嫉妬をしよう
評価・ブックマーク等ありがとうございます。3/8の活動報告に「転校生モブの見た日常」という小話を掲載しましたので興味のある方はご覧ください。
私を襲った連れ去り犯人を確保して警察を呼んでいる間に秋斗が連絡を取った冬馬くんが事情を説明してくれた。冬馬くんは見回りでその現場に出くわしたらしい。道路の向かいの遠くから見ていた冬馬くんの報告だとこういうことだ。
どうやら、ハサミを持った不審者に一番に気がついたのはあの桃だった。「何持ってるんすか?」と聞いたところ、不審者の男性はいきなり走り出した。そこに運悪く居合わせたのが主人公・夢城愛佳。女生徒を守ろうと立ちふさがった猿がなぜか倒れ、そして後ろにいた彼女の美しいふわっとした茶色の髪がばっさりと切られた。そのあと、少しだけ間に合わなかった桜井先輩が相手を押し倒し、確保された。不可解だったのはなんで猿が倒れたのかということらしい。猿は相手の男に押されたりという感じはなかったのだという。
「こけたんじゃないのか?あいつなら。」
そう、犯人を警察に引き渡すまで待つ間に東堂先輩が言っていた。
犯人を警察に引き渡した後、先生が事情聴取されることになった。本当は被害者の私もなのだが、私が相手にされた行為を見ていた先生が少し学校で休ませてあげてほしいと言って聞き入れられた。タクシーで移動する最中もみんな黙っていたが、会話の聞こえている未羽は全く違う見解をラインで送ってきている。
『あの、ビッ◯!!あいつ、今日がそのイベントだって分かってたんだわ。それで自分で行ってあえて、被害に遭ったんだわ。そのイベントは好感度調整のイベントだもん。』
『好感度調整?』
未羽のラインを見ながらタクシーを降り、保健室に向かう。
『そう。好感度が低い攻略対象者がいた時に、このイベントで被害に遭った状態で抱きつくと、好感度が上がるのよ。』
そりゃあ誰だって被害女性には酷い扱いはしないもんね。
ガラッと保健室のドアを開けると、左側の髪が不揃いに切られた夢城さんがいた。美少女の痛々しい姿にみんな同情の視線を送っている。
彼女はそのまま、はらはらと美しい涙を零しながら、私と一緒に入ってきた秋斗に抱きつく。
「あきとくん!!怖かった!!」
秋斗もさすがにその姿に哀れんだのか、振り払おうとはしない。
ゲーム通りだ。
だけど。
…嫌だ。なんか、無性に嫌だ。
なんで、あんたがそこで抱きついてるの?
そこは、私の場所なのに。
耳元で聞こえる未羽の声。
『そこに居合わせた悪役・相田雪がね、触んないで、この人は私のよ!って言って、周りが庇うから余計好感度が…』
「触らないで。」
『え?』
「…秋斗に、触らないで!」
私がそのまま泣いている夢城さんを秋斗から引き剥がし、押したことでそのまま、どん、と夢城さんが尻餅をつく。
「酷い…」
涙を目にためて言う夢城さん。
保健室にいた他の生徒会のメンツが私の声に、行動に唖然としてこっちを見る。なにより、秋斗が一番驚いた顔をしている。そして夢城さんは私だけに見える位置でくすっと笑った。
なぜかその姿に今まで一度も感じなかった怒りが湧き上がる。
『雪?!それはゲームの悪役と同じっ?!』
未羽が耳元で言う声ではっとした。
私、何を思った?
いつの間にか入ってきていた桜井先輩が、突然いやぁーと空気を変えた。
「あれ、白猫ちゃん、小鳥ちゃんに嫉妬しちゃった?でもざーんねん。秋斗くんは白猫ちゃんのものでも小鳥ちゃんのものでもなくてボクのだからね!でもボクはみんなを愛せるから白猫ちゃんも小鳥ちゃんももちろんウェルカム!」
おどけた口調にみんなの空気が一瞬だけ和んだ。
「…すみません、少し動転していたので、向こうで落ち着いてきます。」
その間に私はそこから逃れる。
なにしてんの、私!あれが例えイベントだっていいじゃないの!それで主人公と攻略対象者の秋斗が上手く行くんだったら万々歳!最初なんか応援してたじゃないの。なんで私、こんな気持ちで!!
未羽からの何かの呼びかけも聞かず、走り続ける。
「ゆき!」
腕を掴まれた。そして振り返らされてそのまま抱きしめられた。
「秋斗?」
「ゆき、大丈夫?四季先生からゆきが何されたか、メール来たんだ。辛かったよね?」
違う。そんなもののせいじゃない。
あの時に私が感じたのは、嫉妬。ただそれだけだ。
「ゆき、平気?」
「秋斗…違うの。」
「え?」
「そんなのは、全然たいしたことじゃなかったの。私が夢城さんを突き飛ばしたのは…嫌だったから。」
「嫌?」
「そう…秋斗に縋り付かれるのが、嫌だったから。だからあんなことした。別に動揺してたとかさっきあの不審者に何かされたからじゃない。」
「ゆき。」
「嫉妬したの。軽蔑していいよ。あんなにボロボロの夢城さんを私情で突き飛ばしたんだもん。私が圧倒的に悪い。」
「ゆき!」
ぎゅうっと秋斗が腕に力を込めた。
「苦しい、秋斗。」
秋斗は私の言葉を無視したまま口を開いた。
「…ゆき、俺の方が不謹慎だって言っていい。俺、今すっげー嬉しい。嬉しくて、ゆきのこと抱きしめるのに加減できないくらい。」
ドキドキと早鐘のように打つ秋斗の心臓の音が直接聞こえる。
「でもこの気持ちは」
「いいんだよ、そんなこと!別にまだ恋愛までいってなくてもいい。…ゆきが、ヤキモチ妬いてくれたんでしょ?いつも俺が女の子と喋っていても、平然として普通に生活してたゆきを俺がどんな気持ちで見てたか、分かる?」
分からない。いや、「分からなかった」。ここは乙女ゲームの世界だと、ただ、秋斗に恋愛面で関わらないようにとそれだけを思っていたから。
「上林と仲良く喋ってて、最近は勉強会までしてて。その時俺が感じてた気持ちをゆきも俺に感じてくれた。」
「秋斗、それ知って…!」
「ゆきのこと、知らないわけないでしょ。…俺ね、そのことだけで、あの子には悪いけどもうすっげー幸せ。だからゆきがそんな風に思う必要ないから。俺、どんなことがあってもゆきが何より大事だから。」
「秋斗。」
秋斗が解放してくれて、自分の胸を指す。
「俺のここは、ゆきだけのだから。ゆき以外にもう抱きつかせたりしない。」
そう言って蕩けるような甘い笑顔を見せる。
なんでこの人も。こんなに私の心臓をばくばくさせるようになったんだろう?どうして私は冬馬くんにも秋斗にも、こんなに動揺するようになっているんだろう。
「さぁ、生徒会室に行こう。みんな心配してる。」
「…うん。」




