親友の忠告を聞こう
あーもう最悪!
二学期が始まった。
今日は学校が始まって一週間経った日。夏休み明け学力試験があった。
出来は最悪。個人的には現世最低の出来と言っていい。
私は憤懣やる方なくドスドスと廊下を歩く。
あの日。
秋斗の部屋に行って解放されたあと、私は飛ぶように家に帰って部屋に閉じこもった。その日は夕食も断ったくらいだ。
お母さんや太陽が心配して声をかけてくれた。
「雪、どうしたの?今日秋斗くんのとこ行ってたのよね?喧嘩したの?」
「ねーちゃん、秋斗にぃが『ゆきが荒れてたら俺のせい。ごめん』ってライン送ってきてんだけど、秋斗にぃとなんかあったの?」
しかし何も反応できなかった。
秋斗の家での事件があってからの夏休みは当然会ってないし、その二学期が始まっても、入学式から1ヶ月間やっていたように秋斗が来るよりも早く家を出て登校すること一週間。
その間に二学期の席替えをした。私の後ろが未羽、未羽の隣が俊くん、未羽の後ろが木本さんで、その更に後ろが夢城さん。上林くんの通路挟んで隣がこめちゃん、その後ろが秋斗と、固まっている。あまり変わり映えはしない。
ゲームのせいなのか、そうなのか?今の私への挑戦状なの?
今の私は秋斗と1メートル以上近づかないし、失敗して体が接触してしまうと、私が逃げる。
秋斗は寂しそうに、でも仕方ないというような顔をしていて、私が逃げても追いかけたりしない。
生徒会の仕事では風紀を乱した生徒に対し、未羽の盗聴機を借りて自ら鉄拳制裁を加えて大人しくさせた。
八つ当たりくらいさせなさい。
部活でも生徒会でも秋斗と一緒だから、みんな当然私と秋斗との間の距離に気付いて心配している。
生徒会の先輩方は大人で、私たちの様子が明らかにおかしいことに気付いていても何も触れないでいてくれている。
上林くんは敏い人だから自分が秋斗の起爆剤になったことに気づいていて、おそらくなんとなく経緯も悟っているのか、敢えてそのことを口にしようとはしない。
こめちゃんと俊くんは不安そうに四季先生と愛ちゃん先生の方を何度も見るが、四季先生はただ苦笑を浮かべ、愛ちゃん先生は、「やめときなさい。他人の恋愛沙汰なんて煮ても焼いても食えないわよ。」と返していた。
今日の生徒会でも当然同じような態度を取り続けて一人で帰ろうとした時にラインが鳴った。
『雪、話があるんだけど秘密の部屋に来てくれない?』
未羽だ。
私が部屋に向かうと未羽が一人でそこにいた。部屋に行くのは久しぶりだ。まだ君恋高校に来て友達が出来ていないとき、未羽と二人だけでここで過ごした。今では、こめちゃんに俊くん、上林くん、茶道部のみんな、生徒会の先輩方とお昼をとることが多くなって、めっきり使われなくなっていた。
「未羽、何?」
未羽は教室に入った私の方に近寄ると、私の頭にデコピンした。
「いったぁー!何すんの!」
「あんたさぁ。周りに心配かけすぎ。雪がそんなになるくらいだから結構重大ななんかがあったんだと思うけど、一人で抱えきれないならちゃんと話しなさいよ。相談しろっつったでしょ。」
「未羽…。ごめん。」
私は未羽に事の顛末を隠さず話した。いつもだったら「なんで妨害電波入れてたの!」とか怒っていただろうし、私の行動に「ばか」とか突っ込んでくるんだろうけど、今日はそういうことはせずに訊いてくる。
「んで?あんた、何にそんなに『怯えて』んの?あんたが現世の体でのファーストキスを奪われたことにそれほど腹を立ててるとは思えないんだけど。」
さすがだな、未羽は。お見通しだ。
「私は…」
「待って。私に言う必要はないから。それ、ちゃんと秋斗くんに伝えなよ?明後日、秋斗くんの誕生日でしょ?」
「…うん。」
9月9日は秋斗の16歳の誕生日。
「このままだと、秋斗くんは最悪の誕生日になるでしょうし。あんたもそうしたいわけじゃないでしょ?」
「うん。言いたいことはあるけど、…なかなか言い出せなくて。」
「じゃ、ちゃんと伝えなよ。私が言いたいのはそれだけ。」
そう言って未羽は、「じゃあまた明日の部活で!」と先に部屋を出て行く。
一人になった部屋で呟く。
「あーもう。ほんとに未羽には敵わないなぁ…。」
次の日。いつものように授業を受け、それから部活に向かう。
茶道部の面々は生徒会の先輩よりも露骨に心配を顔に出していた。
廊下を歩いて、茶道部室のドアを開けようとすると、中から声が聞こえた。
「ねぇ、一体何があったの?!秋斗くん、雪に何かしたの?」
「そうですわ。雪があんな風になるなんて、おかしいですもの。」
「落ち着いて、二人とも。何か事情があったんだよ。」
明美と京子を止める俊くんの声。
今入るのはまずいので、そっと廊下の窓から中の様子を見て入るタイミングを伺う。
「なぁ、秋斗ー、二人がそんな感じだと俺ら心配でさ、いつもの調子出ねーんだよ。仲直りできねーの?」
「…さぁ。俺がしたくても向こうがしたくないんじゃないかな。」
「秋斗くん、何しちゃったの〜?生徒会でもずっとそうだったし、このままこうだと…。」
こめちゃんの沈んだ声。
「な、秋斗、ここは男が大人になってだな…」
言いながら秋斗の肩に手をかけた遊くんの手を振り払って秋斗が、引きつった笑みを浮かべて言った。
「何したかって?ゆきがあんまりにも俺のこと弟扱いするから、違うって分からせただけ。押し倒して、キスしただけ。」
「…!!!」
みんながその事実に硬直する。
パン!!
その時、乾いた音が弾けた。
「「未羽?!」」「「未羽ちゃん?!」」「未羽さん!?」
未羽が、秋斗の、この世で生きがいにしていると言っていい攻略対象者様の顔を片手で叩いていた。それも、結構いい勢いで。
「秋斗くん。私はあなたが雪に対してしたことについて何か言うつもりはない。介入するつもりもない。でも、今のはないんじゃない?みんなの前で、そーゆーこと言うのが、どれだけデリカシーに欠けるか分かってる?どんなに秋斗くんが今傷ついていようが、苦しんでいようが、それは許されないよ。それをみんなに聞かれたって知ったら、雪がどんな顔すると思う?どんな顔してあの子がここで過ごさなきゃいけなくなると思う?」
笑いの微塵も入らない、未羽の真剣に怒った声。
「私はさ、二人が二人のタイミングで話し合えばいいと思うよ。でも、それは見過ごせない。」
私はそれだけ聞いて、部活に出ずにそのまま家に帰った。




