仲直りをしよう
次の日、秋斗の誕生日。
私は秋斗にラインを送った。
『今日、昼空いてる?話したいことがあるんだけど。よければ、1時に駅前のカフェに来て。』
私は約束の時刻より早く、前に未羽と待ち合わせたカフェに行きアイスティーを頼んで待つ。
時刻になって秋斗はちゃんと現れた。気のせいではない、左頬が少し赤い。
未羽、相当引っ叩いたな。
秋斗はそのまま、私の前に座ってアイスコーヒーを頼んだ。
沈黙。
「あの、ゆき…」
「秋斗。ごめん。」
「……え?」
「秋斗のやり方をいいとは思わないけど、あそこまで追い詰めちゃったのは、私。秋斗の気持ちだって、気付いてたのに。でも分かっててあえてこのままでいようと放置してた。…秋斗が、それを変えようとしてるのを知って無理に避けたこともあった。それは、謝る。」
「…ゆき。俺も。いきなりああいう風にしたのは、ごめん。」
秋斗が私に頭を下げる。
「俺、あれを言ったことは後悔してない。そうでもなければゆきは絶対俺のこと意識してくれなかったから。…でも、ゆきの同意も得ずにゆきの唇を奪ったことと…それをみんなに言っちゃったことについては、悪かったと思うから。」
「私、秋斗にキスされたことに怒ってこういう態度取ってたんじゃないよ?」
「へ?」
私はアイスティーのコップについた水滴を眺め、手でストローの袋を弄びながら、ゆっくり話す。きちんと、誤解なく伝えたい。
「私、秋斗のことは好きだよ。…でもそれは、恋愛としての好きじゃない。秋斗が今の私たちの関係を否定して壊したことが、昔から一緒だった私たち自身を否定しているみたいでやるせなかった。」
「そんなこと!」
「うん、そうじゃないって分かってるんだけどね。それでもだよ。それに、私、今恋愛するつもりないんだ。だから秋斗の気持ちには応えられない。私がその想いを断ることで、この関係が壊れたら、もう、秋斗とは一緒にいられないんじゃないかなって…それが、たまらなく怖い。」
「ゆき…。」
秋斗の気持ちに応えられないのに傍にいてくれなんて、都合のいいことは言えない。そして本当の意味で秋斗が離れてしまうことを考えて、それを心から怖いと思った。8歳の時からずっと一緒にいて、なんでも一緒にやっていた秋斗が離れてしまうなんて考えられない。そこまで来てどれだけ自分が秋斗に甘えてきたのかにようやく気付いた。
「ゆき。」
秋斗がテーブルの上でストローのゴミを弄んでいた私の手に、そっと彼の手を重ねる。
「ゆきはバカだなぁ。」
聞き捨てならないな!
