屋台と花火を楽しもう
10人という大人数ではぐれずに人混みを歩くのは大変難しい。少なくとも、前世ではそうだった。もみくちゃにされ、結局人の流れに逆らえずに流されていく。
しかし現世では違った。
そりゃ、前世で全国の女性を虜にした乙女ゲームの攻略対象者が三人も歩いているのから不思議じゃないのかもしれない。自然と女性方の目が集まり、私たちを見るために脇に避ける。
「大名行列みたいだね〜。」
中心を行く大名と、周りに平伏す平民に例えるとは。こめちゃん、なかなか黒いですな。
「うわぁ、女の子に注目されてる!俺が!この俺が!」
「あなたじゃないと思いますけど。」
先頭を行く興奮した遊くんに冷静に突っ込む太陽。
「混んでいるところを無理に歩くのも大変ですけど、これはこれでなかなか抵抗のあるものですわね…。」
「いいんじゃないの?楽できる時は楽しといて!」
そわそわとする京子と大胆な明美。
注目されている当の本人たちは
「上林、もうちょっとそっち行けよ。ゆきの隣は俺が歩くから!」
「新田こそ、向こうで女性方が待っているんじゃないの?俺は興味ないけど。」
「雪ぃ、どぅお?楽しいー?」
「未羽、あんたわざと言ってるでしょ。」
楽しいわけない。衆人環視の中、私の後ろで注目のお二方は歩く場所を巡って戦っていて、ちゃっかりその戦いから抜けた太陽が私の隣をキープしている。スリの恐れはなさそうだ。
「私、りんご飴食べたい〜!」
この大名行列から抜けたこめちゃんがりんご飴屋にダッシュし、俊くんが慌てて護衛につく。
それから甘いものに目がないこめちゃんは、「わたあめたべる〜」「バナナチョコ食べる〜」「あ、ソーダ飲む〜」とちょこちょこ大名行列から離れ、女性の波の後ろにあるお店に突撃していき、その度に俊くんがガードマンとしてダッシュする羽目になっている。
体力のない俊くんにはきついはずだ。
「俊くん、大丈夫?」
「…う、うん。」
肩で息をつく俊くん。
「代わろうか?」
「…雪さんがこめちゃんに着いていったら…多分、そのまま屋台…にまで道ができるだけ…でしょ?」
そうだろう。もれなく秋斗と太陽とおそらく上林くんもついてくるから。
「なんでそんなに頑張るの?」
未羽の質問に俊くんが遠い目をする。
「兄さんがさ…この花火大会にこめちゃんを誘ったらしいんだけど…こめちゃん、こっちで約束しているからって断ったらしくて…。それで僕が一緒だって聞いて…僕に片時も目を離すなって…。」
あぁ。ここにしわ寄せが。
「こめちゃんが迷子になったり、スリにあったり、痴漢にあったら…多分僕が兄さんに殺される……。」
俊くん、なーむーだな。
私と未羽が陰で合掌する。
「あ、射撃しようぜ?俺、得意なんだよ!」
遊くんが射撃の屋台を指差し、太陽の袖を引っ張って誘う。
「俺はいいですよ。」
「何遠慮してんだよ?手加減してやるから、ほら!」
「太陽、行ってきたら?あんたさっきから何もやってないでしょ?」
私はいつの間にか京子たちが買ってきてくれたたこ焼きを摘みながら言う。こういう時じゃないと食べ歩きなんて出来ないからね。行儀悪いことするのって、ちょっとわくわくする。
「…少しだけならやりますけど。負けても泣かないでくださいね?」
「言ったな!3回勝負だ!!」
結果。
「なんでだ…どうしてだ…。」
3勝0敗。圧倒的な大差をつけて太陽の勝ちだ。
「だから言ったのに。」
「…理不尽だ…イケメンでスタイルよくて射撃も出来るなんて…まさか勉強も出来るとか…。」
「太陽は学年主席、模試でも全国上位に食い込むよ?」
「神様ぁっ!!不平等だぁ!!!」
遊くんがいきなり叫んだせいで周りの人が更に遠ざかった。
「さすが。雪と同じDNAが入ってるだけあるねー。」
明美がひゅっと口笛を吹くと、上林くんが太陽に訊いた。
「弟くんは歌とかダンスがものすごく下手とかそういうことはある?」
「歌?…ダンスはしたことないんでわかんないですけど、歌はそれなりにいけます。」
「姉よりスペックは上だったな。」
うるさいよ、上林くん!!
