天夢編入の予習をしよう
1時間半後。
会長の言った通り、残りの先輩方も集まって下さった。そして全員で丸つけをされた。
「これは一体なんなんです?」
前世の知識がある私だから分かるが、これはいわゆるセンター試験より少し難しいレベルだ。つまり全国の高校3年生が3年間真面目に勉強してきたら平均6.5割になるように作られた試験より難しい。高校1年の私たちはまだどの科目でもそこまでの学習は終えていないから埋められるはずがないところもある。
「これから苦手科目をやってもらうための洗い出しです。向こうの1年は既にこのレベル程度のことをやっています。」
それは…さすが進学校なだけある。
「俺たちはなんの情報もなく去年行かされてきつかったのを覚えてるんだ。余裕があったのは春彦くらいだ。桜井は文系科目で、美玲も理系科目で詰まっていたし、俺と泉子は三人ほど成績よくないしな。」
「そうなのです!今年も時期は分かっていなかったのです!それで本当は9月末から準備しておくつもりだったのですが、不審者事件やら何やら忙しかったせいでやれなかったのです…。」
「彼らはなかなか面白い性格をしているからね、準備するにこしたことはないんだよ。ボクの見立てでは、特に白猫ちゃんとハニーちゃんはね!」
「え、出来悪いですか?!」
いやそりゃあ大分記憶も薄れていたし物理とか壊滅してしまったけど。
「いや、テストじゃないさ。あいつら、女の子のことをバカにしているんだよ。ボクからしたら許せないことにね!女の子は男の子より出来ないと思っているんだ。」
なんだその前時代な発想は。
「そうだ。だから二人は風当たりが強いと思う。春彦がどれだけ増井を行かせないよう校長とやりあっていたか…。」
あ、私はやっぱり庇ってもらえないんですね、悲しい。
「あの校長は曲者ですよ。やりにくいったらありゃしない。折角雉くんのハック情報をフル活用しましたのに、不正も出てこないとは…脅しも出来ませんでした。」
会長、やろうとしていることが違法すぎます。
「雪くん、君を海月が庇わなかったわけじゃないぞ?ただ単に君のことは無理だろうからだ。」
「と、言いますと?」
「君は主席だろう?どのみち行かされるはずなんだ。そういう意味ではね。私だってあんな学校、反吐がでるほど嫌いだ!可愛い雪くんを行かせたくはない!」
「美玲先輩、苦労されたんですね…。」
さっき桜井先輩が言っていたことからすると、泉子先輩と美玲先輩はかなりきつかったんだろう。
「そうだ。あいつらときたら…」
プルプル、と怒りで震える美玲先輩。
「私のこと、最終日に私が申告するまで女だと気付かなかったんだ!!!」
「「「「「…へ?」」」」」」
一年の目が点になる。
「美玲は胸がないですからね!女の子だと思われなかったのです!私も幼稚園児だと思われたのです!信じられないのです!」
…それは、女子への風当たりが強いとは言わないんじゃないだろうか…。
「採点出来ましたよ。上林くん、流石ですね、オールマイティーに出来ています。未習部分を私が指導しましょう。相田さんは、文系科目は完璧、他も数学の未習範囲の補充と物理をやれば向こうでもかなりの上位層と戦えるでしょう。私と尊が指導します。新田くんは、英語は問題なし、理系科目は未習部分を少しと、主に国語をやりましょう。あと俊も文系科目ですね。二人は泉子が教えてください。まいこさんは…全体的に少し頑張る必要がありそうですね。」
しゅん、とするこめちゃん。仕方ない、彼女の得意な歴史系は習っていない範囲が多すぎた。
「美玲と夏樹が付いてください。それじゃあ始めましょう。」
先輩方との勉強会。
この学校で2年間も20番以内をキープしている人たちが得意科目を教えてくれているのだから、とてもためになる。一番スパルタなのは意外にも、
「違うのです!しゅんぴょん!そこは『〜ければ』なのです!古典は活用と助動詞と文法覚えればとりあえずいけるのです!詰め込むのです!」
「はいっ。すみません!」
「あきときゅん、説明文は必ず接続詞重視なのです!この段落と文章の関係は?!」
「ま、まとめ?」
「ブッブーなのです!当ったり前ですが、最後にあるからといって=まとめ、にはならないのです!安直すぎなのです!」
「すみません。」
「泉子先輩が怒ってる…ハァ、やばい、俺っちも怒ってほしいッス!メガネの泉子先輩もいいッス…!」
最後ロリコン趣味の変態が入ったけど、とにかく泉子先輩に気合が入りすぎているから、俊くんと秋斗が必死で問題集と向かい合っている。
それに引き換え、スパルタと思われた会長は意外とそうでもない。丁寧に落ち着いて話してくれる。
「まぁ、二人はそれほど心配してませんからね。先取りできるところまでしておけばいいでしょう。」
桜井先輩は私に付ききりで数学Bを教えてくれている。ベクトルまでが前世でやった範囲だがまだまだ甘かったのは事実。とても勉強になる。
「白猫ちゃん、下地あるよね?理解早いだけじゃなくて、解き慣れてる感じがする。」
ギクッ!
