影の救済者にお礼を言おう
生徒会室に戻ると、先輩含め他のメンツが全員揃っていた。
「あれ、夢城さんは…?」
「桜井が来た後にくらいに慌てて出て行った。今は警察の事情聴取じゃないか?」
「そうですか…。」
緊張して来たのに拍子抜けだ。
「雪ちゃん!」
バッと走ってきたこめちゃんに抱きつかれる。
「雪ちゃん!ごめんね!!私が出て行かなかったせいで!雪ちゃんがそんな酷い目に…」
「え?」
目を上げるといつの間に戻っていたのか四季先生が申し訳なさそうな顔で言う。
「これから警察の事情聴取があるのでお迎えに来ました。…すみません、相田さん。やはり何があったかは正確にお伝えしておくべきだと思いまして…。相田さんが遭ったこともみなさんにお話しました。」
それは全く構わない。前世と通算した精神年齢だ。ちょっとおっさんに足触られたぐらいのことで落ち込んだり傷ついたりするような柔さはもうない。
でもこめちゃんは、ごめんごめん、と泣いている。
「こめちゃん、気にしないでいいって。大したことはされてない。夢城さんの方が…」
「私も行っておけばよかった!」
こめちゃんには聞こえていないらしい。
「だめ。例えもう一度同じ状況になっても、こめちゃんを行かせたりしない。」
「そうですよ、まいこさん。」
「春先輩!」
こめちゃんが私から離れ、怒った顔で先輩に向かう。それを意に介さず会長は私の前に立つと、そのまま頭を下げた。
「相田さん。申し訳ありませんでした。あなたに怖い思いをさせましたね。私の読み誤りでした。生徒会役員をこのような目に遭わせてしまうとは。会長失格です。」
「いや、平気ですってば。」
あ、そうか。さっき夢城さんを突き飛ばしたりしたから相当動揺してると思ったのか。
「さっきのあれは違うんです。ちょっとイラっとしただけで。とにかく、あの事件の方はもう全く問題ないですよ。」
「イラっと?」
「ええ。」
私の短い返事に、冬馬くんが、いいじゃないですか、と収めてくれる。
「本人がいいって言ってるんです。これ以上蒸し返される方が嫌だってこともあるんじゃないでしょうか?」
冬馬くんは私が私情で動いたことについて多分察しはついているんだろう、それでも追及されないようにしてくれている。
「とにかく、お手柄だったな、雪くん。」
「そうなのです!もともとそうですが、自慢の後輩なのです!」
先輩たちが褒めてくれるのがこそばゆい。
そこに騒々しい三人組がどやどやと入ってきて、俊くんの前にひれ伏した。
「海月師匠!お許しを!おいらがあれに不用意に声をかけちまったから、あの子が襲われる羽目に!」
「いや、俺っちがこけちまったせいで!」
「二人のせいじゃないし、むしろお手柄だよ。」
俊くんの微笑みに二人が涙を流さんばかりに喜んでいる。
「お優しい!さすがは師匠!」
「あの、それより、僕のことを師匠って呼ぶの、やめてもらえないかな…。」
「海月のアニキ、というと会長閣下と誤解される可能性があるんす。」
会長閣下、と呼んでいたのか…
「普通に俊、と呼んでもらえれば。」
「滅相もないッス!」
「でも…廊下とかで師匠って呼ばれると、ものすごく恥ずかしいから…」
「じゃ、じゃあ俊のアニキで勘弁してくださいッス!」
「…じゃ、じゃあそれで。」
「あざっす!あ、女王様はそのままでもよろしいんで?」
よろしくないです。
「いや、なんか固有名詞で呼んでほしいかなーと。」
「じゃあ雪の女王様は?!」
「それは今流行りのアレのパクリになっちまう!」
「相田女王様でいいんじゃないんすか?」
「長えよ!もっと、しっくりくるのがあるはずだ…。ここは女王様をやめて…」
「ダメ!女王様は外せない!女王様、この度は申し訳ないです!サンドバック代わりに僕を思いっきり蹴飛ばしてくだ…」
「俺が思いっきり蹴飛ばしてやるよ。」
秋斗が雉を追いかけはじめる。
