親友とお茶をしよう
合宿から帰ってきて2日が経った。
平和な毎日。ついこないだまで濃い人たちに囲まれて過ごしていたのが嘘みたいだ。
家で前に買った問題集と向き合う。クーラーの効いた冷んやりした部屋で、コチコチとただ時計の音だけが響く。もうすぐ日も傾きはじめるかなーという時間なのにまだ外は照り返したアスファルトのせいでムシムシと暑い。
あー。平和でいいなぁ。
「雪ー?いるー?」
「何ー?お母さん。」
「雪、外に出る気ある?買い物頼まれてほしいんだけど。」
「んー、分かった!」
お母さんのお願いを聞いて近所のスーパーまで歩いていると、ラインが鳴る。
ブーっ
『雪、今暇?ちょっと外出て話したいんだけど(⌒▽⌒)よければ駅前のカフェに来て。奢りにするから。』
未羽だ。あの子が奢りだと…?なんとなく、顔文字の笑顔も怖いので従った方が良さそうだ。
お母さんにライン。
『友達とお茶に行くからちょっと遅くなっても平気?』
『夕飯までに帰ってこれれば平気よ?何?上林くん(*≧pq≦)?』
『違いますっ。未羽っていう友達です。』
怒りで暴れるパンダのスタンプを返すと、未羽から来ていた指定のカフェまで向かう。
未羽はもう席にいた。私が前に来ると、耳につけていたイヤホンを外して席を勧められる。
「あ、アイスティーでお願いします。…未羽いつからいたの?」
「さっき。是非雪をお祝いしたくてね。」
「お祝い?私の誕生日は冬だけど。」
暑い中歩いてくると冷たいお水が心地よい。
「祝・逆ハー達成?」
ぶっ。
「ななな何が逆ハーなのよ?!」
未羽が机の上に置いたのは、イヤホンが着いたままのレコーダー。こないだ私につけていた録音可能盗聴機からとったデータが入っているんだろう。
今気づいたが、確かに未羽にはあの合宿の帰りにあったけど、いつすり替えたんだろう?
全然気づかなかった。この子には犯罪者の素質もあると思う。スリとか。
「えー?上林くんにあんな熱烈な愛の告白されといて、まだその気持ち否定するの?秋斗くんの気持ちだって分かっているんでしょ?」
「いやいやいや、秋斗は弟みたいなもん!それに、上林くんだって、何かの間違いで!ゲーム補正で何かがズレてるんだって。うん。私は断じて逆ハーなどしないっ!大体、上林くんには断ったよ?」
「全部聴いたし、かつこれもう5回くらい聴いてるから分かってるよ、断ってることは。」
「5回?!あの4泊5日を?まだ二日と少ししか経ってないけど?」
「最初の2回は倍速早送りの通しで。あとは個別に聴いてる。」
恐ろしい。なぜそれを英語のリスニングでしないのか。
「あれで逆ハーっていうならどうすればいいの!?」
「どうしようもないね。いいんでないの?誰とも恋愛するつもりないなら今の地位に甘んじてて。それに一応、まだ先生と東堂先輩は雪に恋愛感情まではなさそうだし。完全に逆ハーとは言えないか。王子に取り合いされる姫の立場だね。」
それも嫌です。
「私はむしろこのまま雪が主人公になっちゃえばいいとすら思うし。」
それは絶対に同意できない。
「こ、こめちゃんは会長とラブラブだったよ?聴いたんでしょ?」
「うん、もーゲーム通りのラブ。あーなんでスチルが見られないんだろう!雪にカメラも仕掛けておけば良かった!!」
やめてください。
悶えていた未羽が表情を変える。
「それなのよね。こめちゃんが主人公になっているなら、海月先輩個別ルートに入ったことになる…。でもそれを断定するにはまだ早い。」
「なんで?」
運ばれてきたアイスティーを飲みながら聞く。
「こめちゃん、明日の花火大会は私たちと行くらしい。」
「え?確か、会長とのイベントだったんじゃなかったっけ?」
「そのはずだったよ?でも、『先に約束してたもん。』って返ってきたからね。」
「もしこめちゃんが主人公なら、イベントを蹴ったってことだよね。」
「うん。断るって選択肢もあるからね、一応。それかもしれないけど。でもゲームだと好感度が下がるとこだけど、それにしては海月先輩のこめちゃんへの対応が変わってなさすぎる。」
