天夢高校に編入しよう( 1日目)
朝7時。地元の駅に向かう途中、駅前のファーストフード店に入る。
秋斗には先に行ってもらったので一人だ。これは当然未羽と打ち合わせるため。この子はこういうことのためなら早起きも徹夜も余裕らしい。
未羽からは例のイヤリング型無線改良型を渡された。かの有名な見かけは子供の名探偵の持つような電話機能はなく、本当のイヤリングのように見える小さいもの。
「今回は監視カメラも持って行って。」
受けとりつつ尋ねる。
「未羽、これが前に電話でなんか言ってたイベント?」
「そ!ふふふ。秋の三大イベントの一つ!天夢高校との交換学生イベント♡ただし通常モードクリア後しかないのよ。通常モードじゃないのはやっぱり補正かしらね。」
「夢城さんが生徒会に入らなくなった時点でどうしてなくならなかったのかなぁ…。」
「さぁ?そんなこといったらどのイベントもそうでしょ。」
「まーね。イベントの概要を教えて。」
「んっとね、超エリート高校である天夢高校との交換学生としてそこで5日間を過ごす。表向きは校長から聞いたでしょうから省くとして、裏の理由は当然隠しキャラと逢うためよ。」
「隠しキャラ…?」
「見れば多分あんたならピンとくるはず。そこにいるのは多分…名前は空石雹。」
「天気シリーズで、太陽と連関させるわけね。」
あれ、よく考えたら太陽って天気じゃないよね?晴れとかじゃないもんね。…深く突っ込んじゃだめなんだろうな、うん。
「そ。ゲームでの設定では、女嫌い。あれよ、歴史ものの乙女ゲームで敵国大将と争ううちに恋に落ちる系の。嫌い嫌いも好きのうち~ってやつ?」
ここは日本。平和な日本です。敵国はありません!
「その女嫌いの程度も結構重度だから気をつけて、雪。あの学校自体、そういう意味では異常だから。」
「分かってる。今度こそ関わらないようにするよ。嫌いなら、こっちにも近寄らないでしょ。」
「どうかな〜。」
「ゲームの夢城愛佳ってそんなに成績よくない…というか普通なんでしょ?なんで行くことになるの?というかやっていけるの?」
「生徒会メンバーが行くことになるからね。勉強出来なくて、向こうの生徒に苛められたり監禁されたり貞操の危機が生じるという設定で、そこを『成績だけにこだわるなんて馬鹿らしい!他にもっと大事なことがあるはずよ!』って言って…」
「待て。これは年齢制限有のゲームじゃないでしょ?最悪のことにはならないよね?」
「うん。通常販売用は。」
「は?」
「配信大人用じゃなければ。」
おいっ!
「これ設定、高1だよね?15歳だよね!?」
「ゲームだからねぇ。その辺ちょろまかしてたんでしょ。どっちにしても、多分違うから安心して。今の所のイベントでそういうシーンは一個もないでしょ?配信用は今までのところでもそれ系あったから。それではないわよ。秋斗くんに押し倒された時、別にそういったことはなかったでしょ?」
「なかったけど…でもそれは秋斗だからであって…」
急に不安になってきた。
「それより、夢城愛佳がそっちに絡めない今、主人公認定されているのがこめちゃんだとしたら…」
その災厄がこめちゃんに降りかかる!
「注意して見ておかないと!!」
「だから、雪にカメラと無線機渡したんでしょ。電池はこれ。充電できるから。」
「オッケー。やってくるわ。でも、今とにかく一番突っ込みたいのは…なんで『男子校』かってことよ!!!」
昨日渡された制服は男子もの、つまりズボンだ。これではショートカットで胸のない宝塚男役の似合う美人の美玲先輩が女性だと思われなかったわけだ!
「乙女ゲーなんだから、それくらい予想しときなさいよ。天夢高校はそれこそ、逆ハーするのにもってこいな場所。イベントとしても人気だった。頑張ってね!」
とりあえず、生き残ることを目標にしないと。
「おはよう!遅くなってごめんね!」
朝7時半。店から出て、みんなと合流する。
「遅くないよ。大丈夫。…雪さん、男子ものの制服似合うね!女の子なんだけど、かっこいい!」
にこにこする俊くん。
これは、喜ぶべきところか?男の子と間違えられ続けた美玲先輩よりましか?
