弓道部を見学しよう
上林くんが我が家を訪ねてから3日後の夜。
ブーっ
今日も今日とてラインが鳴る。
どうせ未羽が、盗り…いや録りためたボイスを聞いて悶えて妙なラインを送ってきたんだろうと音楽を聴きながらラインを開く。
しかし名前欄は違う相手を表示していた。
『こないだはありがとう。早速だけど、明日弓の早朝練習するつもりなんだ。見に来る?』
上林くんだ。弓道部を見に行くというのを覚えてくれていたらしい。
正直なところ、弓道部の練習は見たい。あの張り詰めた空気の中、パン!という音が響く稽古場に入ってみたい。弓に触らせてもらえるのもありがたい。
部の練習ということは他の人もいるんだろう、邪魔にならないか。いやでもこれを訊いたら彼は二人だけになるように約束してくれそうだ。
それは激しく遠慮したい。
悩んだ末、
『見せてもらえるの?行きたい。』
と返した。
ブーっ返事が早い。
『オッケー!じゃあ明日7時に学校の弓道場の前で。』
『了解!あ、午後グループ学習室でみんなと夏休みの宿題を合わせようと思うんだけど、どうする?』
『行く!俺も荷物持ってく。』
『茶道部全員だから他のクラスの子も3人来るけどいい?』
『問題ないよ。』
『ありがとー!じゃあ明日!おやすみ!』
『おやすみ』
次の日早朝。
「あら、どうして制服?」
いつもは朝6時半に起きてそこからランニングに行くからジャージなのだが、今日は弓道部の見学のため制服だ。
「学校で夏休みの課題の検討があるの。」
「こんなに朝早く?」
「…その前にちょっと早朝練習の見学を。」
言い澱んだところですぐにお母さんはピンと来たらしい。
「はっはーん。彼ね?」
「彼、だと?!」
お父さんがガタッと机を揺らして立ち上がる。
「違うから。ただのクラスメートだから。弓道が見たいだけだから。」
「まだ、ね。」
お母さんお願いします!!これ以上混ぜっ返さないでください!お父さんの顔が蒼白になってます!
こっちも部活の早朝練習で学校に行く用意をしている太陽が不機嫌そうに食パンを齧る。
「あいつ、なんか言ってた?」
「あいつとか言わないの。年上でしょ?それに先輩になるかもだし。」
「まだ先輩じゃない!」
「受かるように頑張んなさい。んーと。受けて立つ、って…。」
「ちっ。ふざけやがって。来年覚えてろって言っといて。」
お姉ちゃんは伝書鳩じゃないぞ?
呆然とするお父さんとにやにやするお母さんと不機嫌な弟の間にこれ以上いるとまずいと思い、慌てて歯磨きすると、行ってきまーす!と家を出た。
学校に着いてようやく息をつく。
はぁ、朝から災難だった。
弓道場に向かう。弓道場は部活棟から少し離れたところにあるからちょっと歩かないと着かない。歩いて弓道場に向かう最中、特有のパン!という音がしないから、おかしいなぁとは思っていた。
着いたのに、誰もいない。
「あ、れ?」
「おはよう!」
「お、おはよ、上林くん!なんで誰もいないの?早朝練習なんじゃないの?」
「え?個別練習だから。」
嫌な予感はしたんだ!
「なぜに個別練習?」
上林くんが苦笑して答えてくれる。
「俺が練習してると、なんかたくさん見学者が来るんだ。それが結構うるさくてさ。部長が一定区域まで立ち入り禁止にしたんだけどそれでもダメで。ほら、弓道って集中力がいるだろ?だから俺だけ別時間で人がいない時に。特別に部長が鍵を貸してくれてるんだ。」
ああああ失念していた!この人は攻略対象者のイケメンさんだ。学校中の女子生徒が注目してる相手だ。その人が袴姿で真剣に弓を構えていたら…多分未羽じゃなくてもきゃあきゃあ騒ぐだろう。
ちなみに茶道部に秋斗がいてその現象が起こらないのは偏に愛ちゃん先生の威力である。
「なるほど。」
「だからこんな時間に。悪かったな。」
「いや、見せてもらう立場だからね。どうぞ練習して。ここで見てるから。」
「折角だし、中で見なよ?俺着替えてくるから。」
中の見学場のベンチに座ってしばらくすると、袴姿の上林くんが長弓を持って現れる。
うわ、すごく似合う。
素直に見惚れてしまう。
上林くんはそのまま何度か矢を持たずに構えの練習をし、それから弓だけ引く練習をした。矢がないけれど、見えない矢を構えているよう。
これが1時間ほど。
その後ようやく矢を番えた。そしてきりりと引き絞る。顔は真剣そのものだ。そして
スパン!
巻藁に矢が刺さる。この離れの動作の後に矢を放ったまま暫く姿勢を保っている。よく知らないが、おそらく残身、というやつだろう。
そのまま同じことを繰り返す。
上林くんは矢がどこに当たろうが呼吸のリズムを覚えるように同じ動作を繰り返した。




