荒ぶる二人を抑えよう
すみません、本来2話にしようと思っていたのですが字数が少なかったのでくっつけたら長くなっちゃいました。
「ふぅ。」
練習開始から2時間半ほど経って、上林くんはようやく矢を射るのをやめた。
それからこっちにやってくる。
「同じ動作ばっかりで退屈しただろ?」
私はふるふると首を横に振った。
実は私、前世で武道をやっていた。それも自分の短い人生の4分の3も、継続して近くの道場に通っていた。その時の稽古と同じだ。
武道、と言われたらカッコいいけれど、実際咄嗟に使えるくらい出来る人たちなんて師範レベルの人たち。もし不審者に会ったとしても、大学の体育でやってたんだぜ☆とか、部活でちょっとやりました☆な人には、迷わず走って逃げた方がいい、と断言できる。師範レベルに至らない私たちが何をするかと言われたら、型を何度も繰り返す。
一見すると簡単に聞こえるかもしれない。でも、実際には見えている以上に動いている。呼吸力を鍛え、呼吸のタイミング、力の入れ方、抜き方、足の捌き方を変えている。あれは頭ではなく体で覚える。何度も何度も繰り返し稽古して体に染み込ませる。
上林くんの稽古はまさにそれをやっていたわけで、私は昔…というより前世を思い出しながら夢中になって見学していた。
「すごく面白かったよ。時間忘れてたくらい。」
「へぇ、大抵つまらないって言うんだけどな。特に矢を放たない練習は。」
「いや、むしろ私の存在が邪魔にならないかの方が気になった。」
「それは全く。それより、やってみる?矢を打たせることはできないけど、弓を引くくらいなら。」
「いいの?!」
上林くんは美しい顔をにっこりと綻ばせて頷いた。
さっきまで上林くんが立っていたところに立つ。初めて立ったけど、ここから見ると想像以上に的場は遠いな。
「はい、これ、練習用の弓。女子が使ってるやつ。」
渡された弓は手にしっかりと重みを残す。
「あ、弓掛けは着けて。怪我するから。」
手に手袋のようなものを着け、弓を引こうとするが。
「重い…。」
引けない。こんなに引けないものか。
上林くんはそりゃね、と笑ってる。
「最初はこれを引けるようになる練習だからな。すぐには出来ないよ。」
ほら、と上林くんが私の背中側に立って手を添えるのを手伝ってくれる。
「こう持って。こっちはこう。」
何度か手を持ってもらったまま弓を引く練習をして、ようやく少しだけ引けるようになる。
…あれ?完全に忘れてましたが。
これって傘の時より近いじゃん!!
耳に彼の息がかかるし、背中に彼の胸がくっついていて心臓の音が聞こえそうなくらい。まるで後ろから抱き締められてるみたいな…
「うにゃぁぁぁ!」
私のいきなりの絶叫に上林くんが仰天して離れる。
「ど、どうした?」
「ごめん!」
「もしかして、汗落ちた?ごめん!」
そう言って顔の汗を袖で拭っている攻略対象者様。こうなると汗で濡れて額に貼りついた髪も、道着からのぞく首元も目について、とっても色っぽい。
って、ぎゃあ!未羽様の思考が乗り移ってる!!!今日は鳴らないようにライン切ってるし、そもそも私の鞄は見学場に置いたままなのに!
遂にあの子は精神乗っ取りまで出来るようになったのか!!
「違う違う!そんなんじゃない!でも、なんかもうこれ以上は出来なさそう。ごめん!」
「そうか、ま、こんな感じで、満足してもらえたならいいんだけど。」
「満足満足。大満足デスヨ。」
片言になる私を許してほしい。
赤くなっている私に気づいて上林くんは「そういうことか」と笑う。
バレないでほしかった!
「じゃあ俺、シャワー浴びて着替えてくるわ。そろそろ他の部員の練習時間になるし、人も集まるから。良ければそこで待ってて。」
「ウン、ワカッタ!」
上林くんが消えている間に精神を落ち着かせなければ!