天夢高校の制服は、ワイシャツの上に校章入り水色ブレザー、紺色のネクタイ、そして灰色ベースに紺色のチェックのズボン。君恋高校も校章入りブレザーだが、渋い抹茶色。一年女子はそれにブラウスと赤いリボン、赤いチェックの入ったスカートに黒のハイソックス。一年男子はシャツに赤いネクタイ、濃い鼠色のズボンだ。
とりあえず男物なので、長いこげ茶色の髪はポニーテールにしてきた。
「俊くんも似合うよ。」
「ありがとう。」
当然、秋斗や冬馬くんもこの服。もともとの顔立ちのせいで何を着ても似合う二人が似合わないわけがない。今頃ネクタイピンについたカメラから見た未羽が『ひゃっはー!!』と叫んでいるに違いない。
問題はこめちゃんだ。
「こめちゃんは…うーん。」
結論から言うと、すさまじく似合っていない。
すもも色のちょっとカールがかったツインテールの髪も、その顔立ちも、そして何よりその豊満な胸が男子制服とそぐわなすぎる。そもそも男子のSサイズでもダメで、SSサイズの裾を更に折って着ている状態だ。こんなことがなければ、絶対に会長が着させるわけがない恰好。
「やっぱり、似合わないよね…うぅ。」
「仕方ないよ。5日間の辛抱だね、こめちゃん。」
秋斗の慰めに、うん、としょんぼりしたまま頷くこめちゃん。
今日火曜日から土曜日までの5日間。この期間を乗り越えられれば、イベントは終わる。
冬馬くんが腕時計を見て言う。
「そろそろ時間だし、行こう。」
電車で3つ隣の駅で降りる。
そこから歩いて5分ほど。
「ここが…名門・天夢高校…。」
金持ちが集って、豪勢な建物…というありがちの展開を予想したのだけど、さすがにそれはない。威厳のある門ではあるが、どちらかというと歴史を感じさせる。
「君たちが、君恋高校の交換生徒さんたちだね、校長室の方へどうぞ。」
守衛さんに案内され、全員で歩く。登校中もだったが、今も周りの男子生徒たちに注目されているのが分かる。特にこめちゃんと私。こめちゃんが不安そうに私の制服の裾を掴んでいる。
「校長先生、君恋高校の生徒さんたちをお連れしました。」
「入りなさい。」
言われて入ると、これはこれは、厭味ったらしい感じの校長像まんま、といった風情のおっさん。このおっさんなら女性蔑視の風潮の学校を作ってもおかしくない。
「君たちが、君恋高校の。ふぅーん。」
じろじろ値踏みするように見られて気分が悪い。
「まぁ、5日間、頑張ってください。…我が校の学習に着いてこられればですが。」
落ち着け、落ち着け私。ここでは落ち着いて騒ぎを起こさない。地味に静かに生きていくんだ。
「君たちのクラス分けはこうです。」
成績順に私たちを並べると、私、冬馬くん、秋斗、俊くん、こめちゃんとなる。
女子一人はやりにくかろう、とのことで、私・俊くんペア、秋斗・こめちゃんペア、冬馬くんという形で編入されるということは学校側から言われているらしい。冬馬くんは一人で何でもやれるからペアを組ませなかったようだ。
その結果。
1組 相田雪・海月俊 2組 上林冬馬 3組 新田秋斗・増井米子
となった。天夢高校には1学年全5クラスあって、成績順に並べた後、1組から順に入る制度となっているらしい。つまり、1位は1組、2位は2組、3位は3組、…6位は1組…となるわけだ。クラスの数字が若いほど全体的に見て成績はいいということになる。
「なんで成績を平等に振り分けないかって?それは、クラスごとにもクラス内部にも格差をつけることで、上位層と下位層の身分制度を作るためよ。」
と未羽から聞いてはいるが、なんて嫌な学校!
クラス担任にそれぞれのクラスに案内されるらしく、職員室で別れることになった。
「ここからは、バラバラだね。」
「そうだな。お互い、健闘しよう。」
「冬馬くんは一人だし、気を付けて。」
「相田もな。増井も、それぞれ俊と新田を頼れよ?」
「うん!秋斗くん、お願いしますっ」
「もちろん。よろしくこめちゃん。」
「じゃああとで!」