馬鹿三人組のおかげで空気が和む生徒会室。私の様子が変でも事情を訊かずに優しく受け入れてくれる。
生徒会のメンバーがこの人たちでよかった。
「じゃあ、相田さん、行きましょうか。」
「はい。」
ドアを開けて足を踏み出した途端に落ちていた雑巾でこけなければ、今日の先生は完璧だったのに。
それから、警察の事情聴取を受け、自宅に先生が送ってくれたあと(車でだ!)私は未羽に電話した。囮捜査が一日で終えられて、事件も解決したのはこの子のおかげだ。それは私だけが知っている真実で、私以外には知らないこと。
「未羽。今日は色々とありがと。」
『まぁ、代価は十分もらってるからいいよん。』
「代価?」
『当然雪と秋斗くんとの絡み〜!』
「ちなみに、聞きたくないけど、どうやって得たの?」
『ん?まずは秋斗くんと雪が抱き合っている姿をこの目に直接焼き付けるために、イヤリングのGPSであそこまで超高速でダッシュして。』
おい。そんな機能ついてたのか。
『それから茂みの中で音声聴きながらじぃっと見て。』
「見られてたの?」
『そりゃもちろん。生スチルを見ないわけには。予定されてなかった条件でも抱きしめられるシーンっていうのは定番!それが音声だけじゃなくて生で見られる位置にいるんだから、見ないわけない。』
恐れ入るよ、その執念。
「それから、どうしてたの?」
『え?あれをカメラで撮って、データ取り込んでそれから』
「やっぱりもういい。」
どうせ音声をエンドレスリピートしていたんだろう。
ストーカー予備軍の変態行動を逐一聞いてしまったら感謝してた私がバカらしくなってくるじゃないの。
『それより、今日どうしたのよ?悪役のセリフまんまだったけど。嫉妬って言ってたけど、本当に?』
「…自分でも信じられないよ。なんで秋斗に嫉妬なんて。」
『独占欲ねぇ。恋愛一歩手前じゃないの。いやもう踏み出したか?』
「やめてよ!」
『こないだ上林くんの時もドキドキしてたくせに?』
「うううっ。」
『恋愛って、落ちるもんなんでしょ?fall in love!そんなに強情にならなくていいんじゃないの?とか思っちゃうけどね。』
「…未羽はさ、前世で恋愛したことある?」
『乙女ゲーに夢中で現世でストーカーレベルになる私に訊く?』
自覚あるのか、あんた。
「想った分だけ、苦しくなる。惚れたが負けな世界だと思うわけよ。」
『じゃあ、あんたもう勝ち組じゃん。』
「こっちが惚れても負けなのよ。」
そうやって気持ちが動いた後に離れるのはもう嫌だ。
大切な人がいなくなってしまうのは辛いんだ。
『頑なだなぁ〜。ま、ここまでの攻略対象者様の攻撃で大分乱されてはきたみたいだけどね。これからイベント盛りだくさんなのに、その鋼の精神がどこまでもつか見せてもらおうじゃないの。落ちない相手にあらゆる手練手管を使って攻める二人を見られるのは、ゲーム以上に面白いね、ひっひっひ。』
つくづく自分の欲求にまっすぐな彼女はいっそすがすがしい。
『それにさぁ、このまま二人だけでいくとは限らないし?』
「え、だって会長にはこめちゃんがいて、東堂先輩と先生とはそういう関係から外れてるはず…。」
特に会長と先生は私の中で既に攻略対象者という枠からすら外れそうだ。
『ふふふふふふ。楽しみ♡どうするんだろうねぇ、二人は!東堂先輩があの感じだと、多分俺様なキャラじゃなくてお兄さんキャラの方に変わってるから、もしかしたらここでゲーム補正が…』
何の話か全く分からないが怪しすぎる。絶対よくないことがこれから起こるんだろう。でも聞いても教えてくれないに決まっている。
「恋愛はともかく、学生の本分は勉強!そんなものは頭の隅においやっとけばいーの!未羽、明後日から中間って分かってる?」
『ぐあっ!!!』
笑っていた未羽が電話の向こう側で私に撃沈された。
これにて不審者事件編は終わりです。次話から新しい編のスタートです。




