優等生にお任せしよう
昼休みを終え、席に着くと、隣の上林くんはもうとっくに席に着いて先生に任された書類を処理していた。
「お疲れさま」
彼に対しても、普通の生徒と同じように接することに決めてから、普通の声かけをするようにしている。
上林くんはこっちを見て「お疲れ。次、数学Iだよ?」と返してきた。
手元を見てはっとする。現代文の教科書だった。しまった。次の時間と勘違いしていた!ロッカーに取りに行く時間がない!
「いいよ、この時間は俺の見せる」
そう言って上林くんは机をこっちに寄せてくれる。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
涼しげな横顔。正統派な美形。未羽に聞いたところによると、上林くんは頭脳明晰で人当たりがいい典型的な紳士タイプ。でも実は人と距離を取っている男の子で、そこには複雑な家族関係やらなにやらが絡んでいて優等生にならざるを得なかったという設定らしい。そこに「明るく優しい主人公」が突っ込んでいって徐々に心を開いていく……らしいのだが、意外と夢城さんと接点がない。
あ、私が取ってるからか。
クラス委員なんて熨斗つけて差し上げるんだけどなぁ……
授業が始まってしばらく経った頃。「この問題をー夢城」という先生の声が聞こえ、同時にブーっとライン音が鳴った。
『イベント発生!』
ほほう?四季先生は今いないわけだから、十中八九、上林くんのかな。
「すみません……分かりません」
泣きそうな顔でチョークを持ったまま黒板前で固まる夢城さん。嘘でしょ、それ中間にも似た問題でたよ?
それでも、美少女ならそんな行動も許される。
「そうかーこれ基本問題なんだけどな。じゃあ代わりに……」
来た来た来た!いけ!上林くん!
その流麗な筆致と明晰な頭脳で主人公のハートを掴んでくるのだ!
「相田」
ええええええええええ。
これはまさか、中間テストで順位変わったことによる弊害!?
指名されたからには仕方なく前に出て書くけど、夢城さんがちょっと恨み深い目でこっちを見ている気がしなくもない。
「正解だ。これからやるところに繋がっていくわけだし夢城はちゃんと復習するように」
「はい……」
やめて先生。主人公に恨み買いたくない。ただでさえ元悪役なんだから!
授業の後、夢城さんが上林くんのところに来た。
「あの、上林くん……」
「何?」
「あの、お願いしたいことがあるんだけど」
上目遣い来ましたー!主人公の上目遣いは攻略対象者に威力100。こうかはばつぐんだ!(のはず)
「私、数学苦手で……よければ教えてもらえないかな?」
おおお、これがイベントね。
「んーと、なんで俺?今日の問題解いたの相田だろ?」
余計なことを言うな上林くん!そこはもうスルーしよう!私は今風景の生徒となっているはずなんだから。
「それはその……」
「す、数学の中間1位は上林くんだからじゃない?私、数学得意科目じゃないしっ!」
総合1位は私だが、数学だけで見たら上林君が1位だ。彼は総合2位だった。
「そうそう!」
夢城さんが乗ってくる。いいぞ!やれ、主人公!
「悪いけど、俺、部活とクラス委員あるからちょっと時間とれないな。相田に頼んで?」
の――――――――っ!!何してんだ上林くんっ!
「わ、私も部活とクラス委員あるからっ!条件一緒だから!」
「じゃあ、岡本に頼もう、俺、訊いてみるよ」
「あ、いいよ、大丈夫、ありがとう!今度時間あるときでいいから!」
夢城さんは数学3位の岡本くんに頼もうとした上林くんを止めてその場を立ち去った。
これは、どういうこと?
『秘密部屋に集合!』
『了解!』
「あ、相田」
席を立とうとしたタイミングで上林くんがぴょこっと横からいきなり頭を出してきた。
ライン見られてないよね?!
「なななな何?!」
「なんか四季先生が相田に頼んだって聞いたんだけど、何の話?」
あーすっかり忘れてました。
「明後日のLHRで体育祭実行委員決めるのと、あとなんか議題あれば打ち合わせてほしいらしいよ」
「今日の放課後話する?」
「いや今日は初部活あるからごめん、時間ないや」
「じゃあ明日の放課後にするか。時間空けといて」
「了解ー」
その返事に驚いたようにこっちを見る上林くん。
「何?」
「いつもなんだかんだ理由つけて放課後残らないのに明日はいいんだなと思って」
は、は、は。ここ1ヶ月の逃げ切りのことを言っていますな。用事があったんじゃないからあなたから逃げてただけだから。
「もう終わったから大丈夫」
ふぅん、と呟く彼。目が絶対信用してない。
「そっか。まぁよろしく」
「はーい」
私はその場から逃げるためにも急いで未羽の元に向かった。
「未羽、あれはどういうこと?」
「私が訊きたいよ」
未羽も両腕を組んで思案している。
「あれは、上林くんの2回目のイベントだったの。数学が苦手な主人公が、勉強のできる上林くんに放課後勉強を教えてもらうっていう。夕日に染まる教室で、黒髪がちょっと茶色っぽく見える中、上林君と主人公が向かい合って1つの机の上の教科書に向かってて。で、その時に主人公目線で見える第一ボタンを開けた上林くんの鎖骨とか首元とかがそりゃあもう色っぽい……」
そこまで言って私の視線に気づいて、こほんと、咳払いする。
主人公って古典が苦手だったんじゃないの?というツッコミはもうしない。これは仕様だ。
「と、とにかく!逆ハーの前提みたいなイベントだから好感度とかも関係なく絶対起こるはずなの!」
「それが起こらないっていうのは……もしかして、私が中間1位取っちゃったから?」
「その可能性が一番高いかな」
ああああああああ。影響が出てるー。
「うーん、やはりゲームとは違いが出てるなぁ。くっそ、あのシーンが見られないなんて」
「そこなの?どっちにしてもそのシーンは生では見られないでしょ」
向かい合わないと見えない主人公目線なんだったら。
「そうなんだけど。あのシーンを他側面から見るっていうのもおつだと思ってたのになぁー」
「ごめんなさいねぇ」
私が投げやりに謝ると、未羽がふざけた回想をやめて、小さくつぶやいた。
「ま、それが雪のせいかどうかも分かんないしね……」
「それは、私や未羽の他にも変わる要素があるってこと?」
「ま、ね。そっちは私が調べてみるわ」