「ま、まぐれかもしれない!よしもう一戦だ!相田弟!」
「…知らないですよ?」
そろそろ花火の打ち上がる時間になったので10人でぞろぞろとよさげな場所に移動。
しかし、大きな花火大会だ。場所も取ってない私たちが都合よく見られるポイントなんてない。
「ま、この辺でいっか…。」
「あ、あ、あのっ!!」
側にいた女性が秋斗に声をかける。
「こ、こ、こ、ここ!よければどうぞ!」
示されたのは絶景ポイントだ。
「えー!みーちゃん、そこは俺が5時間前から座って取ってた…!」
「いいの!黙ってて!!」
よくないだろーに。
「いいんですか?ありがとうございます。」
秋斗のよそ行きスマイルに一部の女性たちはフラフラとし、みーちゃんと呼ばれた女性は、「声、声聴けたよ!!やばい!!」と泣いている。
そこらのアイドルより上行くんじゃないの、秋斗。
こんなところで攻略対象者様方の恐ろしさを目の当たりにするとは。
そしてようやく花火打ち上げが始まる。
丸いもの、青と紫の混合のもの、 ハート型のもの、一気に光線のように打ち上がって上で弾けるもの、降って滝のように落ちてくるもの。
京子と明美が「綺麗ですわ〜」「きれー!」と喜ぶ。
あのあとも太陽に射撃でこてんぱんにされて、むきになって輪投げ、くじまで挑戦して全敗して灰になっていた遊くんもその美しさに活性化していた。
屋台甘いもの完全制覇を果たしたこめちゃんがご満悦で「きれ〜い」と呟く隣では走り疲れた俊くんが唯一花火を見る余裕もなく、ぐったりと座り込んでいる。
俊くん、お疲れ様。
「相田?どうした?」
ちょっと花火を楽しんでからそこから離れようとした私に上林くんが声をかけてくれた。
「トイレ。花火やってる時なら空いてるでしょ?」
「私も行こうか?」
未羽の申し出を首を振って断る。
「大丈夫。」
「そ、あんた結構見られてたし、刺されないように気をつけなさいね。」
女の子たちの中には、仲良しならトイレでもどこでも一緒!という人がいるが、未羽は違う。仲はいいけど、必要以上にベタベタはしない。それが、私が未羽を好きな理由の一つでもある。
みんなから離れ、トイレに行って下駄を外すと
「あーやっぱなぁ…。」
恐れていた靴擦れだ。絆創膏が摩擦でずれてしまい、指の間が結構赤くなって皮がめくれている。予防していたのに。
絆創膏を貼り替えて外に出ると、
「秋斗?」
秋斗がトイレの前に立っていた。
「ゆき、足見せて。」
「え、ちょっと、秋斗!」
秋斗はその場の適当な石段に私を座らせて足を下駄から外させる。
「…やっぱり。歩き方が変だと思ってたんだ。結構悲惨なレベルになってるじゃん!」
「よく気づいたね。」
「気付かないわけないでしょ?俺はいっつもゆきを見てんだから。」
ストーカー!とネタに走るべきか、それとも素直にありがとう、というべきか迷って結局どちらとも言えずに答える。
「大丈夫だよ。ちょっとだし、絆創膏も代えたから。」
「おぶってい…」
「ノーサンキュー!!!」
あったりまえだ。阿鼻叫喚の地獄絵図になること間違いなし。
「これ、みんなに言わないで?秋斗くらいしか気づいてないだろうし、心配させたくない。」
「ゆき…。ゆきは昔から周りばっかり気にする…。無理になったら絶対すぐ言って。」
「うん。」
「あと。これ。」
「うん?」
見せてきたのはあの当たりの紙。合宿で私のカップケーキから執念で秋斗がゲットしたあれだ。
「これ、あさってにでも使う。今日疲れたから。いい?」
いつもなら私の予定を先に聞いて確認してくるのに、言い切りの形。怒っているのは間違いない。
それでも、合宿やら今日の花火大会やらで疲れているだろうからと明日に指定しないところが秋斗の優しいところだ。秋斗にはいつも甘えてさせてもらってるよね、私。
「…うん。ごめん、秋斗。」
「ゆきらしいって言ったらゆきらしいけどね。さ、戻ろう?」
差し出してくれる手を素直に取った。




