漢の中の漢を見よう
秋斗とみんなのところに戻ってくると、ちょうど、どこかで見た感じのふんわり巻かれた茶色い髪の超絶美少女が見えた。一緒にいるのは…東堂先輩か?
秋斗が「げ。」と言って例の彼女の視界に入らない位置まで移動する。
私が未羽に近づくと、未羽も彼女のことを発見していたらしく、ちっと舌打ちした。
舌打ちはやめいって。
未羽は例の彼女=夢城さんの口元をじぃっと見ていたと思うと
「『相田…太陽…?隠しキャラ?こんなとこで?ラッキー!』…気付いたみたいよ?」
どうやら例の口読みの術を使っていたらしい。
それはその通りで夢城さんはこっちにパタパタ走ってくると、まずは少し離れたところに太陽と一緒にいる上林くんに声をかけている。秋斗が見えない位置に隠れたからだろう。
「東堂先輩、合宿ぶりです。どうして夢城さんと?」
こっちに寄ってきた先輩に尋ねる。
「誘われたんだよ。サッカー部全員がな。あと俺はこないだの詫びを、と。」
「東堂先輩ではなくて桜井先輩に詫びるのが筋なのでは?」
「俺もそうだって言ったんだけどな、それはまた今度するらしい。」
要は口実か。会長がダメだったので東堂先輩に声をかけたんだろう。
夢城さんは引き気味の上林くんの後、太陽に声をかけた。
「こんにちは!えっと、相田太陽くんですよね?」
「…そうですけど。なんでそれを?」
未羽が隣で、「ばか…」と呟いている。
「あ、あのっお姉さんと友達で!!お姉さんとよく似てるよねっ?!話聞いたことあってっ!」
太陽は訝しげな顔を向けている。
クラスメイトだが友達ではないぞ、むしろ何度石にされそうになったか!!
それから、私と太陽は顔の造りは確かに似ている(おそらく海月兄弟よりは似ている!)が、瞳と髪の色が全然違うので似ているとは言われない。
「私、お姉さんの友達の夢城愛佳っていいます。是非仲良くしてね!メアドとか教えてもらってもいい?」
そう言うと、夢城さんは太陽の手を取って握手する。
未羽が隣で東堂先輩に聞こえないくらいの声で
「あれは、エンドのうち、結局追放されることになっているけどかろうじて悪役を許した後に出てくる、太陽くんに初めて会う時のセリフ。」
と教えてくれる。
追放した相手の弟に「友達です」って自己紹介するのはストーリーとしてどうなんだ、脚本家さんよ?
そんなどうでもいいことを思いつつ二人の様子を観察する。
太陽の女の子の好みは知らないけど、最初の遊くんみたいに美少女が嫌いな男の子はいないはずだ。遊くんがすぐに好意を撤回したのは明らかにあの時の対応のせいだし。今の夢城さんは初対面の挨拶としてそんなにおかしくない。太陽はあれに騙されるんじゃないか?
しかし私の予想は全く当たらなかった。
太陽は持たれた手を「すみません」と解く。
「俺、あなたの名前を家で聞いたことありません。」
え?!太陽、私が家で話してる人の名前全部覚えてるの?!なんて記憶力!
「それほど姉と交流ないんじゃないですか?悪いんですけど、俺、結構そういうので声かけられることが多いんで、そういうのはお断りしてるんです。」
未羽が、「ざまぁ!」という顔をしているので小突いておく。
それを言われた夢城さんはプルプルと震えている。
「『私みたいな美少女が声かけてあげてんのにっ。全く、これもあの女のせいか。薄汚い尻軽の雌猫はみんなにこび売るだけじゃ満足せずに弟にも何か吹き込んでんのね。』…ってあの女!!」
きっと誰にも聞こえないくらい小さな声だった。私も未羽が口読みの術で、隣で呟かない限り絶対分からなかった。
しかし太陽には聞こえていたらしい。いきなり夢城さんの浴衣の胸ぐらを掴み上げた。辺りの人が一斉にざわっとし茶道部面々も目をまん丸にして驚いている。人目を集めるイケメンが美少女の浴衣を掴み上げてるんだから、目立つに決まっている。
「あんたが女じゃなかったら殴ってた!今度ねーちゃんを貶めるようなこと言ってみろ!ただじゃおかないからな!」
太陽が本気で怒った顔だ。
夢城さんは驚いて声も出せない様子。
まずい、ここで夢城さんが騒いだら警察沙汰になってしまう!