上林くんが着替えて出てきたので私は荷物を持って弓道場から出る。
「そういえば、この間の弟くんに伝えてくれた?」
あぁ、今朝の太陽の不機嫌を作り出したやつですな。
「伝えたよ。」
「なんて?」
「来年覚えてろって。」
それを聞いて上林くんはくくくっと笑う。
「いやー相田姉弟は本当に面白いな。」
どういう意味だ。
私は彼の話を流しながらケータイをオンにした。
ブーッブーッブーッ
大量のライン音。一体何事?
まずは秋斗からだ。
『おはよ。ゆき、太陽から聞いたんだけど、こないだ上林が家に来たって本当?『今日ねーちゃんが見学しにいった!』とか朝から駆け込んで来てんだけど、何の話?』
太陽の馬鹿!秋斗に言うとか最悪じゃないか!!
それから残りの何通かは未羽だ。
『ねぇねぇ、雑音酷いんだけど、なんか面白い会話してない?今どこ?』
『まさか弓道場じゃないよね?雪、上林くんの稽古着姿、独占とかしてないよね』
『まさか上林くんに手取り足取り教わってるとかじゃないよね?』
エスパーが!エスパーがここにいます!!
ラインを見て私が青ざめたのと、秋斗と未羽が弓道場に着いたのは同時だった。
「ゆき!なんで見学?」
「秋斗!弓道興味あって…見てみたかったの!」
「なんで俺に言ってくれなかったの?」
いや、秋斗に言う義理はないと思うんだけどなぁ。しかしそんな正論今の不機嫌な秋斗には通用しない。
「朝早かったからさ、秋斗起こすのも悪いでしょう?」
「そんなん!俺、そんなに遅くまで寝てないってゆき、知ってるじゃん!」
責める秋斗を止めてくれたのは上林くんだった。
「なぁ、新田。相田だっていっつもお前が一緒じゃなきゃいけないってことはないだろ?お前が拘束しすぎたら相田だって嫌がって余計お前と一緒にいなくなるんじゃないの?」
ダメです!今の秋斗は触らぬ神に祟りなし状態です!
しかし秋斗は思い当たる節があるのか、はたまた入学当初1ヶ月避けまくったのが効いたのか、押し黙る。
「秋斗…?別に秘密にしようと思ったわけでも、上林くんと二人になろうと思ったわけでもないよ?他に稽古してる人もいると思ったから行ったんだし。」
「ゆき…。」
秋斗が私の腕を取って自分の方に寄せて言う。
「分かった。今回のは。でも邪魔にならないようにするからさ、なるべく俺にも声かけて?」
「うん…。」
よし、上林くんのおかげで助かった!!
お次は…
未羽を見ると、すっごくいい笑顔でおいでおいでをしている。
「待って!これには深い理由が!」
「どういう訳があるのかな?おねーさんに聞かせてごらん?」
「さ、さっきも言ったけど、他に部員がいると思ってたの!!」
「こんな早朝に?」
「朝練ってあるでしょ?」
「まさかとは思うけど、ちょっとやらせてーとか言ってないよね?」
「う…やりたいなぁ、とは思った。」
あぁ、私はこの子に嘘がつけない!
「それは上林くんと触れ合うって分かってた上で?」
「それは考えてなかったの!本当よ!そうだ、未羽もやってもらえばいいじゃん!」
「それじゃダメなのよ!」
「は?」
「もちろん、それも貴重な時間だわ。でもそれはその視点で、いや五感で色々感じるのが大事なのであって、自分が主人公になりたいわけじゃないわ!!」
うぉ!?まさかの?
未羽は自分が逆ハーでウハウハしたいわけじゃなかったのか!
じゃあ何がしたいんだ?
「やっぱりモブ顔とイケメンが絡んでてもダメなのよ!スチルとしては、相手もそれなりに綺麗じゃないと!そういう意味で雪、あなたは適役なの!」
えーっと、これは褒められてる?怒られてる?
「私は気配を隠しててあげるから、存分に絡みなさい。」
「嫌だっ!」
「ほっほう?やはりこれはお仕置きが必要なようね?」
「まさか…。」
「高性能監視カメラとか作ってみたけど、性能試す?」
「いやぁぁぁぁ!!分かりました!多少は!多少は我慢して機会を作りますっ!そしてご報告します!」
涙目で平謝りすると、よろしい、とようやく女王様の機嫌が直った。
今日は朝からなんて疲れる日なんだろう!




