな』ってな。」
冬馬くんは相当悔しかっただろう。私と彼の実力はほぼ拮抗しているのだから。
私の表情を見て、冬馬くんがふっと笑う。
「相田のせいじゃないからな。今日のテストで目にもの見せてやるさ。結果は明日出るらしいけど、みんな気を付けろよ?」
全員が頷く。
昼休み後の午後の授業でもテストがされた。それに指名制の問題はかなりの確率で私たちに当たった。
幸いなことに科目が日本史だったので私は平気だったのだが、俊くんはかなり苦戦しており、彼が答えに詰まるたびに教室から失笑が漏れた。
俊くんはぐっと手を握って我慢していた。
なんか、嫌な5日間になりそうだ。




