浴衣で弟を紹介しよう
「雪、出来たわよ。うん、私に似て美人さんね。」
次の日の夕方。お母さんが私に浴衣を着させてくれた。髪もアップにして、簪まで刺している。
「雪、浴衣で一番注意しなきゃいけないことは?」
「下駄の鼻緒で靴擦れしないこと、それからスリ被害に遭わないようにすること。」
私は現に念入りに絆創膏を足の親指と人さし指に巻き、貴重品は最低限しか持っていっていない。基本です。
玄関ドアを開けながら答えると、お母さんがはぁ〜っとため息をついた。
「色気のない子ねぇ、誰に似たのかしら?胸元の着崩れに注意してね。それから変なナンパに引っかからないように!」
「大丈夫だよ、心配性だなぁ、お母さんは。」
「そうですよ、おばさん。雪に変なナンパなんて近寄らせませんから。」
「秋斗!」
家の前まで迎えに来てくれていた秋斗がお母さんに言う。淡い灰色の男性物の浴衣姿の秋斗はいつもの通りよく似合っている。
「あら秋斗くん。立派な男前になったわね〜。」
「ありがとうございます。」
にこっと笑う秋斗。
「こんにちは!」
え?この辺りで聞きなれない声が。
ってやっぱり上林くん?!
「あらぁ。上林くん、だったかしら?こんにちは。雪の迎えに来てくれたの?」
「はい。」
好青年スマイル炸裂。彼もまた濃い紺色の浴衣姿。お母さんが頰に手を当ててぽっとする。お母さん、この人たちはまだ15歳。娘と同じ年ですよ?
「なんで上林が来てんだよ。」
「別に来ちゃいけないってことはないだろ?」
早速火花が散る。やめてくれ。
「あっ!お前は!!」
なんでこのタイミングで帰ってくるかな、太陽。
塾の夏期講習から帰ってきた太陽が上林くんを睨みつける。
「こんにちは、弟くん。」
年上の余裕を見せる上林くん。
太陽は、秋斗を見て「秋斗にぃ使えない」とぼそっと言ったせいで、「なんか言ったか太陽!」と秋斗に頭をグリグリされて悲鳴を上げていた。
「何、ねーちゃんどっか行くの?」
「花火大会に。」
「こいつらと?」
「太陽、年上はちゃんと敬いなさい。」
「…秋斗にぃと上林さんと?」
「だけじゃないよ?他にも女の子四人と男の子二人もいるよ。」
「ふぅん。…な、それ、俺も行っていい?」
「え?」
「着替えてくるからさ!」
「いやそれは。みんなが、なんて言うか。」
「いいんじゃないの?太陽いてもみんな何も言わないでしょ。」
「そうだな。むしろ喜ぶんじゃないか?弟くんはイケメンだから。」
太陽はイケメン上林くんに褒められてちょっと頰を染める。
「ふん、分かってるから別にどうとも思わないから。」
ツンデレか!そうか、この子はツンデレなんだな!!
「じゃ、すぐに着替えてくるから、ねーちゃん待ってて。母さん、手伝って!」
「はいはい。」
にやにやしたお母さんと一緒に家の中に太陽が走っていく。
え。結局行くの?何、私この三人と行くの?
気にしなければいけないのは、下駄でもスリでも浴衣の着崩れでもナンパでもなく、女性方の嫉妬による凶刃だと思う。
「ゆきちゃ〜ん!」
こめちゃんが手を振っている。太陽の着替えを待っていたせいで、待ち合わせの神社の境内には既に他のみんなは集まっていた。
「あー雪が逆ハーレムしてる〜!」
「明美っ!!しーっしーっ!」
慌てて明美の口を封じる。その言葉は今の私には禁句だ。
この三人と来たことで道中どれだけの女性から殺意のこもった視線を向けられたことか…!
「この方はどなたですの?」
京子が浴衣姿の太陽を示す。
「この子は太陽。私の弟です。太陽、挨拶!」
「はじめまして。相田太陽といいます。中学三年生で、相田雪の弟です。今日はお邪魔してしまってすみません。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げる太陽。そうなのだ、この子は本来ちゃんと挨拶も出来るし賢い子だ。
「え、太陽?この容姿でですの?」
「お母さんが暴走したのよ…。」
「そ、そうなのですか…。あ、失礼しましたわ。私は辻岡京子ですわ。雪とは茶道部でご一緒してますの。」
「かっこいいですねぇ〜!私は増井米子です。お姉さんとは生徒会と部活とクラスでお世話になってます〜。」
「私は武富士明美。お姉さんとは部活で一緒よ!雪って弟いたんだね!ま、秋斗くんへの対応見てたら想像ついたけど。」
「待って明美ちゃん、どういう意味?」
秋斗が明美の言葉を聞き咎めて目を尖らせているのを明美が「どうだろうね〜」とかわしている。強い、明美。
「僕は海月俊。こめちゃん…増井さんと一緒で、クラスと部活と生徒会でお世話になっているよ。」
太陽は俊くんをじろじろと見て、
「…まぁまぁ敵になりうるか。」
と呟いた。
「え?」
「いえ、こっちの話です。よろしくお願いします。」
「俺は野口遊!雪ちゃんとは茶道部で一緒だ!よろしくな!」
「…敵に値しない。」
「どういう意味?!」
「こっちの話です。」
騒ぐ遊くんと値踏みする太陽を放置してなぜかフリーズしている未羽の元に向かう。イケメンレーダーのついているこの子なら真っ先に行きそうなもんなのに。
「どうしたの?」
「相田太陽…。」
「へ?」
「隠しキャラ。君恋通常モードクリア後に参戦する。シスコンでツンデレの相田雪の弟…。」
「え、太陽って想定されてるキャラなの?」
ていうか、やっぱり太陽はシスコンなの?!
「うん。こんなとこで会えるとは…!」
未羽は感動のあまり硬直していたらしい。
太陽がこっちに寄ってきて挨拶する。
「はじめまして。」
「は、はじめまして。横田未羽です。雪とはクラスと部活が一緒よ。」
「あなたが未羽さん?会ってみたかったんだ!」
「え?どうして?」
「部屋でねーちゃんが一番あなたの名前を叫んでたし、」
未羽がこちらにじと目を向けるが、それは仕方のないことだと思う。
「ねーちゃん、あなたの話する時に一番嬉しそうだから。ねーちゃんと仲良いんですよね?会えて光栄です!」
満面の笑みの太陽に未羽の魂が抜けた!
どうやら花火大会も静かには終わってくれないみたいです。
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