「太陽!!」
私が慌てて駆け寄ると太陽はパッと手を離して下を向いた。
「夢城さん。弟が、ごめん!」
私が騒動の理由を分からないと思っている夢城さんはさすがに自分の言ったことにバツが悪そうな顔になり、走ってサッカー部の部員の方へ戻る。
「…何があったんだ?」
と事情が分からず困っている東堂先輩に私が謝ると、東堂先輩は徐に太陽に近づいた。
「先輩、これにはきっと理由が!」
止めようとした上林くんを制し、東堂先輩が太陽に訊く。
「あいつがなんか我慢ならないことを言ったのか?」
太陽は俯いたまま、動かない。
その様子を見た東堂先輩は太陽に一気に頭を下げた。
「うちの部員が無礼なことを言ったようですまなかった。」
こんなにたくさんの人に見られている中で。
先輩には何も非はないはずなのに。
イケメンがイケメンに頭を下げる様子に、さっきまで気づいていなかった人までもが花火そっちのけで静かになってこっちに注目したせいで、花火のドンドン!という音だけが響く。
怒られると思っていたに違いない太陽は驚いたようにその場で固まっている。
きっちり90度腰を折った後、東堂先輩はようやく頭を上げた。
「きっと我慢できないくらいだったんだろう?…でもな、あいつも女の子だからな。お前、男なら手は出すな?どんなに相手に非があっても、お前が悪いことにされるぞ。あいつには俺が後できちんと言っておくから、今回はこれで勘弁してやってくれ。」
悪かったな、とポンと太陽の頭に手を置くと、東堂先輩はそのまま群衆のどこかにいるサッカー部のメンツに戻ろうと、踵を返して歩いていく。
「あの!」
太陽がその背に声をかけた。
「俺、相田太陽っていいます!あの、ねーちゃんの先輩なんですよね、お名前教えていただけませんか?」
「東堂夏樹だ。」
「東堂先輩っ!俺、あなたみたいになれるよう頑張ります!来年絶対君恋高校に入って、あなたを追いかけますから!」
東堂先輩は顔だけ太陽に向けて振り返っていたのだが、それを聞いてにっと笑って片手を振ると人の間に戻っていった。
「かっこいい…。」
京子が思わず、というように言った言葉が聞こえる。
「うはー…」
未羽も隣で呟く。
「あれが漢の中の漢かぁ!ゲームにない東堂先輩の本領観ちゃったよう!!」
周りが東堂先輩に見惚れる中、私はそっと太陽に近づいた。
「太陽。」
私が声をかけると、びくり、と太陽の背が動いた。
「私のために怒ってくれたんでしょ?ありがと。」
「…別に。ねーちゃんのためじゃねーし。」
そのまま軽く太陽の背に手を回してぽんぽん、と優しくたたくと、太陽は、最初はそっぽを向いたままだったが、ん。とちょっとだけ湿っぽい声で返して頭を預けてきた。
「本当にご迷惑おかけしました!!」
花火が終わった後、太陽が茶道部の面々と上林くんに深く頭を下げた。
「事情は分かんねーけど、なんか雪ちゃんのことで言われたんだろ?気にすんなっ!」
「そうだよ!あんなんやられて当然だって!」
「悪いことは悪いことですから。」
「でももう反省してんだろ?」
「秋斗にぃ…」
「俺らは全然気にしてないから、もう謝らなくていいよ、弟…いや太陽くん。」
「そーだよ、むしろすっとしたわ。」
言葉を「見ていた」未羽が言う。
「それに比べて東堂先輩の漢らしいこと!」
「かっこよかったね~!」
「本当ですわ。」
そうして、私たちは太陽を囲んで家に帰った。
花火から帰って未羽とラインをした。未羽は大分怒っていたみたいであのあと散々なラインが来ていた。『ふざけんじゃないわよ、あのビッ○(一一”)!!』『シスコンの太陽くんに雪の悪口言うなんてばっかじゃないの、あの転生者”(-“”-)”!!』などなど。みんなの前ではいろいろ抑えていたらしい。
『とりあえず、今度あの女が雪に何かしたら、私があらゆる手段を使ってこの世界に来たことを後悔させてやるわ。』
『…犯罪は犯さないでね、頼むから。』
『ばれるよーなことはしないわよ、安心しなさいな。』
ラインって証拠に残るんだよ?未羽。
後日談だが、あの花火大会は君恋高校の近くで行われていたので、それなりの人数があれに行っていた。
そして「その前の事情はよく分からないが、東堂先輩がかっこよすぎた」との話が広がり、東堂先輩の人気はますます上がるのだが、これも二学期の話。
この話で花火編は終了です。そして、あと数話でこのお話全体の前半部分が終わります。閲読、ありがとうございます。前半残りも、そして後半もお楽しみいただけることを祈ります。