「あ、あのっ夏休みに問題集で先取りしていたので…あはは。それより桜井先輩、なんでその、手がここに?」
桜井先輩は右手で私の勉強を教えながら左手を私の腰に回している。
「この方が近くで教えられるからね☆このまま二人だけの勉強たいむっていうのはやっぱり魅力的だね☆」
「近すぎる気もするんですが。」
それにここには二人以上いますって。
「先輩、俺にもここ教えてもらえませんか?」
冬馬くんだ。ぐいっと先輩の左腕を引っ張って問題集を指差す。
「なになに〜?冬馬くんもヤキモチ?ボクの人気もここまできたとは…!」
「早く教えてください。」
ジト目の冬馬くん。桜井先輩ツッコミ担当が秋斗だけじゃなくなったようだ。
こめちゃんは美玲先輩と東堂先輩にそれぞれ文系、理系科目を教わっている。
「こめちゃん、英語の文法は特に関係詞、仮定法はひっかかりやすい!仮定法からいこう!あり得ないことを話すやつだな、仮定法過去というやつだ!」
「増井、化学は有機だけしかやってないんだな?無機は暗記だ。今からだと間に合わないし増井は暗記が得意だと聞いた。だから今は有機の精度を上げるか。」
「はいっ!」
こんな感じで私たちは下校時刻を過ぎても勉強をつづけ、9時にようやく終えた。猿が何度もお茶やコーヒーを出してくれ、私が作るはずだったクラス委員のプリントを雉が代わりに作ってくれ(「お礼は女王陛下の蹴りで」と言って秋斗に蹴られた)桃が放課後覗きにこようとする生徒を排除した。
「終わったぁ!きつかったよう!雪ちゃん!」
「こめちゃん、明日からが本番だよ。」
「これから飯行くか。もうファミレスくらいしか空いてないが、奢ってやる。」
「いいんですか?」
「頑張ってたからな。」
秋斗ににこりと笑う東堂先輩。
お兄ちゃん惚れちゃいます!
「君たちも来るがいい。生徒会補佐員たちよ。」
今、ドレイたちって聞こえたのは空耳じゃないですよね?美玲先輩。
「まじッスかぁ!」「いやったぁ!」「嬉しいんす!」
ファミレスでは(一部を除き)豪華な顔ぶれに周りがざわつくのを全員が放置し、席を占拠。
「まいこさん、『秋の食い盛りフェア限定サツマイモと栗の和風パフェ』がありますよ?」
「たっ食べます!絶対食べます!」
「増井、まずはご飯選べよ…。お菓子から食べると胸焼けするぞ?」
「冬馬くん、心配しなくて平気。こめちゃんは甘いのから食べても胸焼けしない人だから。」
茶道部合宿で和風パフェを食前食後に食べた上でご飯完食してた子だ。
「ゆきは?魚介のカレーとかあるけど!」
左隣で秋斗が自分のメニュー表を見せてくれる。
「んー。どうしよっかなぁ。」
「相田、肉と魚どっちが好きなんだ?」
今度は右隣の冬馬くんが私の服を引いて自分のメニュー表のところを指す。
「どっちも好き。」
「いいですね!絵になるのです!ゆきぴょんを取り合う図なのです!」
泉子先輩、どこからカメラが出てきたんですか?
「三人組もメニューを取り合っているからあっちも取り合う図ですよ?」
「あれは絵にならないのです!」
バッサリだな!
結局、私は和風ハンバーグにした。
ご飯を食べ終わるころ、会長が紙袋を出した。
「これが制服です。明日は朝こちらに来る必要はないので、直接向かってください。健闘を祈ります。」
「「「「「はい。」」」」」
渡された制服を見る。
「あれ?会長、これ、間違って発注されてますよ?」
「間違っていません。」
「え、だってこれ…。」