「俺が、一度くらい断られたからってゆきから離れるわけないじゃん。そういう相手としても見てもらえてなかった状態だったんだし。」
「秋斗、私はこれからも…」
秋斗がその長い人差し指で言いかけた私の唇を押さえる。
「恋愛しないなんて、言わせると思う?俺、意地っ張りなゆきとどんだけ付き合ってきたと思ってるの。今まで、俺はゆきにいろんなお願いをしてきて、ゆきが渋ったこともあった。それでも最後にはゆきは必ず俺のお願い聞いてくれたよね。俺、辛抱強くアピールしていくし、諦めないよ。ゆきが何て言おうともね。」
そう言って、蕩けるように甘い笑顔を浮かべる秋斗。
あ、向こうでウェイトレスさんがアイスコーヒーの乗った盆を落とした。
なんてことだ。私の周りの人たちはなんて諦めが悪いんだろう。
「分かった?じゃ、仲直り!この話は蒸し返さない!それでいい?」
そう言って、秋斗は昔喧嘩した後に仲直りの儀式としてやってきたように、小指を立てる。
「うん。ありがとう、秋斗。」
その小指に私も自分の小指を絡める。
「ゆーびきーりげーんまーんうそついたらはりせんぼーんのーますっ。ゆびきった!」
それから、昔みたいに二人で顔を見合わせて笑った。
「じゃ、帰る?」
話が終わったので、秋斗が立ち上がる。
「帰るっていうか、行くとこあるんだ。秋斗も一緒だよ?」
「え?」
二人で電車に乗り、隣の駅まで行くと、そこにはいつものみんながいた。
「雪!」
「秋斗!」
「雪ちゃん、もう大丈夫?」
「うん、もう平気。仲直りしたよ。」
不安そうなこめちゃんにそう言うとこめちゃんはぱぁっと顔を明るくさせた。
「良かったぁ!」
あとのメンツはもう少し慎重だ。
「あの、雪、実は私たち、雪と秋斗くんの間にあったことを聞いてしまいまして…。」
「あ、うん、それも知ってる。それ込みで和解してるから、そんな不安そうな顔しないで。」
「そうですの。」
「じゃ、じゃあさぁ、雪は秋斗くんと付き合うことになったの?」
私が明美の疑問に目をつむってふるふると首を振ると、一様にえ?という顔をする。
「関係はこれまで通りじゃないけど、付き合いはこれまで通りってこと!」
「…よく分かんねーけど、二人は付き合ってなくて、それだけど、仲直りしたってことか!」
「そういうこと。」
探るようにこちらを見ていた上林くんが秋斗に近づく。
「ま、これで同じスタートラインだな?」
「何言ってんの?俺にはゆきと育んできた長い付き合いと経験があるからね。男だと思ってもらった時点で俺にアドバンテージがあるに決まってんだろ?同じスタートラインじゃねーよ。」
「どうかな?その付き合いって友達としてだろ?意識されてからの期間から決めたら大したことない。」
「なんだと?!」
「あー。しばらくはあれを楽しめそうだわぁ。良かった良かった。目の保養。」
「姫を取り合う王子の図ですわね。」
明美、京子、意味不明。
そういえば。
「未羽は?」
一番そういうことを言いそうな人がいない。今回一番の立て役者だろうに。
「未羽さんね、僕たちを集めるラインしてくれたんだけど、本人は熱出しちゃったみたい。電話したらね、『…私がぁ!こ、…さま…顔にっ!この私が!!傷…っ!』とか錯乱してたよ。大丈夫かなぁ?」
「コ…サマ?新しい病気かなぁ〜?顔に傷がつくの?だ、大丈夫かなぁ、未羽ちゃん…。」
俊くんとこめちゃんが悩んでいるが、明らかにそれは秋斗の顔を殴ってしまったことによるものだ。乙女ゲームイケメン鑑賞を至上の喜びとし、そのご尊顔を仰いでいる未羽が自らそんな行動を取ってしまったことに対する拒絶反応だろう。
これはフォロー入れて後で見舞いに行かないといけないな…。
「でもさぁ、あれだよな!未羽ちゃんって普段何考えてんのかよく分かんねーし、たまに不気味に笑ってたりするけど」
それは間違いなく未羽が妄想してるか悪いこと考えてる時だよ、遊くん。
「それでもあんなにはっきり感情出して怒るのって、雪ちゃんのためだけなんだよな!」
「そうですわね。未羽は常に雪のことをすごく大切に思ってますわね。羨ましいですわ。」
「京子、あんたには私がいるわよ!雪、本当にごめんね。秋斗くんに、雪からみて弟、とか言ったの私だし…。」
「大丈夫。どうせ遅かれ早かれだったと思うし、秋斗、言われなくても気づいてたから。それはもうお終い!」
「そうだね。それそろ、秋斗くんのお祝い始めようか。」
「うん!」
私たちは、ぎゃーすかぎゃーすか「王子」らしくなく言い合いをしている二人のところに向かった。