確かに。まぁ、現実なら一回デートを断ったところで好感度など変わらないから当たり前か。
「それに、分からないことはもっとある。こめちゃん以外に主人公候補にあがるのは、雪、あんたなんだけど、上林くんもしくは秋斗くんの個別ルートも取ってない。なのに二人に明確な好意を寄せられている。でも先生や東堂先輩はあくまで可愛がっている程度。つまり逆ハールートでもない。」
「ゲームが予定していたルートのどれにも当てはまらないってこと?」
「そういうこと。ま、もう色々ゲーム想定からはズレてるんだけどね、主に私や雪のせいで。そのせいで予測が立てられないのよ。」
「違うといえば。攻略対象者の性格についても、聞いていたのと違うよ。東堂先輩とか最初はそうかと思ったけど、全然俺様じゃないし。」
むしろ苦労人だ。生徒会合宿で拝みたくなったほどだ。
「会長が残念な人になってるし。」
「…海月先輩はあんまり外れてないけど、それこそ現実世界だからこそだろうね。ベースの性格形成の段階が設定されてたとしても、周りの人間関係で変わっていくし。私や雪がそもそも設定と全く違うのと同じ。会長なんて、私と雪と関わった『こめちゃん』っていうモブキャラのせいで変わっているわけで、その会長のお守の東堂先輩も変わっているわけでしょ?」
「そうだよね。それでよかったと思う。これはゲームじゃないもん。変わって当たり前。むしろ変えていきたい。ゲームが完全に崩れているってことはないの?それならそれに越したことはないんだけど。」
「イベントが全く起こらなくなっているんだったら私もそれでいいと思うんだよ。でも、この生徒会合宿中にも夢城愛佳の急襲つまり本来で言えば相田雪の乱入のイベントの他にもある全てのイベントは起きていたよ。海月先輩の花火とかさ。あ、上林くんの告白はイベントじゃないからね♡」
ゲームは終わってないということか。
「心配なのは、これから先にあるイベント。このゲーム、命に関わるイベントってないのが基本なんだけど、唯一あるのが。」
「私が夢城さんを突き落とすやつだっけ?」
「うん。ゲームでは怪我程度だけどね。他にも細々小さい事件はあるし。そういうので怪我とかしないかが一番心配。」
「まぁ、これまで通り警戒を怠ることはできないってことだね。」
「そゆこと。だからこれまで通りボイス録音よろしく♡」
「そのためじゃないでしょーが。」
「ふふ、バレてたか。」
私は時計を見ながら立ち上がる。
「買い物あるんだけど、残りは買い物しながらでいい?」
「いや。もうほとんど言いたいことは言ったし?急に呼び出してごめんよ。」
「急なのはいつものことでしょ。今回のも5回聴くまで呼ばなかったのは…」
「秋斗くんと雪の日焼け止めシーンとかぁ、上林くんの告白シーンとかぁ、海月先輩の海でのこめちゃん抱きしめシーンとかに悶絶してたから!」
だろうね。
「んじゃ、また明日。花火大会で。」
私が荷物を持って席を離れようとすると、未羽が「雪。」と止めた。
「何?」
「…これはあんたとの協定に反するから、これ以上言わないけどさ。あんたはちょっと、恋愛に対して頑なになりすぎな気もする。」
「…。」
「何かゲーム以外でも困ったら、頼りなさいよ?」
「…うん。ありがと、未羽。」
それから一人で買い物を済ませながら考える。
恋愛に頑な、ね。それは否定しないわ。
でもさ、前世で苦しかったもん。別れて半年は引きずったもん。それを大したことないって言う人もいるだろうけど、初めて付き合った私には結構痛手だった。それに、付き合った人とはそのあと二度と連絡が取れなくなった。元々仲のいい男友達だったのに、付き合ったことで失ってしまったんだ。あんな別れ方でも、それでも失いたくなかったのに。
あんな思い、もうしたくないんだ。
「…よし。これでこのことは終わり!」
私はいつも通り過ごすべく帰路に着いた。




